「魚肉ソーセージ50円」「刺身200円台」「ランチ500円」激安で人気だった≪さくら水産≫が“残すところ11店舗”まで衰退した納得の理由

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昔はあんなによく行ったのに、最近全然見ない“あの店”。

栄枯盛衰が常の外食業界で、現在も続く“かつての人気チェーン店”を巡る本連載。

第4回は、500円ランチで人気を博した『さくら水産』を取り上げる。

最盛期の160店舗近くから、現在11店舗までに縮小した背景を、現地取材を代表取締役のインタビューから探った。

リクルートが2025年4月に発表したデータによれば、外食店でランチにかける平均価格は1250円と、2020年の調査開始以来もっとも高かった(13都府県に住む4225人が対象)。

慢性的な物価高が続く中、いまやランチも1000円を優に超えるご時世だ。

そんな中、かつて500円ランチを看板に、急速に店舗展開を進めていたのが『さくら水産』だ。

日替わりの刺身や焼き魚をはじめとするメインに、食べ放題のご飯・味噌汁・卵・海苔・お新香が付いた定食は、500円と庶民の味方となった。

10年近く前に大学生だった筆者も、ご飯や卵をおかわりして、お腹を満たしていたのが懐かしい。

市井のオアシスだったさくら水産だが、現在ランチは1000円以上に置き換わり、呼応するように店舗数も激減している。

最盛期だった2010年の160店舗近くから、2025年5月時点では11店舗、都内でも4店舗に留まる。

リーズナブルな価格設定を売りにしていたさくら水産も、物価や人件費が高騰する時流にはついていけなかったのかーー。

店舗数激減の経緯や現状も気になり、久々に原宿竹下口店を訪れると、平日13時で20人ほどの先客が席を埋めていた。

土地柄からか、スーツ姿のサラリーマンはほぼおらず、男女比は半々ぐらいといった印象だ。

早速タッチパネルでメニューを見ると、最安値は1100円の「本日の焼き魚定食」「漁師の“まかない”漬け丼」「鶏の唐揚げ定食」。

それから1150円の「“生”あじフライ定食」や、1380円の「本日の特選海鮮丼」などが続き、最高値は1480円の「魚河岸お刺身5点盛り定食」を揃える(以下、価格はすべて税込)。

全メニュー共通して、副菜の卵や海苔は無くなり、味噌汁やおしんこのお代わりも撤廃されている。

ご飯は大盛りに変更できるが、お代わりは100円、味噌汁も2杯目以降は別途70円かかるようだ。

100円以下だったサイドメニューの冷奴や納豆も姿を消していた。

世知辛さを感じるものの、久々の来訪とあり、奮発して魚河岸お刺身5点盛り定食を頼む。

当時から3倍近い価格レンジだが、豊洲で当日朝に買い付けた旬の鮮魚を、店内で加工調理しているそうだ。

来訪日の5種盛りは「マグロ・カツオ・アイナメ・タイ・サーモン叩き」のラインナップで、分厚くカットされた切り身は満足感がある。

特に血の気が多いカツオは、時間が経つと臭みが出がちだが、口に運んでも生臭さは感じない。

味噌汁にはタイのアラが入っており、思わずお代わりしたくなる……。

結局、追加注文は見送り、会計は税込1480円。

今のご時世べらぼうに高いわけではないが、どうしてもかつての良心的な価格が脳裏をよぎる。

さくら水産を運営するテラケン代表取締役の野田安秀氏も、「破格なブランドイメージが強烈だったゆえに、高付加価値を押し出す路線にシフトしても客足がついて来なかった」と、大量閉店の要因を振り返る。

さくら水産の代名詞だった500円ランチ、実は物価高が顕著になる以前から、採算度外視の収益構造だった。

20年近く籍を置く営業部社員に聞けば「ランチ営業を始めた2000年代前半から、原価率は約50%に設定し、人件費は30%以上、販管費などを差し引くと純利益は10%前後しか残らなかった。コロナ禍以降は赤字となり、2021年完全に撤廃した」と明かす。

