不登校で母親の約2割が離職、月5万円の出費増も。「不登校を認めよう」の裏で

不登校の生徒をイメージした写真

2019年には文部科学省が「不登校児童生徒への支援は、『学校に登校する』という結果のみを目標にするのではない」と通知するなど、世間的に「不登校を認めよう」という風潮が高まっている。

だがその裏で、当事者の親が苦しんでいるケースも。

子どもの個性を尊重する意識が根づき、フリースクールなど従来の学校以外の選択肢も知られるようになるなか、親にはどんな悩みがあるのか?

不登校の児童生徒は小中学生で34万人を超え、11年連続で増加している。

親たちに思いを聞き、不登校を研究テーマのひとつにする貴戸理恵教授に「親に必要なケア」を尋ねた。

家計収入はほぼ半減。

子どもが不登校になると夫婦仲が悪くなる?

「子どもが不登校になってから夫婦で話し合って、『(母親の)私が仕事をセーブして子どものケアをする』と決めました。でも、学校とのやりとりや先生との意見のすれ違いでメンタルが追い込まれてくると、毎日仕事に行っている夫に対して、『あなたはいいよね』と腹が立つようになってしまったんです」

漫画家の川口真目さん。

子どもの不登校を描いた漫画も反響を呼んだこう語るのは大阪府在住の漫画家・川口真目(かわぐち・まさみ)さん。

長男は小学校4年生に進級してまもなく、朝になると腹痛を訴える日が続き、学校に行けなくなった。

「学校に行けない僕は嫌いだよね、ごめんね、ごめんね」

そう繰り返しつぶやく姿に川口さんは胸を痛め、とことん寄り添うと心に決めたが、現実問題として金銭的な負担に悩まされることになる。

フリーランスの川口さんが仕事を減らしたことで、家計収入はほぼ半減。

その後、カウンセリングやフリースクールなどの費用で月4、5万円ほどの出費がプラスとなった。

「同じクラスにも数人、不登校の子どもがいました。昼間に校門の前で待っているお母さんたちのなかには、会社勤めの方もいて、有休を使い切っちゃって会社を辞めざるをえないという話を聞いたりも」

また、不登校の子の親の夫婦仲が悪くなる、という話もよく聞くという。

金銭的な負担以外にも、学校に行くことについての価値観のすれ違いや、父親が子どもの状況を把握できないなど、不登校がさまざまな問題を浮き彫りにする。

そんな川口さんが一番つらかったのは学校とのやりとりだった。

川口さんの子どもが不登校になったきっかけは担任との不一致だったが、子どもに突然怒鳴るのをやめてほしいという思いから、気になる怒り方について伝えても「そんなふうには怒鳴っていない」と主張がすれ違い、精神的な負担が増していった。

「疑われる子どもを見るのがつらくて、不登校からわずか2カ月で『もう学校に行かなくてもいい』と考えるようになったのですが、カウンセラーの先生に『息子さん本人は学校へ行かなくていいとは言ってないよね? 答えを出すのは本人で、それにはすごく時間がかかるから、お母さんは待っていてあげてください』と言われてハッとしたんです。ただ待ち続けるってすごく苦しいですが、その通りだなと思いました」

長男は半年後に週1、2回ほど特定の授業だけ受けに学校に行くようになり、5年生への進級とともに担任が代わったこともあって登校を再開した。

「結果的に息子は学校に行くという選択をしましたが、今も病欠ではない理由で休んだり、フリースクールに行ったりする日もあります。思うのは、不登校というのは『学校に行かないと幸せになれない』という価値観を、親も子も壊せるかどうかが何より大切だということ。特に親の側が『このまま学校に通い続けてほしい』と思っていると、子どもにそれが伝わって信頼関係が築けなくなってしまう。なので私も『学校に行けてよかったね』ではなくて『元気になってよかったね』と思うようにしています。実際に経験してみると、このように価値観を変えるのはとても難しいことでした」

