夏休み「子どもは無料」の一言で簡単につられる大人たちの盲点

親子の写真

いよいよ夏休み目前。

今年は前年よりボーナスが増えた企業が多いとのこと、家族でレジャーに出かける機会も増えそうだ。

そんなタイミングで見かけたのが、「東急線キッズパス」の車内広告だ。

料金はなんと100円、ワンコインで土日休日の東急線全線が1日乗り降り自由になるという。

ただし、キッズというだけあって、対象は小学生以下の子ども。

他にも、都営地下鉄の「夏のワンデーパス」が7月20日~9月1日までの土日祝日と、8月13~16日のお盆期間が1日乗り放題になる。

こちらは大人500円、子ども100円だという。

どちらも破格に安い。

子ども料金がたった100円しかかからないなら出かけてみようと思うのではないだろか。

しかし、オトクなきっぷの紹介をしようというのが今回の趣旨ではない。

子どもへの割引や大盤振る舞いをする理由はなぜか、を考えてみたいのだ。

当然、企画者側にもおいしいメリットがある。

例えば、「東急線キッズパス」を使い、子ども100円で出かけようとすれば、もれなく親や大人の保護者が同伴でついてくるだろう。

このパスには大人料金の設定はないので、一方の親あるいは両親そろって家族で出かければ、2倍3倍で運賃を獲得できることになる。

しかも乗り降り自由となれば、あちこち行ってみたくなるのも人情だ。

もし3カ所に出かけたら、往復で大人は6回乗り降りする。

子どもに破格のサービスをするだけで、家族分の売り上げもセットで見込めるという、鉄道会社にとって損はない企画きっぷというわけだ。

また、普段は車で出かけるが、100円なら電車のほうが安いかもと感じさせる効果もある。

なにせ、100円ショップだって200円以上の品ばかり並んでいるというご時世だ。

「子ども100円」には、大人ごとまとめて引き寄せる磁力があるのではないか。

そんな例は他にもある。

例えば、プロ野球のファンクラブだ。

多くのチームには大人向けだけでなく、キッズやジュニアといった名称で中学生以下を対象とした子ども会員がある。

しかも、子ども向け特典として、ホーム球場での試合が無料で観戦できたりするのだ。

セ・リーグでは広島カープの「ジュニアカープ」がマツダスタジアムの内野自由席が全試合入場無料(売り切れの場合は制限あり)、読売ジャイアンツの「キッズメンバー」だと東京ドームの内野2階席ペア招待1試合分、横浜ベイスターズ「キッズコース」では観戦チケットとの引換チケットが3枚もらえる。

パ・リーグ陣も熱心だ。

ロッテマリーンズ「ジュニア会員」は平日公式戦の一部指定席が無料(除外試合あり)。

日本ハムファイターズは小学生以下のメンバーに5試合分の指定席招待券が、西武ライオンズもベルーナドームでの一軍公式戦の観戦が全試合無料(当日残席がある場合。

試合によって内野・外野指定席等の席種が異なる)と、大盤振る舞いこのうえない(※2024年会員の場合)。

チームごとにサービスに差異はあるが、プロ野球の試合が「無料」で見られるというのは魅力的だろう。

「全試合無料」なんて魅力的なワードが目に入れば心は動く。

むろん年会費はかかるが、数千円なら1~2試合行けば元が取れるというもの。

近郊テーマパークの入場料よりずっと安あがりですむのだ。

しかし、こちらもそんなにうまい話ばかりではない。

からくりはおわかりだろう。

自宅がスタジアムから徒歩5分という環境でない限り、たいていは大人が子どもを連れてくる。

大人は子と違っていつでも無料というわけにはいかないので、当然チケット代が別にかかる。

スタジアムに来れば飲食もするし、お土産にグッズを買うかもしれない。

特に飲食代は馬鹿にならない。

子連れではアルコールは飲まないかもしれないが、スタジアムで販売する生ビールはどこよりも高いのだ。

東京ドームでは、なんと1杯900円もする。

ほか関東の球場では、横浜スタジアム800円、マリンスタジアム950~850円、西武ベルーナドーム800円などと、お代わりを頼むたびに千円札が羽が生えたように飛んでいくのだ。

子どものチケット代分など、すぐに追い抜いてしまうだろう。

ついでにお弁当だって1000円近くするので、観戦人数が多ければ多いほど、財布は軽くなる仕組みだ。

「子どもの観戦無料」でスタジアムに家族を呼び寄せれば、それ以上のお金を落としてくれる。

まさに「トクすると見せて、余計なお金を使わせる」うまいからくりではないか。

プロ野球チームが子どもに大盤振る舞いするのは、親にお金を使わせるためだけではない。

子ども時代になじんだ体験は、成長してからの消費行動にも影響を及ぼす。

子どもの頃から球場に通っていれば、そのチームに親しみを感じるようになり、大人になってからも贔屓にしてくれる確率が高まるだろう。

その大人が親になり、また子どもを連れて通ってくれれば、延々とお金を落としてくれることになる。

文字通り、長期投資というわけだ。

それを考えれば、子どものチケット代を無料にすることくらい何でもない。

ちなみに阪神タイガースは会員である親が子どもをキッズ会員にして「ファミリー申請」すれば、子ども分の公式戦チケットが10試合分まで無料で申し込めるとか。

なるほど、こうして世代を超えた熱狂的な阪神ファンが生まれていくわけだ。

野球だけではない。

子どもの頃に見ていたアニメやドラマの影響で、サッカーやテニスを始めた人もいただろう。

テレビのヒーロー番組も同じで、子どもの頃に「仮面ライダー」を見てオートバイに興味を持ち、実際にライダーになった人も何割かいるはずだ。

子ども時代に触れたものが大人になってからの消費に結びつくと考えれば、リアルにしろバーチャルにしろ、企業が子どもに体験を提供するのは大事な種まきというわけだ。

私たちは少なからず「現状維持バイアス」に従っている。

何かを選択する際、これまでの習慣をなるべく変えない方向に動きやすい。

現状を変えると、さらにベターな結果が生まれるかもしれないが、よからぬことが起きて損を被る可能性もあるからだ。

これまで不自由を感じていないのなら、変えることはリスクを増す行動と判断し、失敗したくない我々は現状維持のほうを選んでしまう。

自宅の電話がNTTだった人は、大人になって通信会社を決めるとき、まず候補にNTTドコモを考えるだろう。

カレーのルウもマヨネーズも、実家で親が使っていた商品からまず手に取るものだ。

自分がしている選択がニュートラルに検討した結果ではなく、子ども時代からなじんできた習慣であることは多い。

子どもの頃の記憶と体験とが、今につながっているのは当たり前だ。

だからこそ、いかに子どものうちにファンになってもらうかを、いつでも企業は腐心している。

まず自社のサービスを使ってもらうためには、子ども割引や家族割引が有効な武器になるのだ。

現状維持が間違いというわけではない。

ただ、「昔から変えていないから」だけの理由だとすれば、もっとも賢明な選択とは言えないだろう。

いつもとは別の道に逸れてみると、もっとお得なサービス、もっとリーズナブルな商品に出会える可能性もある。

自分の机に目をやり、そこにあるアイテムをなぜ選んだのか、そのルーツを改めて考えてみるのも面白いのではないだろうか。

参照元∶Yahoo!ニュース