東大はお得?脱中国した新移民たちの「受験熱」。中国人の間でも文京区の人気が高まる。

中国の国旗を撮影した画像

コロナ禍後、在日中国人による中学受験が急激に広がっている。

2月上旬、中国のSNS「小紅書(rednote)」には、「筑駒に合格した」「灘、開成、筑駒3冠」などのタイトルで合格証や子どもの写真が続々と投稿された。

筆者が目にしただけで、筑波大附属駒場中の合格を中国語で報告した投稿は3件、開成、桜蔭はそれ以上あった。

教育移住も活発化し、文京区の中そ国人人口、さらには東京大学の中国人学生比率も上昇の一途をたどる。

よりよい教育環境を求め、母国を脱出して「孟母三遷」にまい進する背景を探った。

夫婦ともに中国籍の喜金平さん(仮名、40代)は、数年前に長男が開成中学に進学し、小学生の長女も早稲田アカデミーに通う。

長男が2歳のときに「中国は競争が激しすぎるので、日本で安らぎを感じながら子育てしたい」と移住したのに、ママ友の娘の塾通いに触発され気づけば中受沼に浸かっていた。

喜さんは自身の“変節”について「中国人は科挙の時代から、いい学校に受かると一生安泰、教育こそ最も確実な投資と遺伝子レベルで刷り込まれているのでしょうね」と苦笑いした。

ただ、在日中国人による中学受験熱が過熱したのはこの4〜5年のことだ。

喜さんも、「長男のときは塾のクラスの中国籍比率は1割程度だったが、長女のクラスでは半分いる」と変化に驚いたという。

早稲田アカデミーに通っている保護者のWeChat(中国で普及しているメッセージアプリ)グループは上限の500人に達し、常に空きを待っている人がいるそうだ。

学年ごとのWeChatグループも数百人が参加している。

長女が女子御三家中学に通う彭立元さん(仮名、40代)は、「長女は小学3年生の11月にSAPIXの入塾テストを受けたが、今は小学1年生、小学2年生から塾に通うのが普通になっている」と話す。

2010年代に20〜30代の在日中国人に子育ての方針を聞くと、「のびのびと育てたい」と返ってくることが大半だった。中国・深圳に本社があるメガテック企業で働いていた30代の男性は2018年、長女が小学生になるタイミングで日本のIT企業に転職し、家族で日本に移住した。男性は当時、「大学入試だけを目的にした中国の詰め込み教育を、子どもに受けさせたくない。人と比較され続ける人生はしんどい」と話していた。

早稲田大学の大学院を修了し日本で就職した女性は30歳だった2019年、「日本で出産し、小学校まではのびのびと日本で育てる。中学は中国で鍛えてもらい、高校はインターナショナルスクールに進学して英語圏の大学に進学させる」という「子育て攻略計画」を筆者に披露した。

目指すところは箔の付く最終学歴、というのは揺るぎないにしても、中国人にとって日本での小学校生活はひと時の「オアシス」と位置付けられていた。

それが2020年代に入ると、小学校低中学年から塾通いさせる在日中国人がねずみ算式の勢いで増加した。

きっかけの一つは、コロナ禍の休校だ。

中国では即座にオンライン授業に切り替わったのに対し、デジタル化が進んでいなかった日本の学校現場は長期間混乱した。

「中国の友達から話を聞くうちに我が子の勉強の遅れが心配になった」という話を、当時多くの在日中国人から聞いた。

それぞれが塾で得た中学受験の情報は、SNSやメッセージアプリを通じて在日中国人の間で瞬く間に広がった。

前述の中国メガテック企業を退社して日本に移住した家族も例外でない。

「人と競い続ける日々」から逃れたいと日本に来たのに、妻が長女の中学受験にのめり込んだ。この男性は「中国語で『攀比(panbi)』という言葉がある。あらゆることでマウンティングしあうという意味で、深圳で住んでいたマンションのエレベーターには、『隣の家の子が塾に通い出した。もっといい塾に行こう』と煽る塾の広告が貼られていた。中学受験が在日中国人の新たな攀比のツールになっている」とため息をついた。

男性の言う通り、2月上旬、中国の画像共有SNS「小紅書(rednote)」には、「筑波大附属駒場」など難関中学の合格通知書、校門前での記念写真をアップした投稿がずらりと並んだ。

筆者が確認できただけでも中国語での筑駒の合格報告は3件あった。

同校の繰り上げ合格を報告するある投稿は、「息子が『開成もいい学校だよ』と言うので私も気持ちを切り替えようとした矢先に、筑駒から電話がかかってきた」など“戦いの記録”を長文で綴っていた。

女子御三家の一校である桜蔭の合格を報告した投稿には「いつからSAPIXに通っていましたか」などコメントが多くついていた。

在日中国人がSNSを通じて中国語で発信した日本の「教育情報」「受験情報」は瞬時に国境を超える。

人が自由に動けないコロナ禍においては、情報源としてのSNSの存在感が一層高まった。

2022年春の上海ロックダウンを機に、中国ではより豊かな国へ移住する「潤(run)」が加速した。

潤はインターネットから生まれた流行語で、中国語の発音「run」が英語で「逃げる」という意味を持つことから、「国から逃げて潤う」ことを指す。

潤の潮流の中で、日本にも一定の経済基盤を持つ「新移民」が流れ込んでいる。

日本語を学び、日本社会に努力して溶け込んできた2000年代の移民と異なり、新移民はSNSで同胞から情報収集する。

小紅書や中国版TikTok「抖音(Douyin)」で検索窓に「3SK1」と打ち込むと、多数の解説投稿がヒットする。

難関大学が集積し、教育に関心が高い家庭が多いとされる文京区に位置する公立小学校「誠之小学校」「千駄木小学校」「昭和小学校」「窪町小学校」の頭文字を取った3SK1は、教育移住を検討する中国人の「指標」としてあっという間に広がった。

