「必ず通る道」 元刑務官が語る死刑執行の詳細な手順 今も浮かぶ死刑囚の顔

刑務官をイメージした画像

東日本の拘置所で長年勤務した元刑務官の70代男性は、1990年代に1度、複数人の死刑執行に携わった。

担ったのは、執行の際に死刑囚の首に縄を巻く役割だ。

男性はこう語る。

「拘置所で勤務したら必ず通る道だと分かっていた。拒否権はない」

執行の際は当日の朝に任務を伝えられ、男性を含む5人の刑務官のほか、複数の職員が補助のために付き添った。

死刑囚の首に縄を巻く「首掛け」を任され、順に複数人を執行した。

「死刑もやむを得ない」と考える人は、内閣府の調査で8割以上となっている。

ただ、2022年7月を最後に、死刑の執行はない。

執行とは実際、どういうものなのか。

元刑務官や、元法務省幹部が取材に証言した。

執行に携わった男性は、現場での手順を次のように明かした。

縄の結び目は首の後ろではなく、必ず横に来るようにする。

そうすると、苦しみが軽減するとされる。

両足を縛る「足掛け」などの役割もある。

男性は「人の首に縄を掛けるより『足掛け』の方が気が楽だったかもしれない。恥をかかないよう気合を入れた。震えはしなかった」と振り返る。

一部の幹部らを除き、刑務官が執行そのものに関わるのは、職業人生の中で必ず1回だけという。

男性はこれとは別に、死刑囚の「連行」も約40年前に経験した。

対象の死刑囚を担当する刑務官が「処遇部長が呼んでいる」と告げて出房させ、そこから刑場に入るまでを見届けた。

死刑囚が暴れた際の対処法を教えられたが「知る限り暴れた人は1人もいない」と明かした。

刑事訴訟法では、法相が命令した場合、5日以内に執行するとしているが、男性は「執行の順番がどうやって決まるか分からず、ブラックボックス化している」と指摘する。

「拘置が長引いて事実上終身刑のようになっている死刑囚もいる。被害者のことを思えば、順番通りの執行をするのがいい」と話した。

自らの経験に関し「仕事だから割り切れる。死刑制度には賛成」という。

ただ、こうも語った。

「実際やるといいものではないとも感じる」。

そして、こんなエピソードも明かした。

「毎朝、自宅の神棚と仏壇の水を取り換えて手を合わせる。その時に、関係した死刑囚の顔がだーっと出てくる」。

理由は自分でもよく分からない。

2022年7月以降、執行はないが、死刑を巡る状況にはいくつか動きがあった。

2022年11月、当時の葉梨康弘法相が、法相は死刑執行の命令を下すときだけニュースのトップになる「地味な役職」と失言して更迭された。

2024年10月には、静岡県一家4人殺害事件で死刑判決を受けた袴田巌さんの再審無罪が確定した。

2024年11月、法曹関係者や国会議員、学者らでつくる「日本の死刑制度について考える懇話会」が、制度について議論する公的な会議体を設置するよう国会と内閣に提言した。

懇話会の提言を受けて、刑務所などの施設の管理や死刑囚の処遇を担う法務省矯正局の元幹部に聞いた。

大橋哲・元局長(64)。

大橋氏は、執行担当の刑務官について「神聖な儀式のように執行の手順を進めることで、心にふたをしている」と述べた。

死刑そのものには「賛成・反対ではなく、制度としてある以上、忠実に行わなければいけない。判決を受けた人を確実に執行するのが一番の責務だ」と明言。

一方で「どんな職員にとっても、積極的にやりたい仕事ではない」とも語った。

法務省は、民主党政権だった2010年に東京拘置所の刑場を報道機関に公開したことがある。

これが最後の機会で、懇話会が視察を求めても応じなかった。

大橋氏も、広く公開することにはなじまないとの立場で「職員は神聖で不可侵な場所と考えている。無遠慮に立ち入ってほしくないという心理的抵抗もある」とした。

懇話会の報告書は、死刑の代替刑として仮釈放の可能性がない終身刑の導入について言及した。

大橋氏は、死刑囚も無期懲役受刑者も一定数が施設内で亡くなる現状を指摘。

「一部が実質的に終身刑化している。この現状をまず整理すべきだ」とした。

有期刑よりも処遇面での配慮が求められるため「職員の負担がさらに増す」と見通す。

死刑囚が他人との接触を制限されている点についても、懇話会は検討課題だとした。

死刑囚は、収容中の加害者に施設職員を介して遺族らが心情を伝える「心情等伝達制度」の対象外だ。

大橋氏は、直接の手紙のやりとりや面会に不安を覚える遺族もいるとして「両者をつなぐコーディネーターのような役割を創設するのはどうか」と提案した。

大橋氏は1984年、法務省採用。

栃木刑務所長や法務省大臣官房審議官などを経て、2020年1月から21年7月まで矯正局長を務めた。

参照元:Yahoo!ニュース