「平成の米騒動」では不評だった「外国のコメ」、消費増えるインディカ米のいま

米の不足や高騰が話題になる昨今。
国産米だけでは足りず、外国産米も見かけるようになってきたが、その多くは「外国で生産されたジャポニカ米」だ。
日本米と同じ品種の米である。
イオンが6月から販売を決めたカリフォルニア産のカルローズも、このところスーパーマーケットの店頭にも並ぶベトナム産米もジャポニカ米だ。
これらを国産米と比べて評価するのではなく、ときにはまったく品種の違う「インディカ米」に目を向けてみてはどうだろうか。
その代表的なものが、インドやパキスタンのバスマティライスや、タイのジャスミンライスで、どちらもいま国内での消費量が伸びている。
バスマティライスをこよなく愛するシェフや、インディカ米を輸入する業者に、おいしさのヒミツや最新事情を聞いた。
「バスマティライスは“ふわっ”な米なんです」大澤孝将さんはそう表現する。
バスマティライスをスパイスで炊き上げた南アジアの料理、ビリヤニを提供する「ビリヤニ大澤」(東京・神田)の店主だ。
バスマティライスとは「インディカ米」の一種で、おもにインドやパキスタンで生産されている。
日本米に代表される「ジャポニカ米」とは、まったく違う文化や味わい方が、そこにはある。
「このふわっとした食感は、日本米では得られない良さだと思います」
もっちりとした粘り気と甘さの日本米とは、美味しさの質が違うのだ。
その理由のひとつは米の形状。日本のジャポニカ米は「短粒種」とも呼ばれ、ひと粒が短い。
一方、インディカ米は細長い「長粒種」だ。
粘り気は少なく、炊きあがるとさらに長さが際立つ。
「2センチ以上のやつは“K点越え”って言ってるんです(笑)」
この特徴が“ふわっ”を生み出す。
炊いたバスマティライスを盛りつけると、長さのためにかさが増し、隙間が多くなる。
食べるときには米と一緒に空気も取り込むことになるから、軽い食感を生む。
粘り気の少なさがさらに、ふわりさらりと感じさせる。
「それと、バスマティライスは香りが命なんです」
「香りの女王」という異名を持つ米だ。
インディカ米の中でもパキスタン北部からインド北部にかけてのパンジャブ地方やヒマラヤ山麓で生産されたバスマティライスは、ローストしたナッツのような、ポップコーンのような、香ばしく甘い香りが漂う。
その香気は粒の長い、つまり表面積の大きな米にまとわり、周囲の空気にも触れて、鼻腔をくすぐり、食欲をそそる。
そんなバスマティライスを最もおいしく食べられる料理こそが、ビリヤニであると大澤さんは力説する。
同店のビリヤニはさまざまなスパイスとマトンを煮込んだグレービーをバスマティライスと合わせて炊き込んであり、立ち上ってくる蒸気の香りにまずはうっとりする。
バスマティライスそのものの香りが、さらにスパイスをまとって芳醇になっているのだ。
その香りごと、いただく。
マトンのどっしりした旨みと、軽くふわっとしたバスマティライスがなんとも合う。
ひと粒が細長いから、どっさり盛られているように見えて隙間が多く、そこにこもった香気が口中に広がる。
「あるフードエッセイストの方が、うちのビリヤニを食べて“風だった”って表現したんです」
なるほど確かにこれは、香りの風を味わう料理だ。
その土台を、バスマティライスがつくっている。
対照的に日本米は、川や山里のみずみずしさを連想する。
水のイメージなのだ。
それぞれの気候風土に合った米というわけだが、いまインディカ米の需要が少しずつ増えている。
それは昨今の米不足や値上がりといった理由よりも、違う食文化を楽しみたいという日本人の好奇心、探求心が起こしている現象のようだ。
インディカ米といえばタイのジャスミンライスも名高い。
こちらも、「香り米」と呼ばれているように甘く香ばしい芳香で知られる。
このジャスミンライスを、米穀製品専門の商社・木徳神糧は1995年から輸入してきた。
「当初は34トンを買い付けたのですが、売り切るまでに2年かかったと聞いています」
海外事業部の佐貫洋さんは言う。
あまり人気がなかったのだ。
そもそも、インディカ米輸入のきっかけは1993年の「平成の米騒動」にある。
冷夏による記録的な不作によって日本は「(農家保護のため)米の輸入はしない」という方針を転換し、緊急輸入を断行。
その結果として外国産米に門戸を開くことになった。
1994年まで行われたウルグアイ・ラウンドでの多国間交渉の結果、外国産米の輸入を開始。
現在では年間77万トンを受け入れている。
この取り組みを受けて木徳神糧はジャスミンライスを輸入したわけだが、多くの日本人は当時まだインディカ米になじみがなかった。
だから、米騒動の折にも見られたように、まったく異なる気候風土と食文化に育まれてきた米を、日本風に炊き、日本のおかずで食べた結果、不評となってしまう。
木徳神糧ではタイの高級ブランド、ゴールデンフェニックスの米を扱ったのだが、それでもわずか34トンを売り切るまで2年もかかったのだ。
「当時はタイ料理レストランも東京に10軒とか15軒くらいしかなくて、なかなか需要が伸びなかったですね」
