「大スキャンダルで、自死するほかない」加害者直筆の口止めの“手紙” 被害者を苦しめる苛烈な二次加害、大阪地検元トップの性暴力事件

「検察組織による集団いじめだと思う」。
5月上旬、取材に応じてくれた現職検事のひかりさん(仮名)が苦しそうに漏らした。
ひかりさんにとっての最初の苦しみは、大阪地検のトップだった北川健太郎被告(65)による性暴力である。
だが理不尽な出来事はそれで終わらなかった。
加害者本人や検察幹部による口止め、関係者による誹謗中傷、検察内外に広がっていくうわさ…。
さらに被告は一転して否認に転じ、苛烈な二次加害がいまも、ひかりさんを苦しめている。
ひかりさんは5月21日に日本外国特派員協会(東京)で記者会見も開き、事件の約1年後に北川被告から受け取ったという口止めの書面も公開した。
記者会見という形で公にその苦境や心情を伝えるほかない彼女に対し、検察組織はどう対応するべきか。
そして私たちはこの事件をどう受け止めればいいのか。
起訴状などによると、事件が起きたのは2018年9月。
職場の懇親会で飲酒し、酩酊したひかりさんは、他の人に促されてタクシーに乗ろうとした。
そこに北川被告は半ば強引に同乗して来て、自宅に連れ込んだ。
そして泥酔していたひかりさんの服を脱がせ、レイプした。
途中で意識を取り戻したひかりさんはやめるよう訴えたが、北川被告は「これでおまえも俺の女だ」と言って加害行為を続けた。
「一人の人間としての尊厳、検事としての尊厳を踏みにじられ、身も心も粉々に壊され、家族との平穏な生活も、大切な仕事も奪われ、私が紡いできた時間も汚され、未来も奪われた」。
ひかりさんはそう話す。
ひかりさんは事件後、苦しみ続けた。
やがて心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症、生きがいだった検事の仕事もできなくなる。
「処罰すべき犯罪者を処罰しなければもう生きていけない」。
2024年2月、ついに被害を訴え出た。
北川被告は2024年6月に準強制性交容疑で逮捕、7月に同罪で起訴された。
2024年10月の初公判で北川被告は「争うことはしません」と起訴内容を認め、「被害者に重大で深刻な被害を与えた」と謝罪した。
ところが2024年12月になって状況が一変する。
被告の主任弁護人が交代し、否認に転じることを明らかにしたのだ。
「同意があったと思った。犯罪の故意はない」という主張だった。
2025年5月21日、日本外国特派員協会で記者会見したひかりさんは、北川被告からの直筆の書面を公表した。
事件から約1年後、2019年10月28日の日付である。
「長文になる上、生来の悪筆であり、レポート用紙を使うことをまずお許し下さい」という文言から始まる。
全6枚。
その後、こう続く。
「今回の事件であなたに取り返しのつかない被害を与えたことを心から謝罪します。またその後の謝罪も十分ではなく、償いといえるものも全くしていないことも心から謝罪します。本当にごめんなさい。(中略)最初に以下のことを御理解いただくようお願いします。それは、今回の事件が公になった場合、私は絶対に生きてゆくことはできず自死するほかないと考えている、決意しているということです」
一体この“手紙”は何なのか。
謝罪の言葉の後「舌の根も乾かぬうちに」という比喩があまりにもぴったりなほどすぐに、公になったら「自死するほかない」と究極の手段を持ち出す。
あなたの選択は私を殺すことになり得るという脅しである。
さらに読み進めると、「今回の事件はよりによって大地検の検事正による大スキャンダルであり、発覚した場合、私のみならず検察組織に対しても強烈な批判があることは明らかです。総長や検事長の辞職もあるかもしれないと思ってます。(中略)大阪事件に匹敵する不尚事(ママ)であり組織として立ちゆかなくなります」とある。
文中、「大阪事件」とは、2010年の大阪地検特捜部による証拠改ざん事件のことである。
うんざりする気持ちが抑えられない。
組織犯罪ともいうべき大阪事件と同列とみなし、組織防衛のために口外しないよう、強く牽制している。
人間の根本の権利である性的な自由を侵す行為の重大性について、あまりに無自覚というほかない。
この後も口止めの言葉が続く。
「上級庁に本件を訴えることをお考えのようですが、(中略)それだけは私の命に代えてやめていただくよう伏してお願いします。私のためというよりもあなたも属する大阪地検のためということでお願いします」
組織のために沈黙せよという組織優先の論理である。
しかも“上から目線”が文章ににじんでいる。
最後の6枚目の文章を書き写す。
「検察庁は私の命など問題にならないくらい私にとって重い存在であり、事が公になった場合のダメージを何としても避けたいという気持の方がはるかに強いということを理解してもらえないでしょうか」
