教育現場で浸透「チクチク言葉・ふわふわ言葉」30年のあゆみ

いじめをイメージした写真

4月の進学や進級を控え、不安な思いを抱える子どもたちは少なくないだろう。

文部科学省が発表した資料によれば、小学生のいじめ認知件数はここ3年連続で最多を更新している。

その中で最も多いのが「冷やかしやからかい、悪口や脅し文句、嫌なことを言われる」だ(「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」)。

些細なからかいがエスカレートする前にいじめの芽を摘む必要がある。

「チクチク言葉・ふわふわ言葉」をご存じだろうか。

たとえば「バカ」「ダメ」「へんなの」など、言われた側が嫌な気持ちになるものを「チクチク言葉」、逆に「ありがとう」「よかったね」「だいじょうぶ?」など、言われると嬉しくなったり安心したりするものを「ふわふわ言葉」と呼ぶ。

教育現場ではよく知られており、道徳の時間や学級活動を通じて行われることが多いのだが、実は30年近い歴史がある。

その始まりと経緯、今を追った。

一般的に「チクチク言葉は使わないようにして、ふわふわ言葉を増やそう」という指導がなされる。

元教員の経歴を持つ帝京大学の安部恭子教授(前文部科学省視学官)は次のように語る。

「小学校学習指導要領解説(特別活動編)学級活動(2)に『よりよい人間関係の形成』の指導内容として、『互いのよさを見つけ、違いを尊重し合い、仲よくしたり信頼し合ったりして生活すること』がある。

具体的な指導内容として、友達と仲よくすることや互いのよさの発見、よい言葉・悪い言葉などが挙げられ、『チクチク言葉・ふわふわ言葉』はその一例です」「指導の際に注意が必要なのは、どれがチクチク言葉・ふわふわ言葉なのかを教師が一方的に決めて示したり、チクチク言葉を使わずにふわふわ言葉を使うように指導したりするのではなく、児童の実体験から引き出し、“自分事”として考え、主体的に取り組むことができるようになることだ。

よりよい人間関係を築くことにつながる、こうした言葉に関わる学級活動(2)の実践は、私が教員だった頃からあった。

題材名は学校によりさまざまで『あったか言葉とチクチク言葉』『よりよい言葉づかい』としているところもありましたね」

2006年に「あったか言葉とチクチク言葉」の授業を行ったのは、当時、群馬県大泉町立東小学校4年1組の担任だった市川昭彦さんだ。

児童のあいだで「バカ」「キモイ」「死ね」といった言葉が軽々しく飛び交う状況を憂い、それらをまず封印しようと考えたという。

「チクチク言葉を紙に書き出してもらい、『こんな言葉は嫌だよね』と封筒に入れて閉じ込めました。しかし、それでもつい口にしてしまうことがありますよね。あるとき『先生、封印したのにあの子がまたバカって言ったよ』と伝えられました。言葉狩りのようになって過度に糾弾し合うのは好ましくありません。『バカ』と言われて深刻に受け止める子もいれば、えへへと笑って流せる子もいて、受け取り方は一人ひとり違うんだよ、と伝えていました」

規範意識の高い行動が、望まぬ対立を生みかねない。

そこで市川さんはポジティブな方向へ意識を向けるべく、毎朝「あったか言葉」を唱える取り組みを始めたという。

「当時、相手の心を傷つける言葉が日常的に使われていて、なんとか変えたいと思ったのがきっかけでした。みんなで“温かい言葉”を考えたくて、ふと『あったか言葉』というアイデアが浮かんだんです」

市川さんの活動はNHK(テレビ・ラジオ)や読売新聞などで取り上げられたほか、各地の類似の取り組みとともにまとめられた書籍『あったか言葉とチクチク言葉』の刊行を通じて多くの人に知られた。

市川さんの授業が注目された背景には、当時のいじめ問題への危機感がある。

2005~2006年には、いじめを原因とする自殺事件が相次いだ。

特に福岡県で起こった中学生のいじめ自殺事件では、担任教師による言葉の暴力があったとされ大きな波紋を呼んだ。

第1次安倍内閣が設置した「教育再生会議」が、いじめに加担した教員への懲戒を強めることなどを盛り込んだいじめ対策の緊急提言をしたほか、全国連合小学校長会も教員の不適切な言動を防ぐための注意喚起文書を配布した。

市川さんは、言葉に対する教育は自分が先駆者ではなく、全国の教員が取り組んできたものと強調する。

「相手を思いやる言葉遣いをしようとか、嫌がる言葉はやめようということは、どの学校でも行われています。チクチク言葉がすでに道徳教育の中にも出てきていたことも、実は後で知ったんです」

