「先生、家に帰りたい…」自宅での最期を望む患者、在宅医療を叶えるかりゆし姿の医師
2025 年、団塊の世代が後期高齢者となり、国民の 5人に 1 人が75歳以上という超高齢社会を迎える。
医師や看護師、介護職はさらに不足し、病院ではなく自宅で最期を迎えざるを得ない時代が近付いてきている。
そんな今、人生の最期を自宅で迎えたい患者を支える「在宅医療医」に注目した。
「家で悔いのない最期を迎えたい。」患者の思いに応えるべく奮闘する医師がいる。日本の医療の先行きが不透明な中、「病気だけでなく、人と暮らしを診る」
「こんにちは。」沖縄の民族衣装「かりゆし」姿で、玄関から顔をのぞかせる一人の男性。
彼のことを知らなければ、まず彼が医師だと思う人はいないだろう。
人懐っこい笑顔と気さくな会話で、相手の懐に入っていく様子は、親戚や友人の家を訪問しているかのようだ。
仕事中の医師には一見見えない。
福井英人さん(45)は、在宅医療を始めて5年の医師だ。
広島市のベッドタウン安佐南区で月に2回のペースで患者を定期的に訪問する。
同じく医師の弟と2人で、合わせて約160人の患者を診ている。
その患者のもとを、福井医師は軽自動車を自ら運転し訪問する。
運転を人任せにしないのにも理由がある。
「運転すれば、道を覚えられる。深夜の容体急変時にも、いち早く駆け付けることができるから。」根っからの医者であることが伝わってくる言葉だ。
「在宅医療」には、医師が定期的に患者の家を訪問し診療する「訪問診療」と、かかりつけ医が患者の急変時に自宅に駆け付ける「往診」とがある。
福井医師は、「訪問診療」しながら「往診」にも24時間対応するハイブリット型の在宅医療を行う医師だ。
患者の一人で90歳を超える一人暮らしの高齢男性は、この日、脱水症状があり、足がむくんでいた。
もともと心不全を抱えており、定期的に福井医師が病状を診ていた。
「亡くなった妻と暮らした思い出があり、住み慣れたこの家で暮らし続けたい。」と男性は言う。
だから、それを叶える福井医師の存在がありがたい。
福井医師は、「独り暮らしでも、看護サービスや介護サービスなど必要なサポートとつなげば、在宅医療を受けて生活することが可能だ。」と言う。
認知症の患者もいる。
「デイサービスもある、訪問入浴というサービスもある、そういったものを複合してオーダーメイドの医療を作っていく、それが在宅医療です。」訪問後、薬剤師が訪れ医師が指示した薬を処方する。
薬が残っていて、飲み忘れに気が付けるのも訪問医療ならではだ。
患者の一人、西本幸子さんは84歳の時に福井医師と出会った。
重度の心臓の病気を患い肺の病気もあった。
余命1~2年だと大学病院で言われていた。
残りの日々は自宅で過ごしたいと願い、福井医師の存在がそれを可能にした。
寄り添うのは娘の康子さんだ。
「ここならわがままも言えるし、近所の人も訪ねてくれる。友達も遊びに来てくれる」幸子さんはそう話し、福井医師に全幅の信頼を寄せていた。
趣味のものづくりをしながら日々を楽しんだ。
気が付けば、余命1~2年と言われてから3年が経っていた。
その幸子さんが今年初めに86歳で亡くなった。
最期は体調を崩し、連携する総合病院へ入院した。
福井医師が病院へお見舞いに行くと、手を握りながらこう言ったという。
「先生、もう1度家に帰りたい…。」福井医師は、その思いにこたえたかった。
「わかった。帰らしちゃる。」そう言って準備を進め、もうすぐ退院と決めた日の直前に、そのまま帰らぬ人となった。
亡くなって1ヵ月後、花を抱えた福井医師が、娘の康子さんの元を訪れ仏壇に手を合わせていた。
遺族を訪ね、話を聞き寄り添う「グリーフケア」と言われるものだ。
それをすることで、もっとできたことがあったのではないかと考え、次につなげるとともに、自分自身の心の整理もするという。
双方の心のケアのような意味があり、福井医師はほぼ毎回行うようにしていた。「最期が心残りだった。」という福井医師に対し、康子さんは言った。
「私自身は、心残りがあるかなと思ってみたり、精一杯やったとも思ってみたり…。でも在宅医療はすごくうれしかったです。先生には十分してもらいました。母は、友達にも囲まれていました。在宅医療はありがたかった。」
どんな最期を迎えたいか、迎えてほしいか。
在宅医療は看取る側の家族にとっても、選択肢の一つとして可能性を広げている。
「日々ドラマがあるんです。もちろん主役は患者さんとその家族です。でも自分が指揮者として参加させてもらっている気がしています。こんなやり方があるよと、提案をさせてもらうことで、その人の人生が豊かになることにやりがいを感じています。」
福井医師は、人と密接にかかわる在宅医療が自分には向いていると感じている。
もともとは救命救急医だった。
大阪や沖縄の病院で働き、ドクターヘリにも乗り、救命救急医療に取り組んだ。
故郷の広島に帰り5年前、父が院長を務める「福井内科医院」で働き始めた。
見渡せば内科は他にもたくさんある。
これからの時代にあった医療は何か、そう考えたとき、救命医の経験が生かせる在宅医療に行き着いた。
緊急の呼び出しもあるため、決して楽な仕事ではない。
妻と5人の子供との生活もある中、時には自己犠牲も必要とされる。
でも救命救急医として活躍した自分だからこそ対処できることがあるという自負もある。
何より患者との距離が近いことに魅力を感じている。
「人が好き」なのだ。
在宅医療をはじめて5年、患者は増え続けている。
福井医師は、「在宅医療は、病気だけでなく、人や暮らしを診る医療です。」と表現する。
診察に訪れた家で、高齢者に詐欺行為を働こうとする人を追い出したのは、1度や2度ではない。
高価な宝石を騙されて買いそうになる認知症のおばあちゃんを説得したこともある。
患者の日常のトラブルに向き合い、寄り添うのも在宅医療ならではだ。
在宅医療は患者の生活空間に入っていく医療だ。
超高齢社会の中で、人を見守る頼もしい存在といえる。
参照元∶Yahoo!ニュース