言葉のわからないタイで長男が過労死、「同じ悲劇生んではいけない」 母が「息子の代わりに」対策作り

過労死をイメージした画像

海外勤務中に過労自殺した男性の母親が、息子の勤務先とともに、対策マニュアルの作成に取り組んでいる。

「同じ悲劇を生んではいけない」。

3月には、社会全体に働きかけるため、別の遺族らと団体を設立した。

「息子さんが転落して亡くなりました」

富山県の自宅にいた上田直美さん(54)に訃報(ふほう)が届いたのは2021年5月1日の朝。

長男の優貴さん(当時27歳)が勤めていた日立造船(現・カナデビア、大阪市)からだった。

ごみ焼却発電プラント建設のため、その年の1月からタイに長期出張していた優貴さんが4月30日、プラント建屋の階段の踊り場から転落死したという。

タイ警察は死因を特定しなかったが、優貴さんの日記には、「おこられてばかりでとてもつらい」「生きのびることができた」などとつづられており、上田さんは自殺だと感じた。

労働問題に詳しい岩城穣弁護士に相談し、パソコンの履歴を調べたところ、4月中旬までの1か月間の時間外労働が100時間以上だった可能性が高いとわかった。

23年4月、大阪南労働基準監督署に労災申請し、その半年後、調査などのためタイに渡った。

首都・バンコクから南東約150キロの工業都市ラヨーン。

タイ語を話せない優貴さんの苦労を想像した。

「戸惑い、困難があっただろう」

完成した発電プラントは未舗装の林道を進んだ先で稼働していた。

優貴さんが亡くなっていた現場近くに花を手向け、手を合わせた。

同僚に話を聞いたところ、優貴さんは出張の途中から全く経験がない業務を任され、連日上司から厳しく叱責(しっせき)されていたという。

優貴さんが転落した踊り場には高さ1メートルほどの柵があった。

「自ら乗り越えない限り転落しないはず」。

上田さんは自殺を確信した。

大阪南労基署は昨年3月、上田さんの現地調査の結果や同僚の証言を踏まえ、労災と認定した。

労災決定は、慣れない業務や時間外労働の増加、上司の叱責によって「業務の心理的負荷が大きかった」と指摘。

精神疾患を発症して自殺したと認めた。

上田さんは今年1月、会社に対し、海外勤務時の従業員の健康管理に関するマニュアル作りを提案した。

後輩の面倒見がよかった優貴さん。

「生きていれば、現地での経験をもとに、周囲を手助けしていたはず」との思いから、「優貴の代わり」に取った行動だ。

出張・赴任前の研修、労働時間の管理、産業医による定期的なカウンセリング――などを求めており、会社と協議を進めている。

カナデビアは取材に対し、遺族と協議していることを認め、「詳細は明かせない」としている。

上田さんは3月、同じ立場の遺族、岩城弁護士とともに「海外労働連絡会」を設立。

定期的に情報交換を行い、将来的には政策提言や関係機関への申し入れなどを行う方針という。

マニュアルには他の遺族の意見も反映させるつもりだ。

「息子の命が、海外での働き方を見直すきっかけになり、再発防止に役立ってほしい」

外務省によると、永住者を除く海外の長期滞在者(3か月以上)は約71万人。

厚生労働省のまとめでは、海外勤務中の過労による労災認定は2023年度までの4年間で、少なくとも10人いた。

ラオスに赴任していた大手ゼネコンの男性社員(当時49歳)は18年、月200時間を超える時間外労働の末に死亡し、労災認定された。

労働基準法は、時間外労働の上限を月45時間と定めるが、海外の事業所で勤務する人は原則、対象外だ。

一方で、会社には、海外での危険に対処する安全配慮義務がある。

青山学院大の細川良教授(労働法)によると、海外勤務者については、会社の監督が不十分で、労働者の自己管理に任せきりになりやすい。

慣れない業務、言語や文化の違いで、心身の負担が大きい。

医療体制が十分に整っていない国では、心身に不調を感じても受診を控えるケースもあるという。

細川教授は「国内と同様の勤怠管理や医療機関の確保など、配慮が必要だ。国も、企業に求められる従業員の健康管理のあり方を示すべきだ」と指摘する。

参照元:Yahoo!ニュース