日本人の84%は「自分の声が嫌い」 女性は世界水準より「高い声」が意味することとは

イケてるボイス「イケボ」。
そんな言葉ができるほど、我々は声に敏感になっている。
心身の状態や取り巻く環境までをも映し出す”鏡”とうまく向き合うには。
AERA 2025年2月10日号より。
「私、『声が高いですね』とよく言われるんです。意識しているつもりはないのですが……」
東京都の会社員の女性(43)は悩んでいる。
周囲は好意的なつもりで「声優やったら人気出るんじゃない?」などと言うが、本人の心中は複雑だ。「違う声なら良かったのに。いつもそう思っています」
自分の声が、嫌い。
実はそう感じている人が日本ではとても多いという。
音声認知の専門家で「声・脳・教育研究所」代表の山崎広子さんが約1万4千人に聞いた調査結果では、全体の84%が自分の声を嫌っているという。
山崎さんはこう話す。
「声は、その声を出している自分の心理や体の状態を、鏡を見ているように生々しく自分に突きつけてきます。つまり声を嫌うことは自分自身を嫌うということでもあり、自己肯定意識の低下につながっていきがちです」
その結果、何が起きるか。「本来の自分の声ではない『作り声』で無意識に話してしまうんです。でも自分を偽った声で話していれば、その声を聞いている脳は『いや、これは違う』と納得せず、ストレス物質を出す。そこで自分の声が嫌だなと感じてしまうことがあります」
作り声になる背景には、社会的なものもある。たとえば冒頭の女性の「高い声」。
山崎さんの調査でも、そもそも日本人女性の話す声は他国と比べてひときわ高いことがわかっている。
「本来、世界水準だと成人女性の声は200から220Hz。220Hzとはピアノの音で言えばラの音です。でも日本人女性は300から350Hzで、ドレミどころかファのあたりで話す人もいる。世界水準より1オクターブ近く高いケースもあり、これはほぼ裏声です」
この高い声が、何を表しているか。
高い声を出すのは声帯が短い子どもなどの小さな個体。
つまり声が高いことは、未熟、若い、可愛い、保護の対象であるなどのイメージとも結びつく。
「日本の社会全体が女性にそんなイメージを求めていて、高い声が女性としての『いい声』だと。女性はそれを無意識に感じ取り、無言の同調圧力のなか相手やその場の空気に合わせて『声を作ってしまっている』んです。抑圧され、心身に無理をさせている状態だと言えます」
声と心身の状態には、深い関係がある。
同じくそう指摘するのは、東京大学大学院特任教授で「音声病態分析工学」が専門の徳野慎一さん。
音声病態分析とは、人の声に含まれるさまざまな感情や興奮の度合いを測定し、健康状態を判断する研究だ。
私たちの喜びや悲しみの感情は神経を伝って声帯や心臓につながり、その結果ドキドキしたり声が上ずったりする。
そんな変化を指標化することで、認知症やうつ病、パーキンソン病など、神経のバランスが崩れる疾患や、声に特徴的な変化が出る疾患に応用できるのだという。
「声にはその人の『本音』が出る。もちろん、人は声を意識的に変えることもできます。でも意識でコントロールできないベース部分はある。たとえばベテランの俳優だとそのコントロールが巧みですが、まだ未熟で上手くない俳優の場合、舞台の悲しいシーンでスポットライトを浴びながら演じる際、悲しげに聞こえる声にも『私はいま、スポットライトを浴びている』という喜びの要素が入ってしまうものなんです。その部分を拾うことで、疾患の判定は可能です」
作り声だとしても、見つけられる病気がある。
では「作り声を出すことが、心身の不調や病気につながる」という逆のベクトルもあり得るのだろうか。
「たとえば苦情を受け付けるコールセンターの方は、業務でクレーム対応しているときの声と、ふだんの声は明らかに違います。業務上の対応がうまくなればなるほど声に怒りの感情が出なくなりますが、それは自分本来の声で話せず、そのストレスに見舞われることでもある。そこで心を病んでしまうんです」
いまの自分の心そのままに出ている声、つまり「心に正直な声」で話せているかどうか。
そこが大事だと徳野さんは言う。
「いつも自分の『素の声』で会話をできている人はいないでしょう。表情と同じで、誰もが少なからず相手によって声を使い分け、作っている。声を変えるということは、社交術の一つですから。でもそれが度を過ぎないようにすること。そしてお互いに『素の声』で話せる人を見つけて、一日のうちにその人と話す時間を一定程度作れるかどうか。心身の安寧のためには重要になってくると思います」
参照元∶Yahoo!ニュース