「この文章を書きながらも、ひょっとして今日自死した方がよいのではないかと思ったりもしますが、あなたへの義務を果たし、組織に迷惑をかけたくないという気持で支えています」
骨の髄まで検察組織に染まっていた人なのだろう。
そして、その論理が被害者にも通じる、理解してもらえると考えていたようだ。
自分の尺度でしかものを考えられない狭さ、愚かさは、人の罪を裁く過程で重要な役割を果たすべき検察官として、適格性を欠くと思われるが、そのような人が大阪地検のトップにまで上り詰めたのだ。
ひかりさんは記者会見で、書面を受け取った当時のことを「私は、大切な組織や職員を人質にされ、北川の言うような事態になることが恐ろしすぎて、被害を訴えられませんでした」と振り返った。
ひかりさんは深刻な二次被害も訴えている。
ひかりさんは被害の後、一時、職場復帰するが、2024年9月初旬、同じフロアの同じ部署にいた女性副検事が事件を巡るデマを流しているという話を聞く。
上司に「職場に加害者の副検事がいるので怖い」と訴えたが「何が怖いの?」と言われて、副検事を別の職場に異動させるなどの対応をしてもらえなかった。
ひかりさんによると、副検事は被害者情報や性被害の詳細を漏らした上で「PTSDは詐病」「被害申告は虚偽」といった誹謗中傷まで広めていた。
ひかりさんは再び病休に追い込まれてしまう。
その後、検察にハラスメント被害として申告する。
そして、組織として①副検事の二次加害を明らかにするため、検察庁の全職員に対するヒアリングを実施すること②誹謗中傷の中味は嘘だと周知すること③副検事の行動を放置、隠蔽した理由を説明し謝罪すること―などを求めたが、検察は「何もしなかった」。
副検事については、名誉毀損や国家公務員法違反の疑いで告訴・告発もしたが、2025年3月、大阪高検は女性副検事を不起訴処分とする。
組織としての懲戒処分も最も軽い「戒告」だった。
処分公表に際して、大阪高検幹部からひかりさんの代理人弁護士にメールが届く。
今回の処分結果はあくまで法と証拠に基づく判断であり、恣意的なものではないとあった。
さらにこう続く。
「(この件で)外部発信をするようなことがあれば、検察職員でありながら、警告を受けたにも関わらず、その信用を貶める行為を繰り返しているとの評価をせざるを得なくなる」
「これは口止めや脅しではなく、当たり前のことを要請しているだけなので、口止めや脅しを受けたなどという発信も控えてもらいたい」
北川被告のみならず検察組織全体も、発信を封じる姿勢が鮮明だ。
「事件について発信するなという要請自体も発信するな」という二重の禁止に至っては、もはや三次加害というべきだろう。
被害者の怒りや悲しみ、悔しさを受け止めて、法を解釈運用していくはずの検察はどこへ行ったのか。
ひかりさんは、副検事の不起訴処分は不当だとして、検察審査会に審査を申し立てるため、弁護士とともに準備を進めている。
北川被告や副検事に対する損害賠償請求、国に対する国家賠償請求も検討中だ。
そして、一連の対応を検証するための第三者委員会の設置が急務だと訴えている。
2014年に静岡地検検事正がセクハラで懲戒処分を受けた。
2019年には広島地検の検事が自殺に追い込まれ、遺族は国に対し、長時間労働や上司のパワハラの是正を怠ったとして、計約1億7千万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴している。
「検察にはハラスメントが横行している。北川事件も副検事の二次加害も、このような検察の土壌が生み出したものだと思う」とひかりさん。
学校で深刻ないじめ被害が起きたケースで、背景として教室の「荒れ」が指摘されることが多いように、組織におけるハラスメントや性暴力も、それを許容する土壌や体質が絡む。
だが、検察庁は公訴提起という強大な権限をほぼ独占し、そのための捜査は密行するため、外部の目にさらされにくい。
「自浄作用が働きにくいし、変わりにくい。だからこそ、第三者委員会の設置が必要です。強い権限を持つ国家機関の在り方は、誰にとっても人ごとではないと思います」
2023年に著書「性暴力を受けたわたしは、今日もその後を生きています。」を出版した性暴力被害者の池田鮎美さんは、自らがMCを務めるオンライン報道番組「ポリタスTV」にひかりさんを招き、話を聞いた。
「その番組を流した時の視聴者の反応は、すごく温かかった。思い出すだけで涙が出ます」と池田さんは振り返る。
池田さん自身の性暴力事件では、加害者は不起訴処分となった。
「ひかりさんが声を上げてくれた勇気は本当に尊いもので、とても感謝しています。私は検察に変わってほしい。たくさんの被害者のために」
参照元:Yahoo!ニュース