「覚悟はできとるんじゃろうな」 野球部顧問からの叱責を苦に16歳が自死 それから13年たった今も苦しむ父親が訴えること

いじめを受けていることを相談している人

2012年7月に、県立岡山操山高校(岡山市)の野球部マネージャーだった2年の男子生徒A君(当時16)が自死した。

その後、彼が若くして死を選んだ理由が、野球部の顧問だった教諭の「不適切指導」にあったことが認定された。

彼の死から13年。だが今になってなお、この問題は解決していない。

両親をはじめとする遺族は、対応が進まないことに長く苦しんでいる。

いったいなぜなのか、日本の「指導死」をめぐる経緯を振り返りつつ、その現状に迫った。

今年2月、岡山県教育委員会はA君の事件を受けての再発防止策をまとめ、県立学校の校長を対象にした説明会を開いた。

説明会では、再発防止として次のようなことが示された。

教職員向けのハンドブックに、暴力だけでなく暴言などのハラスメント根絶に向けた取り組みを追記したほか、「教職員による体罰・不適切な指導・ハラスメント防止に係る教育動画」を制作し、来月4月からすべての県立学校で適用する、といったことだ。

一見すると対策が進んでいるように見える。

しかし、亡くなったA君の父親の表情は晴れない。

父親は筆者の前で「(防止策の)内容には100%納得していない。

あまりに時間がかかりすぎている」と肩を落とす。

実際、再発防止策の策定や説明会開催に限らず、ここまでの県や学校側の対応は、とてもスピーディとはいえないものだった。

自死に至る原因を調べるための第三者委員会は、A君の両親が県教委に何度も働きかけ続けた末、事件から6年後の2018年にやっと設けられたものだった。

顧問による叱責と自死の因果関係が認定されたのは、3年後の2021年。

だが、そこから再発防止策の対外発表までさらに4年間もの時間を要した。

こうしてA君の死から実に13年が経過した。

苦しむ遺族にとっては途方もない年月だ。

その長さを物語るかのように、遺族に対応する窓口は生徒指導推進室から途中で教育政策課に替わり、人事異動もあって担当者はすでに6人目になる。

遺族は彼らとのメールのやり取りを書類化しているが、2021年3月からの4年分だけでも250ページに及ぶ。

「(県側の)担当者は替わりますが、受ける印象は変わりません。(県教委に)一番お願いしたいのは、遺族に寄り添った対応をしてほしいということです」と父親は吐露する。

例えば、子どもの自死に関しての事案を抱える他の都道府県は「第三者再発防止検討・検証委員会」を設置しているところが多い。

ところが、A君の父親が同様の組織の設置を岡山県に要望したところ、それは却下された。

その後、第三者による対策組織は設置されぬまま、県教委の中で再発防止策を作成することになった。

自死の原因を探る際に第三者委員会は置かれたが、再発防止策を作成する段階においてはそれはなされなかったということだ。

県教委が主導する組織に外部有識者は招かれたものの、そのメンバーの選定プロセスについても父親は違和感を抱いている。

誰がメンバーに入るかによって報告書の内容は大きく変わる。

そのため父親は、不適切指導に関する専門家など外部有識者を含む6人の加入を求めた。

しかし、その半数は受け入れられなかった。

不適切指導に詳しいとされる有識者も、遺族には相談されることなく変更されていた。

自死に至る原因を調べるための第三者委員会が残した調査報告書には、「遺族の話をきちんと聞いて再発防止策を策定する」旨が明記されている。

だが、こうしたことを見ると、それが尊重されているようには見えない。

「(県教委との対話には)心底疲れました。でも、やり続けなくては息子に申し訳ない」と父親は声を絞り出す。

ここまで心血を注ぐのは、息子への贖罪の気持ちからだ。

A君が受けていた暴力は次のようなものだった。

すべて県の調査で認定されているものだ。

A君は、野球部の顧問による「死ね」「帰れ」などの暴言や、感情的になるとパイプいすを振り上げる暴力行為に苦しんでいた。

高校1年の2学期、野球部日誌に「自分は無意味な存在だった。自分はチームにとって存在価値がないので、これからはチームの役に立つよう頑張りたい」と書いている。

ところが、3学期にあたる2012年2月、野球部日誌に「もう自分の存在価値も目標もわからなくなった」と記述。

2年生になった5月の鳥取県での遠征試合では、顧問から捕球できないところにばかりノックされ「声を出せ」と怒鳴られた。

さらに「いらんわ。おまえなんか制服に着替えて帰れ」と叱責され、その日以降も「Aはルールを知らんから、誰かルールを教えちゃれ」などと罵倒が続いた。

A君は「もう耐えられない」と一度退部。

退部を申し出た際も「夏の大会前の3年生の気持ちがわからないのか。チームの士気が下がる」と叱られている。

しかし、同級生からマネージャーとしての復部を懇願される。

顧問から「一度辞めたんじゃから、覚悟はできとるんじゃろうな」と威嚇するような態度をとられたものの復帰した。

復帰初日からさまざま理不尽な理由で叱られ続けた。

復帰して3日目。

猛暑の練習で「声を出さなかったらマネージャーの存在価値はねえ」と怒鳴られた。

部員が体調不良を訴えたため、顧問は氷を持ってこさせようとA君の名前を大声で叫んだが、離れた場所で作業をしていたため気づかなかった。

「あのとき、何をしよったんだ」「聞きよるじゃろうが!」と大声で問い詰められた。

帰り際「体調不良者が出て大変じゃけど、これからもマネージャー頼むわ」と声をかけた同級生に対し、「もう俺はマネージャーじゃない。存在してるだけだ」と返答。

その数時間後、命を絶った。

自身の存在価値を否定された息子の絶望を、父親は強く感じている。

「わが子ながら責任感が強い、いい子でした。あの子が死ぬんだから相当おかしなことがあったに違いない。親として守れなかった子どもの命を無駄にしたくないから、再発防止をしたい。そう思って県教委と向き合うことを決意したんです。責任論とか、損害賠償請求してお金をもらっても何も残りませんから」

