クマは「明らかに顔を狙って攻撃」「骨もボロボロ」と医師たちが証言 「命に別状はない」の実態

ツキノワグマを撮影した写真

クマの行動の活発化とともに、東北地方を中心に人身被害が続いている。

「命に別条はない」との報道に、ホッと胸をなでおろしている人も多いだろう。

だが、治療にあたった医師たちは、クマ襲撃による被害の特殊性と深刻さを指摘する。

専門家は「頭部を守ってほしい」と警鐘を鳴らす。

クマに襲われ、「命に別状はない」とされた80代男性の症例写真を見て、あまりのすさまじさに言葉を失った。

額から上あごにかけて顔がなくなっているように見える。

左の眼球はだらりと飛び出ている。

「クマは明らかに顔を狙って攻撃していると感じます」

こう語るのは、秋田大学医学部付属病院の高度救命救急センターでクマ外傷の治療にあたった土田英臣医師だ。

この男性は15時ごろ自宅前の畑でクマに襲われた。

意識は明瞭で、自ら119番通報したという。

「鼻が取れ、皮膚が左右に裂けていました。救急隊員が道端に落ちていた鼻を見つけて運んできてくれたので、形成外科の先生が手術して、くっつけたのです」

傷の見た目はひどいものの、出血量は比較的少なかった。

血圧や呼吸などの全身状態は安定していたので、すぐに手術できたことも幸いしたという。

昨年度、クマに襲われた被害者は過去最多の219人。

その大半がツキノワグマによる被害者で210人、約96%を占める。

ツキノワグマは主に人の顔や頭に一撃を与えた後、すぐに逃走する場合が多く、いわゆる「人食いグマ」による「食害」はまれだ。

だが、クマに人が襲われ、「命に別条はありません」と報道されても、実際は顔貌が大きく変わるほどに重大なけがであることが少なくない。

昨年度、クマによる人身被害が最も多かったのが秋田県だ。

死者こそ出なかったものの、70人が負傷した。

このうち、重傷者20人が同病院に搬送された。

18人が顔を負傷。

失明は3人、顔面骨折は9人にのぼる。

冒頭の男性の被害は、搬送されたなかでは特別深刻なケースではないという。

一般的に外傷は、交通事故や転落事故などによる「鈍的外傷」と、ナイフなどによる「鋭的外傷」に分けられるが、クマに襲われた際のけがはその二つの特徴をあわせもつ「特殊な外傷」だという。

「強いパワーによって骨折し、傷口は深く、筋肉までぱっくりと開く」

別の70代男性は早朝、山中で植林作業をしていた際、クマに襲われた。

自力で道の駅まで車で移動し、救急要請をした。

頭部と顔面に裂創を負い、左ほおの傷は口の中まで貫通していた。

口腔内にたまった血で呼吸が困難になった。

病院に到着したとき、意識は薄れつつあった。

「出血がひどく、血圧が下がってしまった。『出血性ショック』という状態で、緊急輸血を行いました。圧迫止血を行うとともに、耳鼻科の医師が電気メスで動脈を焼いて出血を止めました」

その後、頭骨の骨折や、頭蓋内の出血などを治療する緊急手術が行われた。

「クマ外傷」は傷の状態がひどいだけでなく、細菌に高度に汚染されることも特徴だ。

外傷ではなく、敗血症で亡くなった人もいる。

そのため、大量の生理食塩水による傷口の洗浄や、抗生剤治療などの感染対策が必須になる。

土田医師はこう訴える。

「クマの牙による傷は一見、ぽちっと穴が開いているだけですが、深い傷です。後で化膿する患者さんもいます。クマに襲われてけがをしたら、どんなものでもすぐに病院で治療を受けるべきです」

秋田赤十字病院の形成外科部長・渡邊理子(あやこ)医師は「クマに引っかかれた」と報じられることに違和感を抱いてきた。

昨年、同院にはクマによる外傷で7人が搬送された。

「実際は顔の中心、特に目のまわりをものすごく強い力で殴打される。皮膚を引きはがされる剥脱創(はくだつそう)が目立ちます。顔面の筋肉や骨はボロボロになる」

皮膚組織を欠損してしまうことも珍しくない。

そのため、傷を縫い合わせた後、皮膚を移植し、傷痕を目立たなくするなど、複数回の手術が必要となることが多い。

一般的な骨折と違って、顔面の骨は細かく砕けていることが多く、骨片をパズルのように元の位置に戻し、金属製のプレートでつないでいく。

それもできない場合は破片を取り除いた後、骨の代わりとなる大型のプレートを埋め込むこともある。

筋肉の挫滅がひどかったり、神経が傷ついたりすると、顔面をうまく動かせなくなる。

傷が治っても痛みや違和感を訴える人は多い。

こうした恐るべき被害の実態が十分に伝わっていないため、クマからの防御手段が軽視されている。

それが被害を広げる一因にもなっていると、指摘する専門家がいる。

NPO日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長は、10年前からこう訴えてきた。

「クマに遭遇した場合、立った状態で攻撃を受けるのが最も危険です。ただちにうつぶせになり、両腕で頭部を覆ってください。致命的なダメージを防ぐことが重要です」

3年前に改訂された環境省の「クマ類の出没対応マニュアル」にも、うつぶせになって頭部を守れ、と記述されるようになった。

ところが、インターネット上では「机上の空論」「うつぶせになって顔や頭を守っても食われるだけ」「攻撃こそ最大の防御!」と、防御姿勢を軽視するコメントを見ることがある。

背景には深刻な人身被害の実態が十分に理解されていないことがあるのだろう。

前出の渡邊医師は言う。

「顔面は社会生活を営むうえで非常に重要です。人の顔面は頭部に比べて脆弱ですから、クマに攻撃された際、うつぶせになって身を守るという方法は妥当だと思います」

島根県ではクマの目撃が年間1000件前後にもなる。

島根大学医学部歯科口腔外科学講座の臨床講師を兼務する雲南市立病院の歯科口腔外科部長・小池尚史医師は、クマに顔面を攻撃された際、負傷者を迅速に大学病院、またはそれに準ずる高次医療機関に搬送することの重要性を強調する。

防災ヘリやドクターヘリも有用だという。

「例えば、顔面の涙小管や耳下腺管、三叉神経や顔面神経などを損傷した場合、時間との勝負になってきます。緊急手術を行って、即時再建できる病院に搬送することが大切で、これが遅れるほど機能回復に遅れが生じてしまいます」

島根大学医学部付属病院の高度外傷センターでは、救命医をはじめ脳神経外科医、歯科口腔外科医、整形外科医など、複数の医師が密な連携のもと治療にあたる体制が整っている。

クマ外傷の場合、あごを負傷することも珍しくない。

あごを骨ごと持っていかれてしまう場合もある。

「口元がなくなってしまうと、摂食、嚥下、咀嚼、咬合など社会生活に大きな影響が出ます。外傷によってあごの骨や歯を大きく失った際、歯科インプラントも公的医療保険制度の対象となる場合がありますから、機能と審美の両面から、あごと口を再建して社会復帰していただきたいと強く思います」

参照元∶Yahoo!ニュース