フリーランスが直面する子育ての現実 難しい「働いていること」の証明 出産翌日から仕事再開も

フリーランスをイメージした画像

正社員の出産・育児支援が拡充される一方で、制度の恩恵を受けづらいのがフリーランスだ。

フリーランスには個人事業主や経営者が含まれるが、事業が軌道に乗るまでは収入が不安定になりがちで、「子どもを持つことをためらう」という声もある。

働き方の多様化が進む社会で、どんな働き方を選んでも安心して子育てできる社会はつくれるのか。

実際に出産・子育ての課題に直面しているフリーランスに取材するとともに、専門家に具体的な対策を聞いた。

出生数の減少に歯止めがかからない。

2024年の出生数は68万人。

2016年に100万人を割ってから10年足らずで、30万人以上減少した。

この10年で出生率が改善したのは「正社員女性」だ(大和総研の推計、2023年)。

事業者(会社)側の努力もあって、「夫婦とも正規雇用の共働き」世帯が出産・育児支援の恩恵を最も受けやすくなっている。

こうした支援を受けにくいのが、雇用によらない働き方をする人たちだ。

一般に「フリーランス」と呼ばれる。

フリーランスは、妊娠・出産・育児中の収入減少に対するセーフティーネットを自分で調達しなければならない。

ところが、経済基盤が整わず、子どもを持つことを後回しにしたり、諦めたりする人も少なくない。

フリーランスという働き方は、もちろん本人が選択したことでもあるが、産業側がコスト削減や雇用調整の手段として利用してきた側面も否定できないだろう。

出生数の減少を止めたいなら、多様な働き方をする人たちの困りごとにも目を向ける必要がある。

雇用によらない働き方をする人たちは、出産・育児の現場でどんな課題に直面しているのか。

都内に住む西原裕貴さん(48)は、2人の子どもを育てながら、フリーの映像ディレクターとして働いている。

NHKなどから番組制作を請け負うほか、映画・映像制作にも携わる。

専門学校を卒業後、すぐにフリーランスの道を選んだ。

10年ほど前、最初の子どもを保育所に入れようとしたとき、区役所の子ども家庭支援課の担当者の話を聞いていると、こう言われているような気がした。

「本当に働いているんですか?」と。

子どもを保育所に預けるには、勤務先に就労証明書を書いてもらわなければならない。

だが、フリーランスにはそれがない。

西原さんは、取引先の発注書や担当した番組のリストなど、自分が働いていることを示す書類を何枚もそろえて提出した。

「番組のエンドロールで流れるクレジットを写真に撮って提出したこともあります。ただ、すべてのスタッフの名前が出るとは限りません」

そのほかにも、3カ月分のスケジュールの提出を求められたが、スケジュールが直前まで決まらないことはザラにある。

「役所の方にこういう働き方が本当に理解されていないんだと感じました。資料をたくさん提出しましたが、見てもらえたのかどうか。見ても理解されなかったのかもしれません」

金銭的な不安も大きかった。

当時、妻もフリーランスで夫婦とも雇用保険の対象外だったため、「育児休業給付金」を受け取れない。

また、自営業者が加入する国民健康保険には一部の国保組合を除いて「出産手当金」の給付がなく、働かなければ即収入が途絶える。

「子どもが熱を出すと保育所に預けられず、病児保育を探さなければなりませんよね。僕は幸い現場に行けなかったことはないものの、もしこれが撮影当日だったら……と想像してゾッとしたことが何度もありました。仕事に穴を開けたり断ったりしたら次がないかもしれないという不安は常に感じています。子どもを持つことをためらうという話を聞いたことはあります」

妊娠・出産期の過ごし方という点でも、会社に雇用されているとさまざまな健康上の配慮を受けられるが、フリーランスの場合、それも自分で行うことになる。しかし、妊娠・出産についてよほど知識があるか、自分で勉強したのでない限り、多くの人は健康面を度外視して無理をしてしまう。

東京都に住む浦上藍子さん(44)は、11年前に出版社を退社、編集者・ライターとして独立した。数年にわたる不妊治療を経て、42歳で第一子を出産。翌日から仕事を再開した。

「病院のベッドの上でメールチェックして、原稿に赤を入れていました。幸い体調に問題はありませんでしたが、出産直前まで原稿を抱えて仕事をしていたのは、今思うとヒヤヒヤします。高齢出産でもありましたし、何かあれば取引先にも迷惑をかけるところでした」

背景には、出産後はしばらく仕事ができなくなるかもしれないという不安もあった。

「高齢出産での初めての子育て。不安から、妊娠中の今、できる仕事はどんどん受けようと、つい詰め込みすぎてしまって……。その結果、産後もバタバタと過ごすことになりました。フリーランスは自分が手を止めたら、代わりになる人がいません。受けた以上は、責任を持って納品しなければいけませんから」

