人口47人・限界集落で盛況する「峠の茶屋」 「あそこの灯が消えるとき、集落も終わる」地域の総合商社の”超多角化経営”が凄すぎた

取材ライターをイメージした画像

山の中や海沿いの長い一本道が続いた先にぽつんと見える食堂や店には、たまらなく心惹かれるものがある。

一昔前の時代の「峠の茶屋」のような安心感とノスタルジーを覚えるからだろうか? 

取材であちこちを車で巡っていると、そんなところにたくさん巡り合う。

中でも鹿児島最西端のまち・南さつま市坊津町秋目にある「がんじん荘」は秘境感あふれる不思議な魅力のある場所だった。

秋目は入り組んだ湾と山の間のわずかな土地に集落が形成されており、他の土地からは隔絶された“隠れ里”のような雰囲気がある。

現在、集落の人口は47人(2024年11月時点)。東シナ海を望む漁村の風景が美しい町である。

その集落にぽつんと佇む「がんじん荘」は集落唯一の飲食店であり、雑貨屋であり、宿(※宿はもう一軒あり)である。

集落にあった簡易郵便局が1995年に閉鎖されたため、少し前までは郵便局の役割も果たしていたという。

がんじん荘を営むのは現在3代目の上塘照哉(かみともてるや)さん。

初代は大正の時代に雑貨屋を営み、2代目の父の代になると釣り客用の宿も始めた。

現在は宿と雑貨屋のほか、ランチなどの飲食営業、釣り客の瀬渡し、クルージングの対応と幅広く手掛けている。

秋目は唐の高僧・鑑真和尚が日本に上陸した仏教ゆかりの地であり、がんじん荘も面する国道226号線は絶景のドライブロードとして知られている。

さらに、ショーン・コネリーが主演を務めるハリウッド映画『007』シリーズの第5作『007は二度死ぬ』のロケが行われた土地でもある。

歴史や自然を目当てに訪れる観光客のほか、007ファンが“聖地巡礼”に訪れる土地であるが、その規模はそう大きくない上に、アクセスの不便な土地である。

特異なロケーションに、ぽつんと佇む店はいつも気になる。

「どうしてここに?」と思われるような変わった場所に居を構えながらも、長年独自の論理と展開で商売が成り立っていたりする。

観光客もさほど多くなく、町と町をつなぐ通り道でもない、目指さないとたどり着かないエリアで、人口は47人。

この小さな集落にある「がんじん荘」はいかにして営業を続けてこられているか。

その理由を探るべく、「がんじん荘」を訪ねた。

なぜ人口47人の小さな集落にある店が営業を続けてこられたのか、上塘さんに話を伺っていくと、その秘密は5年後10年後を見据えた「多角経営」にあるようだ。

宿泊や飲食営業のほか、釣り客の瀬渡し、スキューバーダイビング客の対応、酒・たばこの販売といった雑貨屋業と、その業務内容はこの土地でのニーズに応えられうる限り対応し続けてきた中で生まれたものだ。

