キラキラ系「直美」医師が急増中 技術力より「ホスト的スキル」がモノを言うワケ

医師をイメージした写真

近年、「直美(ちょくび)」と呼ばれる若手医師の増加が問題視されている。

医学部卒業後、2年間の臨床研修を終えてすぐに美容クリニックに就職する(=直美)医師が増え、地方を中心に医師不足が深刻化するなかでやり玉に挙がっている。

「ある20代の直美医師は、SNSでの発信や自身の見た目に気を使う“キラキラ系男子”で、インタビュー中ずっと髪形を直していました。顧客獲得のために自分の名前で勝負しなければいけない美容医療は、ある意味“ホスト”と似たスキルが求められるのかもしれません」

こう話すのは、常磐病院(福島県)の乳腺外科医である尾崎章彦医師(39)。

昨年10月に直美の現状についてまとめた論文が、英国の医学誌に掲載された。

直美医師たちに話を聞いた尾崎医師は、「自由診療である美容医療は保険診療とはまったく違う世界」だと痛感したという。

尾崎医師によると、以前から直美医師は一定数いたが、近年数が増え、昨年夏ごろからメディアで取り沙汰されるようになった。

医師国家試験の合格者は年9500人ほどで、今はそのうち約200人が直美を選ぶといわれている。

なぜ、健康保険の診療に従事する「保険医」という王道ではなく、美容医療を目指す若手が増えているのか。

直美医師である、美容クリニック「MK CLINIC」日本橋院の石田雄太郎院長(30)に話を聞いた。

「私の父は地方で腎臓内科の開業医をしていて、学生時代は後を継ぐつもりでいました。でも研修で東京の大学病院に行くと、美容医療志望の同僚がたくさんいて、『美容に進むのはけしからん』という固定観念が崩れ去りました。私自身、17歳で二重埋没法を受けて以降、美容クリニックのヘビーユーザーで、医師として携わりたいと思うのは自然な流れでした」

保険医とはけた違いの収入も魅力だった。

臨床研修から専門研修に進んだ際の年収の目安が700万~800万円、大学病院で教授に上りつめても1000万円前後であるのに対し、大手美容クリニックに就職すれば1年目から開業医クラスの2000万円超はかたい。

就職して半年ほどで院長を任されるケースもあり、カリスマ院長として成功すれば“億り人”も夢ではない。

だが、形成外科などの専門研修を修了してから、美容医療に進むという選択肢もあったはずだ。

石田院長は、なぜ直美を選んだのか。

「形成外科の4年間の専門研修中、仕事の大半は先輩医師の“助手”です。オペでは皮膚の縫合しか任せてもらえない、顔への手技が解禁されるのは3年目以降といった病院もざらにあるなか、美容クリニックでは1年目から即戦力として経験を積むことができます。また、最近の美容医療はヒアルロン酸注入など局所麻酔で済むような施術が人気です。形成外科で大がかりな手術への対応力を磨いたり、専門医資格をとって“箔”をつけたりする必要性は、あまり感じませんでした」

石田院長の実感として、今や大手美容クリニックが採用する医師の7~8割は直美で、形成外科専門医よりも直美を優先する動きまであるという。

理由の一つは、「形成出身のドクターは切開をしたがる」からだ。

実は美容手術は、医師が長時間拘束され、施術リスクも高いわりに単価が低い。

二重整形であれば、「切開法」よりも、まぶたを糸で留める「埋没法」を勧める医師のほうが、効率的に利益をあげてくれるのだ。

業界で顧客の奪い合いが繰り広げられていることも、直美需要の一因となっている。

石田院長は、「“医師免許を持った営業マン”を育成するためには、売り上げへの意識が低い“勤務医マインド”に毒されていない直美は都合がいいのだろう」とみる。

「美容医療は、どれだけ指名をもらえるかという人気商売の側面が大きい。客を増やすためならクラブでのナンパだって評価される世界で、ドクターの能力は『SNS8割・技術2割』とまで言う人もいます。容姿端麗でインフルエンサーとしてバズりそうな直美医師なら、引く手あまたでしょうね」

さらには、心臓外科や脳神経外科など様々な外科分野でキャリアを積んだ勤務医たちが美容外科に転向している実態もあるという。

その背景として、石田院長は「保険診療ならではの理不尽」を指摘する。

「保険診療では、同じ手術であれば、新人医師でもベテラン医師でも料金は変わりません。ということは、傷口を小さく済ませ、術後の感染リスクを最小限に抑えられる有能な医師ほど、患者を早く退院させてしまい、病院の売り上げを下げることになる。経営的な視点でジレンマを感じる医師であれば、自分の技術に見合った料金をとることができる美容医療に魅力を感じると思います」

だが、美容医療に医師が流れるなか、業界は既に飽和しつつある。

東京・銀座では今、美容クリニックが月に2~3院開業する一方、同じ数だけ閉業しているといい、厳しい競争のなかで以前ほどの高収入は望めないのが現実だ。

石田院長は、それでも美容医療への人材流出は止まらないと考えている。

「激務で知られる勤務医に対し、美容クリニックの医師は基本的に定時で帰れるため、特に出産や子育てを考えている女性には人気がある。私が言うのもおかしな話ですが、美容の医者と保険医の給料が逆になるくらいの大胆な改革をしないと、保険診療は崩壊するのでは?と心配になります」

勤務医出身で、現在は美容医療にも携わる「銀座アイグラッドクリニック」の乾雅人院長(40)は、「病院が適正な報酬や労働環境を整えた“普通の職場”にならなければ、日本の医療に未来はない」と話す。

乾院長はかつて東京大学医学部付属病院で胸部外科医として働いていた。

しかし、医師たちが疲弊している現場に疑問を抱き、医療業界こそプロ経営者が必要だと考えるように。まずは自身がビジネススキルを磨くべく、2020年に同院を開業した。

保険診療は財源が限られており、物価高に応じた価格調整もできない。

勤務医時代は、改善される見込みのない待遇に将来の不安を感じていた。過労で倒れそうになったこともあるという。

「厚生労働省が定める医師の時間外労働の上限は年960時間ですが、研修期間中や地域医療の確保といった条件にあてはまれば、過労死ラインの倍となる年1860時間の残業が認められています。今の医療制度は、『医者は社会のために犠牲になってもやむなし』と言っているようなもの。見切りをつける医師が出てくるのも当然でしょう」(乾院長)

厚労省は今後、直美に歯止めをかけるための対策を打ち出すとみられている。

だが、美容医療への人材流出を規制しても、医師たちの人間らしい働き方が実現しない限り、次のフロンティアを追い求める動きがやむことはないだろう。

参照元∶Yahoo!ニュース