相撲部屋で「かわいがり」という名の暴力はあったのか? 佐渡ケ嶽部屋訴訟、かつての師弟が尋問で真っ向勝負

相撲をイメージした画像

相撲部屋で「かわいがり」と呼ぶ暴力行為やパワハラが横行していた――そう訴える元三段目力士、琴貫鉄の柳原大将(だいすけ)さん(27)が、元師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)と日本相撲協会を訴えた裁判が近く、判決を迎える。

訴訟は千葉地裁松戸支部で約2年間、継続。

大詰めを迎えた2024年12月には関係者の尋問があり、部屋OBの元力士が出廷。

押し出す力士と押される力士に分かれる「ぶつかり稽古」の途中で、押される方が転がされて蹴られるなどの「かわいがり」と呼ぶ暴力行為がたびたびあったと証言した。

柳原さんも「師匠がどう感じていたか、この裁判で知りたいと思っていた」と思いをぶつけたが、出廷した佐渡ケ嶽親方は元弟子らの主張について「うそです。事実ではない」と真っ向から否定した。

相撲部屋は一種の密室だ。

果たして、真実はどこにあるのだろうか。

2024年12月25日。

街行く人々がクリスマスを楽しむ中、千葉地裁松戸支部の法廷の空気は張り詰めていた。

2024年11月の大相撲九州場所で初優勝を遂げた大関琴桜が所属する佐渡ケ嶽部屋。

この日の親方の証言によると、15人の力士が所属している。

柳原さん側は訴訟で、親方が部屋の暴力行為を黙認していたと主張。

また不整脈があった柳原さんが、2021年に新型コロナウイルス感染に不安を感じて初場所の休場を申し出たが協会から認められず、親方からも「もう出るか辞めるしかないな」と告げられ引退に追い込まれたとして計約500万円の損害賠償を求めている。

この日、最初に出廷したのは、柳原さん側の証人である元力士の20代男性だった。

男性は10代の2年間、佐渡ケ嶽部屋に所属。

当初は順調だったが、後に精神的に不調をきたすようになって部屋を辞めたという。

男性は法廷で、同期が別の力士から馬乗りになられて「ぼこぼこに」された事件があったことを証言したほか、ある力士がいつも「かわいがり」を受けていたのを目撃していたとも述べた。