赤字覚悟で始まったランチ営業だが、背景には500円という安さを呼び水に、夜の居酒屋業態につなげる狙いがあった。

目論見は成功し、作り上げた破格なブランドイメージを保つため、夜業態でも客単価は1800〜1900円(2000年代当時)に据える薄利多売の戦略に出た。

2000年代を振り返れば、ワタミが売上高のピークを迎え、モンテローザが1500店舗を達成した時代だ。

宴会需要も盛んで、大箱の居酒屋も盛況だったなか、“安かろう悪かろう”でも出店すれば客入りが見込める市況だった。

さくら水産も勢いそのままに、1995年の創業から、2010年には160店舗近くまで拡大を見せた。

前出の営業部社員は「私が入社した2000年代前半は、すでに年間10店舗以上を新規展開していて、社員も2〜3カ月の研修を終えると、即店長を任せられていた。それ以降も、後輩社員を1人で回せるよう教育して、自分は新店舗に派遣されての繰り返しでしたよ」と回顧する。

矢継ぎ早に出店を進めていたさくら水産だが、綻びが見え始めたのは2010年前後だった。

2008年のリーマンショックを皮切りに、働き方改革も進み、大人数での利用も減退。

ボリューム層だった団塊の世代も、気づけば定年を迎えて客足が遠のき、薄利多売のモデルも行き詰まっていく。

結果的に、残ったのは大量のテナントだった。

既存店も老朽化が進んでいくものの、改装やリブランディングに踏み切る体力に欠け、契約終了に伴い不採算の店舗を畳む流れが進んだ。

加えて、野田代表取締役が前述するように、安価なイメージが大きな障壁となった。

2015年には投資ファンドのアスパラントグループに、2019年には梅の花グループに買収され、徐々に高価格帯へ舵を切るものの苦戦が続く。

買収後すぐにコロナ禍を迎えた不運も重なり、現在の11店舗に至る。

振り返れば、良くも悪くも時流を反映したさくら水産だが、気になるのは現在の姿だ。

夜の居酒屋業態に限れば、いまは客単価3200〜3300円と、以前の1.5倍以上に推移する。

夜に訪れた際は、2人で料理6品、ソフトドリンクを1杯ずつ注文し、会計は5304円。ここにアルコールを2杯ほど追加すれば、平均的な客単価に落ち着く。

頼んだ料理は、寿司屋の卵焼き(438円)、おまかせ握り5種盛(878円)、海老カツ(548円)、魚河岸シーフードグラタン(658円)、とりの唐揚げ(548円)、日替わりのなめろうの青唐辛子和え(658円)。

どれも値段に見合ったクオリティだが、価格に優位性を感じるわけでもなく、リピートするほど逸品かと言われると微妙だ。

端的にまとめれば、現在のさくら水産は、無難な海鮮居酒屋といった所感に落ち着く。

ランチと同様、1番の優位性であるリーズナブルさが薄れたことで、“らしさ”が失われている印象だ。

筆者が抱いた所感を率直にぶつけると、野田代表取締役はこう語る。

「さくら水産は10年ほど前から、客単価を上げるため高品質な戦略にシフトしていくが、過去の“安かろう悪かろう”のイメージが強烈で、消費者には企業努力が浸透しづらかった。グランドメニューも年々マイナーチェンジしているが、それより顧客の記憶に残るのは、50円の魚肉ソーセージや200円台の刺身、そして500円ランチと、安さを売りにしていたメニューでした。特にメインの客層である年配の男性客は、過去の“安い”という固定概念が強い。旧態依然のままでは先細りしていくのは目に見えていた」

過去の成功体験も、時代にそぐわなくなれば足枷になる。

往年のブランドイメージも相まって、ある意味さくら水産は八方塞がりな状況にあると言える。

そこで運営元のテラケンが目下、注力しているのが、新業態『魚がイチバン』の出店だ。

元々はさくら水産だった3店舗を改装し、2023年から業態転換を進める中、新業態の業績は好調に推移している。

コロナ以前の2019年比で見れば、「九段靖国通り店」が約150%、「横浜日本大通り店」が約130%、「西新宿駅前店」が約110%だという。

後編『さくら水産社長「もう出店の予定ない」の真意』では、堅調な新業態の分析とともに、テラケンの今後の戦略に迫る。

参照元:Yahoo!ニュース