原宿の“ど真ん中”にできた「入浴550円の銭湯」 なぜ経営が成り立つのか?

銭湯をイメージした写真

気候変動の影響で高温多湿な環境が常態化し、暑熱による健康被害や不快感が深刻な社会課題となっている。

特に夏季の長期化や記録的な猛暑が続く中で、消費者に向けた暑さ対策のニーズは、これまで以上に高い。

こうした背景のもと、情報の発信地でもある原宿で、 “涼”体験企画「原宿-3℃はじめました。」が、7月17日~8月3日まで開催されている。

企業・行政・地域団体と協力し、街全体で気温が3度下がるような涼感体験を提供することで、猛暑の中でも快適に過ごせる夏の原宿をつくり出すプロジェクトだ。

同プロジェクト実行委員の一人に、原宿に20年ぶりにできたという銭湯、小杉湯原宿店「ゆあそび」代表取締役の関根江里子氏がいる。

関根氏が代表を勤める小杉湯原宿店「ゆあそび」は、高円寺で91年続く老舗銭湯「小杉湯」が、2023年に原宿の商業施設「ハラカド」へ出店した2号店だ。

だが、単なる2号店ではない。

原宿という場所で高騰する地価や商業施設としての採算性を乗り越えながら、商業施設の在り方、プロモーションの方法、そして地域とのつながりと銭湯文化の再設計というテーマと向き合っている。

関根氏にインタビューした。

「神宮前交差点のあの場所で550円の銭湯をやるっていうのは、なかなか簡単なことではありません。その中でどうやってちゃんとビジネスとしてやっていくのか。これが課題でした」

関根氏はこう語る。

小杉湯原宿店はハラカドの地下1階に位置する。

銭湯は本来、地下水をくみ上げて湯を張る。

だが、銭湯を作ることを想定していなかったハラカドに銭湯を設置したため、地下水をくみ上げることはできない。

また、地下にガスが通らないため、6階の飲食フロアから大量の水を地上6階まで36メートルくみ上げ、そこで沸かして、また地下まで戻すという大掛かりな仕組みで運営している。

小杉湯原宿では浴槽だけで1日に12トン以上の水を使う。

全て渋谷区の水道水を使用しているためコストも手間も掛かる。

この通り、採算は取りづらい構造だ。

それでも関根氏の「銭湯を社会に必要な場として維持したい」という強い思いがあるという。

さまざまな企業と年間パートナー契約を締結し、商品プロモーションの場として銭湯を活用する新しいビジネスモデルを築いた。

小杉湯原宿の年間契約のパートナー企業には花王、パナソニック、サッポロビール、そして任天堂「花札」とコラボするなど、日本を代表するブランド企業が名を連ねる。

その企業とのプロモーションで関根氏が最も重要視しているのが、「銭湯の空気感」を守ることだ。

従来の企業とのプロモーションやイベントとなると、イベントスペースの設営などが必要になることが多い。

だが、それでは現場の空気感が損なわれるという。

小杉湯原宿では、銭湯の空気を守りながら、銭湯の環境に合わせたポスターやPOPを作り、生活導線の中に自然とスポンサー企業の商品やサービスが溶け込むように設計している。

「銭湯で一番汗をかく時間は、ドライヤーをかけている時です。その瞬間に冷やしタオルを手に取ってもらえるようにしたい。ただそこにあるように置くだけでいいのです」

必要なタイミングで必要なものがそこにあれば、自然と商品に手が伸びる。

それが日常空間としての銭湯における最適な顧客体験(CX)となるという。

販促ではなく、体験の共有こそが「空気感を損なわない」プロモーションなのだ。

「仰々しくサンプルを渡すというよりも、ちょっと距離が近くなるように、なんか暑いですよねという空気感で渡すと、その渡しているスタッフ自身も銭湯の一部になり、お客さんもプロモーションを感じにくくなります。銭湯という場所で、企業さんもお客さんもお互いいいねと感じてもらえることが大事だと考えています」

本来であれば小杉湯原宿は、街の銭湯として湯を沸かしていること、そのものに意味があると考えている。

しかし、商業施設の一等地に構えた銭湯であるため、企業連携による「メディアとしての銭湯」という立ち位置にも向き合わなければならない。

ただし、それは広告枠を売るのではなく、場所そのものを体験する価値にある。

関根氏は「銭湯という空間で企業と生活者が交わる瞬間は、あくまで日常の延長線上でなければならない」と話す。

それを守るために、小杉湯原宿ではプロモーションの企画・設計・運営を自社で一貫して手掛けるスタイルを取っている。

2024年夏、ハラカドでは、花王と東急不動産が連携し、館内全体を「涼」をテーマにした装飾や企画で盛り上げるイベント「ヒヤカド」が開催された。  

各テナントが自主的に参加し、飲食店では辛いメニューに汗拭きシートをつけたり、美容室ではひんやりシャンプーを提供したりと、“涼”のおもてなしを展開したという。

この試みは、企業が生活者と自然につながる場をつくることを目指したものであり、関根氏は「文化祭のような一体感だった」と振り返る。

代理店に依頼してイベントを開催すると、イベントスペースにしかお金が落ちないこともある。

本当に落ちてもらいたいところにお金が落ちるためにテナント同士で協力して企画・制作を進めた。

そうすることで、テナントや街のお店に直接お金が流れる仕組みを作ったのだ。

そして今年、その活動を原宿の街へと広げ、より大きなスケールで展開したのが、「原宿-3℃はじめました。」である。

小杉湯原宿が挑むビジネスモデルは、商品プロモーションの戦略だけではない。

後継者の事業継承の新しい形も提案する。

本店の小杉湯は、家業として三代にわたり受け継がれてきた歴史を持つ。

銭湯に限らず代々続く事業は、伝統や世襲を守るために、採算度外視で経営せざるを得ないこともある。

そのために事業が立ち行かなくなり閉業に追い込まれることも多い。

古き良きものを守っていくためにはどうすればいいのか。

その打開策として小杉湯では、本店と原宿店を分けて「家業」と「事業」を両立するビジネスモデルを採っている。

「家業は守るもの、事業は攻めるもの。その両方が必要だと思っています。本店の高円寺は日常の銭湯を守り、原宿店は企画で挑戦を背負う。それぞれの役割を分担することで銭湯の未来を切り拓いていきたいです」

本店と原宿店は社長・副社長を交代しながら運営するハイブリッド体制による新しい銭湯のビジネスモデルなのだ。

「目標は、銭湯があって当たり前だと思ってもらえる社会をつくることです。なくなってから寂しがるのではなく、残したいと思ってもらえる存在になりたいです」

関根氏が目指しているのは、ただの施設運営ではない。

企業、地域、そして生活者を緩やかにつなぐ場としての銭湯、原宿という街の良さを取り戻すことだ。

「スマホを持っていることを忘れる場所を作ること。例えばWITH HARAJUKU(ウィズ 原宿)のベンチに座って友達とミストを浴びて『涼しいね』って話をしながら、気付いた時にはスマホで写真を撮っていなかった。ただ、そこに居るだけで思い出として残るような、自然と周囲と溶け込む空間を大切にしていきたいと思います」

小杉湯原宿、そして関根氏の思いが、ここ発信の街・原宿が起点となり、全国に「原宿-3℃はじめました。」の街づくりの輪が広がっていく。

参照元:Yahoo!ニュース