「見積もり2億」漏電、シロアリ、床は抜け…2400万円で購入した旅館再生に挑んだスザンヌ「覚悟を決めた言葉」

見積もりを算出している人

中古旅館をリノベーションして地元・熊本県に「KAWACHI BASE-龍栄荘-」をオープンさせたスザンヌさん。

しかし老朽化は想像以上で、改修の見積もりは2億円。

「これでいいのか」自問自答するなかで元オーナーから忘れられない言葉をかけられます。

元旅館を購入し、リノベーションを経て、2024年12月にカフェや温泉を備えた施設「KAWACHI BASE―龍栄荘―」をオープンさせたスザンヌさん。

2月からは宿泊サービスも開始。

旅館オーナーになったことでも話題を呼んでいますが、もともとは旅館経営を考えていたわけではなかったそうですね?

スザンヌさん:そうなんですよ。旅館を買うなんて、当初はまったく考えていなかったんです。もともと東京の三軒茶屋に持っていたマンションが7500万円で売れたので、そのお金で熊本に小さなビルでも買って、自分のアパレルブランドの店や美容系のテナントを入れたいなと思っていたんです。でも、なかなかぴったりの物件が見つからなくて。そんなとき、「熊本市内から少し離れた河内町に温泉つきの旅館が2400万円で売りに出ました」と不動産屋さんから聞き、興味本位で見に行ってみたら、ひとめぼれしてしまったんです。海も山もあって空気も澄んでいてとにかく景色が素晴らしい。「熊本市内にこんなところがあったんだ!」と感動しました。70年続いた旅館は、趣のある懐かしい雰囲気。3年前まで営業していたと聞き「少し手を入れればなんとかなりそうだな」と。美容系のテナントを入れて、海が見えるエステも素敵だな、なんて思っていたんです。

── その後も何度か旅館も訪れて。

スザンヌさん:次第に地域の皆さんとも仲良くなって「ここはどういう場所だったんですか?」と尋ねたら、「あそこでよく遊んだなあ」「結納と結婚式をあげた思い出の場所なのよ」「料理の修行をしていた」などとうれしそうに教えてくださり、「あそこでもう一度ご飯を食べたいね」とおっしゃる。「ああ、龍栄荘は地域の人たちにすごく愛されていた大事な場所だったんだな」と実感したんです。

そもそも龍栄荘が閉館したのは、後継者がいなくなったことが原因でした。現在76歳になる元オーナーの久家さんが数年前に引退し、その後は、息子さん夫婦が後を継いでいたのですが、息子さんがご病気で亡くなられてしまい、旅館を閉めることに…。久家さんは、ここが売れたら施設に移ると決めていたそうです。皆さんのいろいろなお話を聞くにつれ、「龍栄荘の建物と名前を残して復活させたい」と妙な使命感に駆られ、皆さんにその思いを宣言して、旅館を購入しました。久家さんも涙を流して喜んでくださり、うれしかったですね。

皆さんの思いも背負ってスタートしたプロジェクトだったのですね。

スザンヌさん:皆さんの話を聞いてなかったら、きっとこうした構想にはならなかったと思うので、感謝をしています。ゴールデンウイーク明けに物件を見に行って、購入を決めたのが5月の後半。8月の末から工事が始まりました。ところが、ここからが試練の始まりだったんです。

── と、いいますと…?

スザンヌさん:いざ、工事を始めてみたら、思った以上に老朽化が進んでいて、漏電やシロアリの被害があり、床は一部抜けていました。「まさかここまでとは…」と、正直ショックでしたね。リニューアルにかかる費用を建築デザイナーの方に見積もってもらったら全部で2億円かかると言われ、目が飛び出そうでした。屋根の瓦を張り替えるだけでも2000万円という見積もりに「建物を壊して更地にしちゃったほうが安くなるんじゃないの?」と。でも、皆さんの期待を裏切るわけにはいかないし、復活を宣言した以上、あとには引けない。意地もありましたね。

── 心が折れそうになりませんでしたか?