そこで着目したのが、2000年から東京・代々木公園で始まったタイフェスティバルだった(当初は「タイフードフェスティバル」という名称)。
タイのレトルトカレーを輸入し始めた食品メーカーのヤマモリと組んで、タイ料理とジャスミンライスのおいしさを知ってもらおうとアピールしたのだ。
「うちがお米を炊いて、ヤマモリさんのカレーをかけて、タイフェスで何万食も配ったんです。食べたことのないものをいきなり買っていただくわけにもいかないので、まず試食していただこうと」
日本米に合うよう最適化されてきた日本のカレーと違い、タイのカレーはスープ状で、ハーブや唐辛子が利いていたり、ココナツミルクを多用したりと、軽いインディカ米と食べるために工夫されてきたものだ。
そんなタイの食文化が、佐貫さんたちの努力もあり、少しずつ日本人に理解されるようになってきた。
「2010年代に入ってからですね。ジャスミンライスの認知度がどんどん上がって、月に100トンほど売れるようになってきたんです。タイ料理にはやっぱりジャスミンライスだねっていうことが定着してきたように思います」
やはり海外事業部で働くタイ人、ジョイスさんは言う。
「私が留学生として日本に来た2009年頃は、タイのお米や食材を買える場所は限られていたし、種類も本当に少なかったですね。でも、タイ料理のレストランがどんどん増えてきて、タイフェスティバルはすごく混むようになって」
タイ料理の普及とともにジャスミンライスも日本人に受け入れられるようになり、ジョイスさんが入社した2015年には木徳神糧はおよそ1500トンのジャスミンライスを輸入している。
レストランの増加だけでなく、自宅でもタイ料理にチャレンジしてみようという需要も広がっているし、このあたりから在住外国人が急増したことも影響しているだろう。
いまではゴールデンフェニックスのジャスミンライスは、輸入食品を扱うカルディコーヒーファームやジュピターコーヒーに加え、成城石井やクイーンズ伊勢丹といった高級志向のスーパーマーケットなど、日本全国で売られるようになった。
タイ料理はすっかり日本人の食の選択肢のひとつとして根づき、カレーだけではなくガパオライスやカオマンガイといった、ひと昔前は名前も知られていなかったような料理がコンビニにも並ぶ。
もちろんジャスミンライスが使われている。
米と料理とは、二人三脚のように歩みつつ、受け入れられていくものなのだ。
現在、木徳神糧では年間2000トン以上のジャスミンライスを輸入している。
業界の6割ほどのシェアを占める数字だ。
日本人の年間の米消費量796万トン(2023年、農林水産省による)に比べればまだまだわずかだが、それでも34トンを売り切るのに2年かかった30年前に比べれば着実にマーケットは広がっている。
バスマティライスもジャスミンライスのように、日本に普及していくだろうか。
パキスタン最大の米輸出業者、ガリブソンズ社の取締役ファーハン・ハミド・ガリブさんはこう話す。
「2024年は30トンほどを日本に輸出しましたが、2025年は150~200トンくらいになる見込みです。すこしずつ、ゆっくり市場を開拓していければと考えています」
ガリブさんは2025年3月に東京ビッグサイトで開催されたアジア最大級の食品・飲料展示会である「FOODEX JAPAN」に出展するために来日したが、手ごたえもまずまずだったようだ。
「昨年も参加したのですが、より関心が高まっているように感じましたね。どんな米なのか、どう食べるものなのか、たくさん質問をいただきましたし、新しくお客様になってくれる方もいました」
扱うのはパキスタンでも最高級といわれるバスマティライスのブランド、ムガルだ。
同社は国際赤十字や世界食糧計画といった国際機関とも取引があるほか、欧米や中東など世界60カ国以上に輸出しており、品質や安全性は折り紙つきだ。
とはいえ、ジャポニカ米を、日本伝統の米をこよなく愛する日本人は、新しい味わいを受け入れるだろうか。
「日本人はきっと、自分たちのスタイルでバスマティライスを炊き、スパイスや調味料を加えて、独自の味を作り出すと思うんです。そうすれば自然にバスマティライスも好まれるようになると思うし、消費量も増えるでしょう」
そう、日本人は異文化をうまく取り込み、自分たち流にアレンジして、食文化を発展させてきた民族だ。
「ビリヤニ大澤」の大澤さんは言う。
「バスマティライスを塩ゆでして、明太子をバターで炒めてのっけるだけでめっちゃうまいんですよ。日本米より合います。あとは、パスタのソースはぜんぶ合います。ペペロンチーノのオイルをバスマティライスにちょっと垂らして、塩味を加えるだけでもうまい」
この発想こそが、日本人なのだ。
「全人類に言えることだと思うんですが、知らないものは否定したい気持ちが働くんです。バスマティライスはすごくいい香りなんですが、『米から知らないにおいがするからイヤ』と感じてしまう人もいます。僕たち作り手としては、その心理の壁を突破する料理をどう生み出すか。その先にある美味しさを知ってほしい」
バスマティライスの“ふわっ”と“香り”。
味わってみればまたひとつ食の世界を広げてくれるだろう。
参照元:Yahoo!ニュース