それなのに「Aのような目に遭う子どもは出ないだろうという手応えがまったく得られないまま」(父親)時間だけが過ぎていく。

この13年の間に、最も心強い伴走者だった妻が病で亡くなった。

この3月で一周忌を迎えた。

「相談できる相手がいなくなったことは私にとって非常に大きくて……。悩んだとき、こういうことがあるんだけどどっちがいいと思う? とか気軽に聞けたんですけど、もうそれができない」

県教委との面談の際も「横にいてうなずいてくれるだけでよかった。でも、もういない。1人でやらんといけんと思うと本当にきつい」。

再発予防対策について話し合う面談には夫妻と弁護士、当時のPTA会長が出席していたが、妻が亡くなってからは代わりに、親族や友人が出ると言ってくれた。

県教委の許可がおり昨年9月の面談は8人来てくれたが「発言はさせられない」と規制され、友人らは黙って聞くしかなかったという。

筆者は、学校や部活での教師による不適切指導によって生徒が自死した事案について多数、取材してきた。

A君が亡くなった5カ月後、大阪の市立高校バスケットボール部男子生徒が顧問の暴力やパワハラを原因に自死した事件など、痛ましい事件がいまだ後を絶たない。

A君の事件については、とくに強い疑問を抱いてきた。

例えばA君の自死のひきがねとなった野球部の元顧問はA君の死後、操山高校通信制に異動し、何もなかったかのように軟式野球部の監督として活動していた。

A君の死を県や学校が重くとらえていないと、筆者は感じた。

その詳細については、東洋経済オンラインの『野球部監督の叱責で16歳少年が自死、遺族の訴え なぜ彼は死を選び、両親は9年後の今も闘うか』で報じているのであわせて読んでほしい。

そうした中、不適切指導を原因とした子どもの自死について、遺族と真摯に向き合い、再発防止に取り組もうとする自治体もいくつか出てきている。

それらに比べると、A君に対する岡山県の対応は、あまりに手薄で、かつスピード感に欠けると筆者は感じている。

例えばA君の死の6年後の2018年に、岩手の県立高校バレーボール部員だった男子生徒が自死した問題。

岩手県教育委員会は2022年、男性顧問を懲戒免職にし、同期間の副校長5人を戒告処分にした。

2024年5月には再発防止対策として「岩手モデル」を策定し公表。

岩手モデルは冒頭で男子生徒が自死に至る一因となった学校や県教委の対応を振り返り、不適切だった対応を細かく検証。

今後の注意事項を明記した。

例えば、児童生徒らから部活動担当の教職員による不適切な指導があるという申し出があった場合、内容が明らかに不自然でない限り、当該教職員を部活動指導から外すことを明記。

また、教職員は岩手モデルの具体的な取り組みを理解したうえで部活動で指導する旨の「宣言書」を提出すること、部活動に関わる教職員全員が指導者研修を受けることを義務づけた。

筆者は、岩手県の再発防止対策委員会についても取材したが、毎回遺族と担当弁護士を招き、遺族が選んだ有識者らも含め意見を丁寧に聴き取っていた。

そこには遺族に寄り添う姿勢が見られた。

2021年1月、県立高校の空手部員が自死した沖縄県の事件を受け、沖縄県教育委員会は7月に、当該顧問を懲戒免職にした。

翌月には第三者委員会設置を決定した。

翌年からは、部活動の実態や設計に詳しい専門家や、スポーツ心理学者ら有識者を中心とした沖縄県部活動改革推進委員会を立ち上げ、暴力や暴言、ハラスメントのない部活動を目指して生徒自身が部活動のあるべき姿を協議する高校生検討委員会(県教育庁主管)を複数回開催。

話し合いによって集約されたものが「沖縄県高校部活生メッセージ2023〜変えよう部活、変えよう未来〜」として発表された。

今後は「沖縄県のスポーツを新しい指導スタイルに転換するプロジェクト」として、競技団体ごとに小・中・高の全カテゴリーが協働して指導改革に取り組むやり方を推し進めるという。

筆者は遺族の対応を担う岡山県教育庁に出向き、有識者の推薦先を遺族に無断で変更したことや遺族の話をきちんと聞いているかといった質問状を持参し取材を申し込んだが「面会での取材対応は控えさせていただき、ご質問については、次のとおり回答いたします」とメールが来た。

質問に対する明確な答えはなく「再発防止策を策定する際の外部有識者の選定において、推薦を依頼する団体については、公正性・中立性の観点から、県教委の責任において、判断、決定した」「再発防止策の策定については、外部有識者やご遺族からも多くのご意見やご指摘をいただき、修正を重ね、策定した」との返事だった。

不適切指導問題改善の道半ばで亡くなったA君の母親に、筆者は2021年6月にオンラインで取材した。

母親は画面の向こうで涙ながらに声を振り絞って訴えた。

「Aは弟とけんかをしたこともなく、兄弟仲が良くて。バカとか死ねとかそんな汚い言葉は使ったことのない子たちでした。だから部活動で先生から怒鳴られたり、死ねとか言われたりしたら、相当ショックを受けたと思います」

「今後(防止策が)適用される道のりを考えると不安です」

遺族側と、県教委との認識にはいまだ大きな乖離があることがうかがえる。

こうした痛ましい事件の再発を防ぐには、遺族の思いを受け止める覚悟がもっと必要なのではないかと感じられてならない。

参照元:Yahoo!ニュース