千円着服で懲戒免職、1200万円の退職手当もパーに この処分、重すぎる? 「魔が差した」バス運転手の払った大きすぎる代償、司法の判断も揺れた

着服したのは乗客が払った千円。
それがばれて、男性はバス運転手の職と、29年間積み上げた1200万円の退職手当を失った―。
この処分は不当に重すぎるのかどうか。
京都市営バスの元運転手が起こした裁判で、一審の地裁と二審の高裁の判断は分かれた。
最終的に最高裁が「退職金を全額支給しなかった市の処分は妥当だ」と判断し、法廷闘争は決着した。
「つい魔が差した」と後悔を口にした男性。
払った代償はあまりにも大きいものとなった。
「犯罪行為であり当然だ」「やった事に対して処分が重すぎる」。
どちらの意見にも一理ありそうだが、判断を分けたポイントはどこにあったのだろうか。
男性は1993年に京都市交通局に採用された。
戒告処分や注意を受けたことはあるが、遅刻や無断欠勤はなく、無事故運転者表彰や接遇優秀職員表彰を受けたこともあったという。
“事件”があったのは2022年2月。
乗客が5人分の運賃1150円を支払った際、男性は硬貨150円を運賃箱に入れる一方で千円札をカバンに入れた。
乗務が終わった後、運賃箱に入った硬貨や回数券などを精算したが、千円札は制服のポケットに入れた。
1週間後、市がドライブレコーダーを確認して業務状況の点検をした際に着服が発覚した。
男性は直前に新型コロナウイルスに感染して10日ほど出勤できず給料が少なかったことを一因に挙げ「千円では足しにならないが、魔が差してやってしまった」と説明した。
これを受けて市が開いた懲戒委員会では「免職」が相当となった。
「金額が少ないから処分を軽くすべきだ」と同情を寄せる声はなく、むしろ「公金の横領は市民からの信用を著しく失墜させる。マイナスの影響は多大だ」と厳しい意見が出たという。
3月に懲戒免職となり、これに伴い約1211万円の退職手当も全額不支給となった。
男性は、懲戒免職と全額不支給のいずれも不当だとして提訴した。
2023年7月に言い渡された一審・京都地裁判決は、市が男性を懲戒免職とした判断は裁量の範囲内で違法ではないと判断した。
公金と自分の金を厳格に区別するために、勤務中に自分の金を持つことを職務規程で禁じるなど、運賃を適切に管理することが運転手には強く求められると指摘した。
退職手当の不支給についてはどうか。
地裁は、これも市の裁量に委ねられるとし、不合理ではないと判断した。
懲戒免職を受けた人は退職手当の全てまたは一部が支給されないと定める国家公務員退職手当法の運用方針を参照しており、その運用方針には合理性があると考えたためだ。
一方、2024年2月の二審・大阪高裁判決は懲戒免職については一審を維持しつつ、退職手当の全額不支給は「裁量権の逸脱だ」と判断し、地裁とは逆の結論となった。
高裁が重視したのは、退職手当の性質だ。
「給与の後払い的な性格や生活保障的な側面も軽視できない」と指摘。
その上で、一審判決は在職中の功績や退任後の生活に及ぼす影響などを適切に考慮していないと述べた。
そして「行為の程度及び内容に比べて酷に過ぎると言わざるを得ず、社会観念上著しく妥当性を欠いている」と、男性の立場を慮った。
これに対して市側が上告した。
上告審では今年3月、当事者の言い分を聞く弁論が最高裁で開かれた。
男性はまず「千円札をどうして入金しなかったのかと、毎日考えている。後悔してもしきれない」と反省を口にした。
そしてこう続けた。
「29年間、誠心誠意、業務に当たってきたことは分かってもらいたい。安全第一にダイヤを守るのは大変なことも多いがやりがいのある仕事だった。無事故運転者表彰などを励みにし、今回のことがなければ定年まで勤める予定だった。今はトラック運転手をしているが、給与は下がり、家族に負担をかけている」
最高裁は4月17日、市の処分を是認するとの判決を言い渡した。
判決理由ではまず、男性のやったことについて「公務の遂行中に職務上取り扱う公金を着服した重大な非違行為である」と指摘した。
運転手は乗客から直接運賃を受け取り、通常は1人で乗務することから「適正な取り扱いが強く要請される」というわけだ。
そのため着服行為は、バス事業に対する信頼を大きく損なうものだと非難した。
その上で、被害金額が千円で被害弁償していることなどの事情を酌んだとしても、全額不支給という市の判断は「裁量権の範囲を逸脱するとは言えない」と結論づけた。
男性の着服行為が全額不支給に相当するかどうかの是非ではなく、あくまで市の判断に合理性があるかどうか、という観点で示されたというのが今回のポイントだ。
一時は二審判決によって救われたかに見えたが、最終的に退職手当約1200万円を受け取れないことが確定した男性。
上告審判決の当日、法廷に姿を見せなかった。
参照元:Yahoo!ニュース