母親が調べた情報の中で子どもの教育が選択されていく不安近年、オンラインで授業を受けられるフリースクールもあり、学外の学びの場が多様化し、不登校になった場合の選択肢も昔と比べて増えてきている。だが、それらをリサーチする労力や、子どもにフィットするかを試し続ける忍耐力、実際に通わせる経済力など、あらゆる負担が親の肩にのしかかってしまう課題があることが、首都圏在住で3人の子どもを自宅学習(ホームスクール)させているライターのかたおか由衣さんの話から見えてくる。かたおか家の現在中2の長男、小6の次男が本格的に不登校になったのは、2020年の春、コロナ禍の一斉休校明けのことだった。2022年になると現在小3の長女も不登校に。パソコンが好きな息子2人は、プログラミングや動画制作などのコミュニティーをもつオンラインフリースクール「Branch(ブランチ)」との相性がよかったため、自宅学習の形式をとることに落ち着いた。父親は単身赴任中で週に一度は帰ってくるが、平日はかたおかさんがひとりで子どもたちを見ている。

「子どもには『自分で決められる子』になってほしくて、洋服など日常の小さなことでも選ばせるようにしてきました。だから、学校に行かない選択をしたこともすごいなって思うんです。ただ、家にいる間、息子たちはオンラインフリースクールの友人やスタッフさんとボイスチャットをしながらパソコンに向かっています。マインクラフトカップで地区大会に進出したり、イラストを描いたりアニメーションをつくったり、いろいろとやっているようなのですが、私にはずっとオンラインゲームをしているように見えるので『こんなに好きなことばかりしていて大丈夫なのかな』と不安に思うこともあります」

子どものホームスクールの様子子どもの選択を尊重したいといっても、その選択肢は親が入手できた情報の範囲内になってしまうことにも責任と不安を感じる、とかたおかさんは続ける。

「自治体にもよるとは思いますが、我が家の場合は学校にも役所にも不登校の支援場所をまとめたリストのような情報はなく、親が一から調べて問い合わせるしかありませんでした。どんなに本やインターネットで情報を検索しても『ほかにもっといい選択肢があるのでは?』と考えてしまう。不登校の親にとって、リサーチの負担は大きいと思います」

不登校は、子どもの選択によって家族の環境を変える必要も出てくるため、親が住む場所や仕事などを決めきれないもどかしさもある。

かたおかさんも、一番下の子が小さいうちは専業主婦だったが、今は働く場所や時間を調整しやすいフリーランスで仕事をしている。

仕事の時間が息抜きになっていると語るかたおかさんだが、不登校の子を持つ親の心のケアのひとつとして、不登校の親同士が相談しあったり、自分の気持ちを話せたりする居場所が大切だと感じている。

「不登校の保護者が集まるオンラインコミュニティーがあり、そこが私の拠り所になっています。そこにいると自分がマイノリティーだと感じずにすむし、『こんなことがあってさ』と、子どもの様子について明るく語り合える場なんです。『子ども3人が不登校なんて大変だね』とよく言われますが、私が心を病むことなく、明るく子どもたちを見守れているのは、コミュニティーの存在も大きいと感じています」

現代の不登校の親たちが抱える悩みや問題について、専門家はどう捉えているのか。

現代日本社会における子ども・若者の「生きづらさ」を研究する関西学院大学社会学部の貴戸理恵教授を訪ねた。

貴戸理恵さん小学生の頃に不登校を経験し、現在は中学生の不登校の子どもを持つ母親でもある貴戸さんは「昭和よりも令和のほうが不登校の親が抱えるつらさは深刻ではないか」と言う。