小さな家族経営ながら、あらゆるニーズに対応する様子を集落の人は「地域の総合商社」と呼び、「がんじん荘の灯が消えるときが、集落が終わる」とも話す。

「がんじん荘」の業務内容について、一つひとつ順を追って紹介していく。

・1本目の柱:宿の運営

「収益的に一番は宿ですね。宿泊は単価が高いので」と上塘さん。

宿泊は1泊2食付きで9350円(税込)、食事は目の前の海で水揚げされた海鮮尽くしのかなり豪華なものだ。

部屋も掃除が行き届いており気持ちよく過ごせる。

ちなみに、長らく秋目唯一の宿だった「がんじん荘」だが、2023年に漁師の網元御殿だった近くの古民家「岩元家住宅主屋」が簡易宿泊所としてオープン。

現在秋目には2件の宿がある。

しかし、そちらは素泊まり宿で周辺に夕飯を食べるところもないため、宿泊客は「がんじん荘」に夕食を食べにくることが多い。

関西や関東方面からの中高生の民泊受け入れなど、団体受け入れもすることがあるため、まとまった予約が入ると一気に宿の売り上げは上がる。

ただし、一年中来るわけではなく、ばらつきが大きいそうだ。

・2本目の柱:釣り客の瀬渡し

しかし、コロナ禍では団体客の予約がなくなり、宿の運営は極めて大きな打撃を受けた。

そんなときは釣り客の瀬渡しをしていたことが功を奏したという。

瀬渡しは1人当たり5000円(税込)、釣り客を漁船に乗せて釣りをする瀬まで送り届け、数時間後にまた迎えにいく仕事だ。

宿の前に集まってもらい早朝6時半に出港。

多いときは十数人を瀬に渡した後、14時ごろに迎えに行く。

夏(6月〜10月)の暑い時期は夜釣りの瀬渡しをする。

渡した先の瀬では、釣り客は釣りを楽しむほか、釣った魚を捌いたり、バーベキューをするなど、約7時間を思い思いの過ごし方で楽しむ。

「海に向かって竿を出すだけでもいい。仕事、家、すべて忘れて心からリフレッシュできる場所」と釣り客は語る。

昼食は持参する人が多いが、ごくまれに「がんじん荘」で弁当をお願いする人も。

お昼時になると船で瀬まで運びに行く。

“海の上のウーバーイーツ”である。なんとも贅沢なデリバリーではないか。

値段は600円。利益の見込める商売ではなく、常連の釣り客へのサービスのようなものだろう。

瀬渡しはもともと同じ集落に住んでいた叔父がやっており、上塘さんは宿と飲食で日々忙しかったため瀬渡しまではやっていなかった。

「叔父が亡くなる前に、誰かおらんかなって探していたんですけど誰も見つからなくて。自分がするよって伝えたら『うん』って言ってくれたんで」

先代のときも含めて30年以上通っている常連釣り客もいる。

取材中も何度か瀬渡しの予約電話がかかってきていた。

しかし需要があるとはいえ、瀬渡しは、波の揺れと合わせて接岸するので、かなりの運転技術がいる仕事である。

「釣り客を運ぶというのは大変。でも本当にやっていてよかったと思いますよ。コロナで宿がまったく動かなくなったときに、釣り客がいたからよかったね」

・3本目の柱:飲食(ランチ、プチ居酒屋、ボンドコーヒー)

飲食ではランチ営業のほか、夜は地域の人が集まるプチ居酒屋のような役割も果たしている。

また、店内ではコーヒーを頼むこともできるので、喫茶店の役割も果たしていると言えるだろう。

ランチ営業は11:30〜14:00(ラストオーダー13:30)、天候が悪い日、魚がない日は休みになることもあるので、遠方から向かう場合は事前予約がおすすめだ。

平日は5〜6人、土日祝日の多いときは20〜30人の来客があるという。

何かのついでに通る道でもないため、目指してくる客がほとんどだ。

刺身定食は1650円と2200円の2つの価格帯から選び、刺身にあら汁、ごはん、漬物が付く。

昔は1100円のメニューもあったが、採算が取れないためやめたそうだ。

「みんなが1100円だけ頼むと、材料代考えると食っていけないから。でも来たときに、おいしくなかったねって魚を出しちゃ絶対にいけない。タイは人気だし一年中釣れるけど、一年中おいしいわけじゃなくてサクラダイなら3〜4月が旬。秋ならアジ、サバとか青魚系がおいしい」

春先や冬の時期になると、集落の漁師がきびなご漁に出るため、タイミングがよければ朝獲れのきびなごが出てくる。

獲れたてピチピチのきびなごは、頭から丸ごとバリバリかじって食べるのがおいしいそうだ。

実は、著者がはじめて「がんじん荘」を訪れたのは数年前のランチタイム。

この日の刺身定食はマグロのカマがのっており、そのあまりのおいしさに驚いた。

聞いてみると、目の前の漁港で水揚げする定置網漁船から魚を毎朝買い付けているそうで、著者が訪れたときは数日前に定置網にマグロが入っていたらしい。

冷凍していないマグロを食べたのは初めてで、その鮮烈な食体験と周辺の漁港の風景の美しさ、人里離れた雰囲気も相まって、「がんじん荘」は忘れられない“峠の茶屋”として著者の記憶に残っていた。

夜も「居酒屋」と正式に名乗るほどガッツリと営業はしていないが、店の冷蔵庫に缶ビールを用意しており、地元の常連客はセルフで取って飲んだ分の料金を支払うシステムになっている。

自分の家からおつまみを持ってきてもよい。

お店の混雑状況やそのときの魚によっては、刺身や料理などを店主に頼んで出してもらう人もいる(※遠方から行く場合は予約必須)。

「このあたりは他に行くところないんですよ」と上塘さん。

喫茶店や居酒屋の看板を掲げているわけではない、でも時として、臨機応変に集落でその役割を果たし、釣り客が帰りにコーヒーを飲んでくつろいだり、集落の人が居酒屋でゆっくりお酒を飲んだりと、憩いの場になっている。

・4本目の柱:雑貨屋(酒、タバコ)

「雑貨屋と言っても酒とタバコ、あとは自分たちが使うものを少し置いているくらい」と上塘さん。

観光客にも知られているのが、オリジナルラベルの「鍳真焼酎」。

秋目に上陸した鑑真和尚にちなんで作ったものだ。

買えるのは「がんじん荘」だけであるため、観光に訪れた人が買いにくることも多い。

この焼酎は毎月4〜5ケース、お中元の時期になると二十数ケースが出る。

その他にも、スキューバーダイビングのボンベ貸し出し、東シナ海のクルージング(1人2200円、6人から受付)など、あらゆる依頼に臨機応変に対応している。

郵便局の仕事もしていたが、取扱量が少なくなったため、現在は簡易郵便局としての役割は停止している。

現在、上塘さんは「一般社団法人 007 AKIME」で代表理事を務め、007の撮影に使われた古民家の保存にも取り組んでいる。

その古民家は秋目でロケ当時のまま残っている唯一の建物であり、貴重な映画資料でもある。

上塘さんは、グリーンツーリズムが話題になったときは、真っ先に免許を取りに行くなど、秋目という場所をいかに楽しんでもらうか、いかに見せるか、あらゆる方法を模索し続けてきた。

今「がんじん荘」が手掛ける業務内容は、この土地でできることに最大限取り組み、対応し続けてきた中で生まれたものなのである。

「人がいなくなったよね。今から5年後はもっと人がいなくなるだろうし、5年後、10年後のことをしないと」

秋目や「がんじん荘」を訪れる人たちは何に魅せられ、惹きつけられているのだろうか。

参照元:Yahoo!ニュース