スザンヌさん:最初は「ここがどんなふうになっていくのかな」とワクワクしながら、河内町に行くのが楽しみで仕方なかったのに、工事費が1000万円単位でどんどん膨れ上がっていき、後半は「新たな不具合が出たらどうしよう」と行くのが怖くなり、足が重かったです。何度も「ここで『やめます』と言ったらどうなるのだろう…」という考えが頭をよぎりました。ただ、だんだん金銭感覚もマヒしてきちゃって、追加の修繕費用が500万円くらいだと「お、ちょっと安い?」みたいな(笑)。普段スーパーでお買い物をするときは、100円、200円の差も気にしているのに、変ですよね。

── お母さんの助言もあったとか。

スザンヌさん:「2億でも3億でも変わらないじゃない。借金してでもやるべきよ」と母には言われました。ずっと商売をしてきた母は「ビジネスで思いきったことをやったらやったぶんだけ、返ってきてくれる」という思考の持ち主。でも、私は、誰かに何かを借りたりするのは抵抗があって、自分の身の丈にあった範囲でやりたいタイプなんです。クラウドファンディングを薦めてくれる方もいたのですが、応援してもらえる気持ちはすごくうれしくありがたいけど、借りを作ってしまうのが負担に感じてしまう。だから、できる限り自分自身のお金でやりたいなと思っているんです。

── 意外といったら大変失礼かもしれませんが、堅実でいらっしゃいますね。

スザンヌさん:ただ、人生最大の買い物になることはたしかですから、本当にこれでいいのか自問自答しました。これから40代を迎える自分にとって、いちばん大切なものはなにか。それは、モノやお金よりも「人との繋がり」だなと。この場所でみんなが心からくつろげる場所を提供することが、大好きな熊本への恩返しになるし、私にとってもっとも価値のある素晴らしいお金の使い方になると思ったんです。人生観やこれからどうなっていきたいかを照らし合わせて考えた結果なので、自信をもって踏み出すことができたのだと思います。もうひとつ忘れられない出来事があります。それは、元オーナーの久家さんから「3年先のことを考えて仕事をしなさい」という言葉をいただいたことです。目の前の利益だけを考えて仕事をするんじゃなくて、3年先にどうなっているか、自分がどうなりたいかを考えながら、仕事に向き合うことで、お客様をもてなす姿勢も変わってくるし、自分自身の成長にも繋がるよ、と。その言葉がすごく腑に落ちて、自分の中で励みになっています。それ以来、物事に迷ったときには、「3年後、後悔しないような選択をしよう」という基準で考えるようになりましたね。

── 旅館のオープンに先立ち、昨年12月には、旅館の1階スペースにあるカフェをオープンされました。当日はマルシェも開催し、大盛況だったそうですね。

スザンヌさん:12月21日にオープンしたのですが、当日は、河内のお祭りのようなイベントにしたくて、マルシェを開催。子どもたちにも楽しんでもらえるように出張動物園を呼んだり、屋台も出店し、1500人のお客さんが来てくださったんです。雨の予報だったのですが、なんと虹まで出て。元オーナーの久家さんには「自分が守って来た大切な場所が、ふたたび命を宿し、たくさんの人に愛される場所になっていくのがうれしくてたまらない」と言っていただき、本当にうれしかったですね。

── 2月には宿泊施設もスタート。ますます忙しくなりますね。

スザンヌさん:宿泊業の経験者がひとりもいないなかでのスタートだったので、たくさん訓練をし、連日みんなで話し合ってブラッシュアップしてきました。料金は1泊2名6万6000円からと、決してリーズナブルではありませんが、食事はもちろん、インテリアからアメニティまで、来てくださる方の笑顔を想像しながら、こだわりを詰め込みました。特に、食事に力を入れていて、地元の高級食材をふんだんに使っています。お部屋も館内に2部屋だけなので、温泉も貸切状態ですし、行き届いたサービスでゆっくりとくつろいでいただけるのではないかなと思っています。

── 「KAWACHI BASE―龍栄荘―」の旅館再生は、地域の活性化にもつながりそうですね。

スザンヌさん:河内町はもともと温泉街で、すごく温泉がいいのに、今は日帰り温泉がひとつあるだけ。すごく魅力的な場所なのに人口もどんどん減ってきているし、私自身も熊本に住んでいながら今まで全然知らなかったんですね。これを機に、再び温泉街として復活させたいという思いを込めて始めたプロジェクトでもあります。実は、全国にもこういう場所はたくさんあると思うんです。地域復興のプロジェクトがもっと活性化してほしいですし、「KAWACHI BASE―龍栄荘―」を成功させることで、全国に同じような活動をする方が増えればいいなという思いで頑張っています。

多額の資産を投じながらも、無事に旅館をオープンしたスザンヌさん。

私生活ではシングルマザーとして11歳の息子を育てる母でもあります。

小さいころは「西日本一のマザコン」と言われていたほど甘えん坊だったそうですが、今回の旅館開業に奔走する母の背中を見て「ママは夜遅くまで仕事を頑張っていて偉い」とメディアの人に話してくれたことがうれしかったと明かします。

参照元∶Yahoo!ニュース