現代では多様性を認めようという風潮も、教育の選択肢も広がっているのに、なぜ親のつらさが膨れ上がっているという見解なのか。

「私が不登校を経験した1980年代、不登校(当時は「登校拒否」)は子どもの性格や心の問題とされていました。大人たちの不登校への理解は乏しく、子どもを無理やり車に乗せて校門の前に置いていく親がいたり、『これでは社会に出てやっていけないぞ』と強く叱責する教師がいるなど、人権侵害とみなされる対応が当たり前のようにされていました」

そんななか、一部の親たちが発足させたのが「不登校の親の会」だと貴戸さんは言う。

「彼らの主張は『子どもをレールに乗せて管理して、企業は公害を撒き散らす、こんな社会でいいのか?』というもの。当時の親たちは不登校を社会の問題と捉えており、その活動は子どもの人権を尊重するための市民運動だったんです。ですが時代が変わり、令和の親たちは不登校を『自分の子育ての問題』『家庭で解決すべき問題』だと、個人的なこととして考える傾向があります。自己責任論が根づいた現代日本では、『社会のせいだ!』なんて声を上げれば批判にさらされるかもしれないし、そもそも不登校を社会の問題として捉える素地もない。すべて家庭で引き受けなければいけないと考えさせられてしまうところにつらさがあります」

さらに、多くの場合、母親に負担がのしかかっていると、貴戸さんは指摘する。

「不登校は家族の問題といっても、それに真剣に向き合っているのは実質的には母と子です。2024年に、民間のオンラインフリースクールであるSOZOWスクール小中等部が不登校の子を持つ保護者にアンケートをとっていましたが、回答者の9割が女性でした(有効回答数187人)。男性の家庭参加は進んでいますが、おむつを替える、送迎をする、家事の一部を行うなど作業的な部分を担っているケースが多く、子どもを継続的に観察してケアを行うという仕事は女性に任される傾向にあります」

負担を一身に抱えている親たちを支援するために、社会の側に求められていることはなんだろうか。

貴戸さんは「まずは『不登校の子の親』も支援の対象であると、社会が認識しなくてはならない」と強調する。

「たとえば、職場の制度改革。前述のアンケートでは、子どもが不登校になって仕事をやめたと回答した人が約2割いました。会社によっては不妊治療のための休暇が認められている例もあるように、不登校の子どもを持つ親も休みを取りやすくしたり、一時休職を認めたりするなど、柔軟な制度ができるといいと思います」

また、現在さまざまな自治体で教育無償化が進んでいるが、そこからフリースクールは漏れていることも指摘した。

「2023年に文部科学省が発表したCOCOLOプラン(誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策)でもフリースクールとの連携は織り込まれているので、教育費の支援対象として認められていくべきだと思います」

出典:文部科学省 「誰一人取り残されない学びの保障に向けた不登校対策(COCOLOプラン)」(令和5年3月31日)

貴戸さんは「親子の選択肢は多いほうがいい」と前置きした上で、「どんなに多様な選択肢が増えたとしても解決しない問題もある」と続ける。

「たとえば、復学サポートに行けば『学校に行けなくなった子を学校に行かせる』が目的となるし、オルタナティブスクールに見学に行けば『従来の学校教育とは違う新しい教育を』と促される。カウンセリングでは『見守りましょう』と言われる。選択肢はあっても子どもや自分が求めているものがわからないから、どこに行ってもそれなりに納得するけど『何か違う』と思ってしまう。不登校の子を持つ親御さんから『相談窓口がほしい』という声をよく聞きますが、それは、カウンセラーやフリースクールを探しているというよりも、その選択肢の手前で悩んでいる気持ちを聞いてもらえる場所がほしいということなのではないかと考えています」

いま必要とされているのは、「結論を出すことではなく、問いを共有できる場所なのでは」と貴戸さんは感じているという。

「子どものこと、自分自身のこと、社会に思うことなど、『答えのない問い』を問いのままだれかと共有しあうことが親の孤立防止につながります。そして、そういった居場所があって初めて、多様な選択肢を活用することができるようになるのではないでしょうか」

参照元∶Yahoo!ニュース