「転がされて、そこに蹴られたりとかもしていました」

かわいがりを受けるのは「(門限を破るなどの)ルールを破ったりとか、兄弟子の機嫌を損ねたりした場合です」とも証言。

かわいがりを見ていた佐渡ケ嶽親方が何か発言することはなく「(かわいがりを)勧めるなどはなかったですが、終わらせることもしなかったです」と述べた。

反対尋問では、被告側代理人の細野敦弁護士が、同期力士が受けたという馬乗り暴行事件の真偽を巡って以下のように攻める一幕があった。

細野弁護士「(事件の加害者が)なんでX力士だっていう記憶なの」

男性「現場で見ていたからです」

細野弁護士「これは(本当の加害者は)原告だということではないですか」

男性「ないです」

細野弁護士「原告だって証言している人はいますよ」

男性「そうなんですか」

細野弁護士「偽証罪、問われますよ、あなた」

男性「はい」

細野弁護士「いいですか」

男性「事実、X力士だったので間違いありません」

また、細野弁護士が「あなたは、余り人と接触するのが、苦手なタイプなんですかね」「仲良かった人はいなかったのでは?」などと男性の人格について言及する場面もあった。

すかさず原告側代理人の島田亮弁護士が「異議があります。証人を侮辱する質問です」と応酬し、裁判長は質問を変えるよう促した。

なお原告側による細野弁護士への「異議あり」はこの日、計4回も唱えられ、法廷ドラマさながらの白熱ぶりだった。

次に出廷したのが被告側の証人で、先ほど名指しされた部屋OBのX氏だった。

暴力的なかわいがりの存在を否定し「自分が知る限りでは、そういうふうなのがあったとは思ってないです」と発言。

暴行事件についても「そんな事実はないです」と否定した。

一方、原告側の島田弁護士から「(ルール違反者に対し)あえて厳しい稽古をつけるということが、佐渡ケ嶽部屋であったのか、なかったのか」と問われると、こう述べた。

「やれと言われてやったことはないです。ただ、ぶつかりの中で土俵にいるのが2人だけなので、その本人たち同士がどう思っているかまでは分かんないです」

午後になり、原告の柳原さんが黒のスーツ姿で証言台の前に座った。

自身が受けた「かわいがり」の実態について次のように語った。

「土と塩を食べさせられたのと、口に含んだ水を、まげをつかみながら吹きかけられた記憶があります」

「(その時、佐渡ケ嶽親方は)見ていました。静観されているだけでした」

また、かわいがりは「ペナルティー、罰」として課されるもので、通常のぶつかり稽古との違いについては「暴行がそれにプラスされる」ことだとも述べた。

さらに、遅刻などへのペナルティーとして、全ての娯楽を禁止する「全禁」と呼ばれる制度が部屋にあったとも証言した。

部屋での、けがへの対応については「師匠に聞いて休めるかどうかが決まります」と述べた上で、次のようなエピソードを打ち明けた。

「病院に行って脱臼と診断されたときに、師匠に、千代の富士みたいに腕立て100回したら治るんだよ、だから腕立てしなさいって言って、稽古に参加させられたことがあります。痛み止めを打ちながら腕立てをしてました」

弁護士から「最後に何か言いたいこと」を聞かれると、こう語った。

「僕は、今回裁判をさせてもらって、師匠に対して恨みとかは正直そんなになくて。確かに嫌だった記憶はたくさんあるんですけど、今こうやっていろんな子たちが出てきてくれて話してくれていることを真摯に受け止めて、佐渡ケ嶽部屋のトップとして、発言したこと全てに責任を持ってほしいなっていうのは強く思います」

最後の尋問となったのが、佐渡ケ嶽親方だった。

紺のスーツ姿で証言台の前に座った。

かわいがりなどの部屋での私刑については「全くありません」と否定し、こう述べた。

「私が先代の師匠から教えていただいたかわいがりというのは、やはり親が子どもをかわいがるのと一緒で、子どもを立派に育てたい、そういうところから、厳しいところに修行させるっていうことで、これがかわいがりなんだと。だから次にこの子が上がりそうだなっていう時には、かわいがってあげなさいと、厳しいぶつかり稽古をしなさいっていうふうに教えていただきました」

「それを我慢してやった子たちが、やはり関取になるっていうことです」

反対尋問の場になると、原告側の島田弁護士の問いかけに対して親方は“完全否定”を連発した。

島田弁護士「兄弟子が、弟弟子に対してパワハラを行ったようなことは、あなたの部屋ではあるんでしょうか」

親方「いえ、ありません」

島田弁護士「そうすると、あなたの部屋ではいじめも起こったことがない、パワハラが起こったこともないと、そういうことなんでしょうか」

親方「はい」

島田弁護士「あなたは、先代の親方から部屋を引き継いで、今現在何年ぐらいになるんですか」

親方「……20年ぐらいですね」

島田弁護士「20年ぐらいの間は、全くパワハラとか、いじめは起こったことがないと、あなたはそのように認識してらっしゃるわけですね」

親方「はい」

また、柳原さんが主張した、倒れた力士の口に砂や塩を入れるようなことについても「私が現役時代はありましたけども、私が師匠になってからは、それは全くありません」と否定した。

親方は最後に「ありがとうございました」と述べ、長い一日が終わった。

証言台からの去り際、緊張からか、手汗をズボンでぬぐっていたのが印象的だった。

閉廷後、柳原さんが取材に応じ、次のように述べた。

「何度も部屋を辞めたいと思ったけど、相撲を辞めたいと思ったことはありません。力士は入門した部屋から移籍できないのですが、そのためにパワハラが生まれやすいという構造があると気づきました。この裁判が影響して、移籍制度が認められるようになれば良いのですが」

判決は2025年6月27日に言い渡される。

参照元:Yahoo!ニュース