中国人向けにインバウンド不動産事業を展開する経営者は、「事業を始めた2010年代半ば池袋の物件が圧倒的に人気だったが、次第に子息の留学を視野に早稲田大学や東京大学に近いエリアのワンルームの引き合いが増えた。今は都心3区、都心5区という言葉も知られるようになり、都心5区と文京区の問い合わせが多い」と明かした。

新移民の流入が顕著になった2022年から2025年の東京都23区の中国人人口伸び率を比較すると上位から港区、渋谷区、文京区、中央区、千代田区となる。都心5区と文京区の人気ぶりがよくわかる。

もっとも努力して日本人コミュニティに溶け込んできた在日中国人は「局地的に発生している中国化」に複雑な思いがあるようだ。

都内の日本企業で10年間働いている30代中国人女性は、「3SK1のことはもちろん知っているし、文京区の小学校で日本語が話せない中国人児童が増えているという話も聞いている。でも文京区が西川口や池袋のようになったら、もう文京区ではないでしょう」と話す。

未就学児を育てるこの女性は、「どこにいても張り合う中国人コミュニティから距離を置いて、子どもをのびのびと育てたい」と、子どもの小学校受験を検討していると語った。

予備校などから情報を得やすい日本の大学入試は、より早くから中国人の“攻略”対象となっているが、こちらも状況が少しずつ変わっている。

日本の大学は、グローバル化の潮流に加え少子化という切実な理由で、2010年代から留学生を積極的に受け入れるようになった。

同じ時期に中国の大学に勤務していた筆者は、日本の国立大学の教職員から「大学院の定員割れを避けるために、中国人留学生を獲得できないだろうか」と相談を受けることが何度かあった。

中国では大学院卒の方が就職に有利になるという価値観が強くあり、それゆえに日本の大学と思惑が一致していたが、「日本の大学院は中国に比べて入りやすい」という認識が形成されるようになると、旧帝大や早稲田などブランド力のある大学院を目指す動きが強まり、さらに中国の大学入試を回避して日本の大学進学を見据える家庭も増えた。

子どもが日本の旧帝大に通う張愛さん(仮名、中国在住)は、「中国の教育システムには皆不満を持っている。経済的な条件が許す人は、子どもが小さな頃から留学を念頭に入れている」と話す。

夫婦で大学教員をしている張さんは「国の教育行政を司る教育部の幹部たちが、自分の子どもをアメリカに留学させている。それを見たら私たちだって子どもを海外に行かせる」と語り、「清華、北京大学の世界ランキングは東大より高いし、中国でトップ10に入る大学を目指せるなら中国で進学する。そこに届かないなら、海外に出てその国のトップレベルの大学を目指す。特に日本はいい大学に入りやすくてお得。私が勤務しているのは中堅大学だが東大院に進学する学生も年々増えている」と、中国人インテリ層の流儀を説明した。

張さんの子どもは中学生のときに海外の大学進学に向けて準備を始め、英語カリキュラムがある旧帝大の1校、早稲田大、MARCH(明治大、青山学院大、立教大、中央大、法政大)の1校と、計3校を受験、旧帝大と早稲田に合格した。

中国では卓球選手だった福原愛さんが進学した早稲田大学の知名度が突出して高い。

2008年に胡錦濤国家主席(当時)と福原さんが早稲田大学で卓球をしたニュースは中国全土で報じられ、早稲田人気に拍車をかけた。

だが、張さんの息子は旧帝大に進学した。張さんは「10年前だったら迷いなく早稲田だったけど、今は大学のランキングもすぐ調べられるし、日本人と同じ情報が得られるので、総合的に判断して旧帝大を選んだ」と語った。

早稲田大学の中国人学生の学生数の推移を比較可能なデータでみると2010年(5月1日)は学部生455人、修士課程744人(いずれも正規学生)だったのが、2014年(11月1日時点)は学部生730人、修士1193人と急増している。

ただ、その後の伸び方は緩やかで、学部生は2019年、修士課程の学生は2020年に頭打ちし、減少傾向にある。

研究生や語学留学生なども含めた外国籍学生に占める中国籍の比率は、2014年が50.11%、2024年が54.32%で大きく増えているわけではない。

一方東京大学の中国人留学生数をみると、2014年(11月1日)は学部生91人、修士課程442人(いずれも正規学生)だったのが、2024年は学部生139人、修士課程1336人。

コロナ禍以降伸びは止まっているが、2014年と比較すると修士生は3倍に増えている。

留学生全体に占める中国人の比率は、2014年に41.0%だったのが、2024年は67.8%まで高まった。

この数字には、日本の永住権を持つ外国人学生は含まれていない。

喜さん、彭さんの長子はいずれも東大進学のために鉄緑会に通う。

この数年の中学受験熱を見る限り、2人の子どもが大学を卒業するころには、統計に表れない中国籍東大生も一層増えているだろう。

参照元∶Yahoo!ニュース