不妊治療との両立でも、企業の環境整備が進む一方で、フリーランスにはそうした制度がない。

「通院のために断らざるを得ない仕事もあり、治療期間中は収入も減りました。スケジュール調整しやすいのはフリーランスの強みではありますが、そのぶん不安定さも痛感しました」

フリーランス支援や実態調査などを行うフリーランス協会の代表理事・平田麻莉さんは、「テレビや出版、IT、スポーツインストラクター、講師業など、雇用契約に基づかず働く人が多い業界では、制度の支援が届きにくいため、妊娠・出産・育児との両立が難しくなりがちです」と話す。

フリーランスの側から、国に対して、妊娠・出産・育児期のセーフティーネットを整備してほしいという働きかけをしてこなかったわけではない。

平田さんらフリーランス協会は、設立当初から「契約ルールの整備」と「働き方に中立なセーフティーネット」を2本柱として訴えてきた。

「契約ルールの整備については、昨年11月に施行されたフリーランス新法により大きく前進しました。しかし、セーフティーネットの議論は手つかずのままです」

政府も、2023年12月に閣議決定した「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋」のなかで、フリーランス等の社会保険適用のあり方について「新しい類型の検討も含め、引き続き検討を深める」としている。

しかし、平田さんは「楽観できない」と話す。

「財源の問題になるので、先送りしようとする力が働くことは十分考えられます」。

実際、数年前に当時の岸田首相が「フリーランス向けの育児休業給付金に代わる新制度をつくる」と明言したものの、議論が立ち消えになった。

「制度改革の話になると、『好き勝手に働いて、たいした税金も払っていないのに社会保障を求めるなんてわがままだ』という声が必ず上がるのですが、フリーランスも個人事業主や会社経営者としてきちんと納税しています。それでも、政治家のなかには『個人事業主=いい加減』というイメージを持っている人が少なくありません」

こうした偏見が議論を前に進めるうえでの見えない壁になっている。

「だからこそ、フリーランス自身も、記帳レベルを上げ、納税意識を高める必要があると思っています」

実際にフリーランスが出産・育児で利用できる制度にはどんなものがあるのか。

出産後の女性の雇用環境の整備に取り組み、フリーランスの相談にも応じてきた社会保険労務士の佐佐木由美子さんに整理してもらった。

「国民健康保険に入っていれば、出産育児一時金(子ども1人につき原則50万円)や児童手当(子ども1人あたり月1万~3万円)が利用できます。出産前後の4カ月間(多胎妊娠は6カ月間)を対象に、国民年金保険料と国民健康保険料が免除される制度もあります。さらに、2026年10月からは、子どもが1歳になるまで国民年金保険料が免除される制度が、男女ともに利用できるようになります」

大事なのは、こうした情報を自分で取りに行き、マネーリテラシーを磨く意識だ、と佐佐木さんは言う。

一方、前述のように、フリーランスには「出産手当金」と「育児休業給付金」がない。

「(被雇用者が受給する)育児休業給付金は最長2歳まで受給でき、金額も200万円程度になることも。あるかないかで大きな違いです」

冒頭の西原さんのような「就労証明が出せない」という問題については、統一ルールの必要性を訴える。

「現在は、自治体や施設ごとに対応がバラバラで、フリーランスの方が困惑するケースは少なくありません。全国共通の様式やガイドラインを設け、フリーランスだからという理由で不利益を受けない制度を設計することは急務だと思います」

佐佐木さんは、最近はフリーランス志望者からの新たな相談が増えている、と話す。

「独立したいが、収入がゼロになるリスクは避けたい。だから、まず勤務先と業務委託契約を結び、これまでの業務を継続しながら仕事の幅を広げたいという相談です。二足も三足もわらじを履くようなパラレルキャリアを選ぶ人は確実に増えています。今後、企業側も柔軟な働き方を受け入れる体制を整えざるを得なくなるでしょう」

どんな働き方であれ、出産・子育てを視野に入れた長期的なライフプランと、その一部であるワークプランを俯瞰して考える力が欠かせない。

出産にはタイムリミットがある。

今まさにその壁に直面する世代にとって、選択肢をどうつくるかは切実な課題だ。

「働き方の多様化が進む今こそ、妊娠・出産・育児をどう人生に組み込むかを考えることが、キャリアの断絶を防ぐ鍵になります。私たち自身が、自分の未来を主体的に設計する力を持つことが大切になるでしょう」

参照元:Yahoo!ニュース