「チクチク言葉・ふわふわ言葉」の発祥は、1998年に発行された教育書『好ましい人間関係を育てるカウンセリング』の中の一項目だ。

著者の手塚郁恵氏が翻訳を手掛けたアメリカの本『子どもと親と教師のためのやさしいサイコシンセシス』内の「温かいフワフワちゃんと冷たいチクチクくん」という物語に着想を得て、言葉の大切さを学ぶレッスン「チクチク言葉とふわふわ言葉」としてまとめた。

黒板や模造紙にチクチク言葉とふわふわ言葉を書き出し、言われたときにどんな気持ちになるか話し合う内容となっている。

その後、道徳の教科書に採用されたことで市民権を得た「チクチク言葉・ふわふわ言葉」だが、市川さんのように自然発生した授業では「にこにこ言葉」「ほかほか言葉」「トゲトゲ言葉」など、それぞれの名称が使われている。

子どもたちの声では、現在の教育現場ではどのような授業が行われているのだろうか。

東京都大田区の入新井第五小学校3年生の授業を見学させてもらった。

入新井第五小学校3年生の授業の様子黒板には事前アンケートの結果が貼り出されていた。

クラスで言葉に気をつけているにもかからわらず、チクチク言葉を言われたという結果が出ている。

これを受けて担任の原千晶先生が問いかけた。

「気をつけているはずなのに、どうしてチクチク言葉を使ってしまうんだろう?」「イライラしたとき!」「学校に来る前に家族と言い合いした」といった意見が出ると、ところどころで「同じだ!」と同調の声があがった。

次に、ふわふわ言葉が増えるとどんな気持ちになるか、言葉遣いで気をつけるべきことは何かを班で話し合った。

「相手の気持ちになって考える」という意見が複数寄せられると、原先生は再び問いかけた。

「『相手の気持ちになって考える』って、もう少し具体的にいうとどういうこと?」「相手が傷つかないか、話す前に考える」「自分が言われて嫌だった言葉は使わない」など、明確な行動がともなった回答に変わった。

発表者が代わるたびに子どもたちは体を向け、真剣に耳を傾けていた。

授業の後に、原先生と、高学年を受け持つ増田希美先生、岡野範嗣校長に話を伺った。

岡野校長は、原先生が行ったような質問の深掘りが重要だと語る。

「子どもは最初、抽象的な感想を言います。たとえば『楽しい』『苦しい』『嫌だ』など。『何がどう楽しいの?』と聞くと、一人ひとり違う答えが返ってくる。もう一歩踏み込むことで子どもたちの思考が広がるんです。高学年になると、『こう言えば先生が喜ぶだろう』と思って無難な回答をしがちです。『傷つくようなことは言わない』なんて当然わかっている。でも、なぜできないのか、どうすればできるようになるのかを考えさせる必要があります」

学年主任の増田先生も、指導の難しさを日々感じているという。

「ネット環境の影響が非常に大きいと感じます。動画で耳にした言葉が当たり前になり、言葉選びの境目があいまいになってしまう。子どもたちは普段の会話では暴言をセーブしているのですが、テキストコミュニケーションになると緊張感がなくなり、素の言葉のまま発信してしまうことがあります」

東京都が行った調査によれば小学4~6年生のスマートフォン所有率は43%となっている(令和5年度「家庭における青少年のスマートフォン等の利用等に関する調査」)。

5年生の所有率が9割を超える入新井第五小においては、言葉遣いの授業でLINEやSNSについても言及される。

LINEグループ内での陰口を取り上げた授業には、「グループのみんなが悪口を言い始めたら、自分だけやらないとは言えない」という正直な回答も寄せられた。

LINEの利用推奨年齢は12歳以上となっているが、教育ネット総合研究所が行った調査では小学5年生(10~11歳)の利用率は54%と過半数を占める(「ネット利用における実態調査」2023年4月~2024年3月実施分)。

利用者が未熟な段階にありながらも関わらざるをえない現実がある。

自分の未熟さを知り改善につなげることがトラブル防止のための一つ。

授業後の3年生の教室には「カッとなるとつい乱暴な口調になるので、カッとなったら落ち着くようにがんばります」「イライラするときに関係ない人にあたってしまうので、その前に一回深呼吸をします」といった、児童が自ら設定した課題が貼り出された。

マンネリを防ぐため、2週間の期限を設けて集中的に取り組む。

担任の原先生は言う。

「子どもたちは友だちや家族に良い言葉をかけたいと思っているんです。でも、それがうまくいかないときもある。その気づきが成長の大きなきっかけになるので、生活指導の一環としてだけでなく、授業として取り組む意義を感じますね」

参照元∶Yahoo!ニュース