「面倒くさい」どんな仕事も続かない 今「スキマバイト」で生きる若者たち

スキマバイトをイメージした写真

日本全国、そして世界中から多くの人々を吸い寄せる大都会・東京。

その片隅に、家出してきた若者が集まるシェアハウスがある。

駒込にある築70年以上の一軒家、通称「駒込ハウス」。

2階建て住宅で、1Fは12畳、2Fは16畳ほどの広さ。

ここに数人〜14人ほどの若者が共同生活を送っている。

運営者のオカさん(47歳)は、彼らの親や兄のような存在で、住まいだけでなく、仕事も紹介することで人生をやり直すチャンスを与えようとしている。

そんなシェアハウスの住人の中でオカさんが最も気にかけていたのが、ハマちゃん(24歳)だった。

大阪出身で、高校卒業後に家出して東京にやってきたハマちゃん。

食べるのが大好きで、体重100kgを超える大柄な体。

口癖は「面倒くさい」で、どんなに仕事を紹介しても長続きしない。

たまに働いて手に入れたお金もすぐ外食に使ってしまい、家賃も払えない。

これまでにオカさんのシェアハウスを7回家出して、8回も戻ってきた異色の経歴を持っており、オカさんいわく“家出のプロフェッショナル”だ。

そんなハマちゃんだが、最近、生活に大きな変化があった。

「スキマバイト」で生活費を稼げるようになったというのだ。

どんな仕事も続けられなかったハマちゃんに、何が起こったのか?

ハマちゃんは整骨院を営む父親のもと、3人きょうだいの長男として育った。

小学生の頃から野球やダンスなど、多くの習い事をさせてもらったが、中学時代にグレ始める。高校を卒業すると、せっかく決まっていた郵便局への就職を蹴り、家出。ホストや建設現場など職をを転々としながら、オカさんのシェアハウスへ2020年に入居してきた。ところが…、ハマちゃんは“問題児”だった。オカさんのシェアハウスでは、入居者は仕事を紹介してもらい、その稼いだお金から家賃を支払うのが一般的だ。私が出会った当初、ハマちゃんはビル清掃のアルバイトをしていたが、勤務態度に“大きな問題”があった。ビル清掃のアルバイトは肉体的にキツイものではなく、まじめに働きさえすれば、割と条件の良いアルバイトだった。でも、ハマちゃんは手を抜いてしまうのだ。ある日、ハマちゃんが清掃を行うビルの外で私が待っていると、予定よりだいぶ早く出てきた。本来であれば、1時間かけて清掃しなければいけない現場のはずだ。「そんなに汚れてないっぽいんで、まあいいかなと」と勝手に判断し、15分ほどで引き上げてきてしまったのだ。そんなハマちゃんを、仕事を仲介してくれた山田さん(仮名)は何度も注意した。しかし、ハマちゃんは返事だけは良いのだが、一向に反省の色を見せない。山田さんは最後の忠告をしようと、飲み会に呼び出すが、ハマちゃんはドタキャン。翌日、ハマちゃんはいつも通りビル清掃のアルバイトに行くが、職場からついに「クビ」を言い渡されてしまう。さらに、ハマちゃんは計画的にお金を使うことができないという面もあった。アルバイト代のほとんどを食費に使ってしまうし、節約もできない。シェアハウスから徒歩わずか10分のところにあるファストフード店に行くことをせず、割高なデリバリーを頼んでしまう。ハンバーガーセットが届くと、フライドポテトを一本一本ではなく、ケースごと食らいついて、あっという間に平らげてしまう。職を失ったハマちゃんは、オカさんから解体作業の仕事を紹介してもらうのだが、仕事をドタキャン。「仕事の当日になると、行くのがだんだんと面倒くさくなってくるんです」という。こんなありさまなので、当然、シェアハウスの家賃月3万4000円も満足に支払うことができない。ある日、ハマちゃんはオカさんに「とりあえず、1万円でごめんなさい」とお札1枚を手渡す。オカさんが「6月は何日働いたの?日数だけでいうと」と問うと、悪びれた様子もなく「5日っす」と答える。オカさんは「30日あって5日…。よく生きてるね」とあきれるしかなかった。

2023年7月下旬。私がシェアハウスを訪ねると、ハマちゃんはいなかった。聞けば、突然、シェアハウスを家出し、音信不通となったという。これまでも何度もシェアハウスを家出してきたハマちゃん。結局、生活費がなくなり、行くあてもないために出戻ってくるというのが、毎回のお決まりパターンだった。しかし、今回は少し様子が違っていた。1カ月後、ハマちゃんと新宿で再会して話を聞くと、生活が以前に比べて一変していた。バイトマッチングアプリを使って働き、それなりの収入を得ていたのだ。バイトマッチングアプリは、面接や審査なしで、単発バイトの応募ができる。アプリの求人で仕事を探し、応募ボタンを押した時点で仕事が決定。あとは店舗を訪れ、数時間アルバイトをするだけだ。アルバイト終了後、振り込み申請をすると、登録した口座から現金を即座に受け取ることができる。こうした単発・短期で働くことを「スキマバイト(スポットワーク)」と呼び、今“新しい働き方”として広がりを見せている。スポットワーク協会によると、国内のスポットワーク登録者数は2024年5月末時点では約2200万人。2023年3月末時点(約990万人)と比べて2.2倍も増加。市場を開拓したタイミーの登録者数は2021年時点では228万人だったが、2024年には登録者数900万人を突破するなど、約4倍に急増している。「好きな時に好きな場所で働きたい」「副業をしたい」という若者や会社員に人気で、人手不足に悩む企業側の需要も捉えて成長してきた。“スキマバイト”で毎月10万円以上稼ぐハマちゃんハマちゃんも「自分が好きな時間に好きな場所で働けていい」ということで始めたのだという。仕事をする前日の夕方から当日の昼頃までに、バイトマッチングアプリでアルバイトの求人を検索。履歴書送付や面接もなく、スマホのボタン一つで仕事が決まるのも、面倒くさがりのハマちゃんの性分に合っていた。そして、選ぶのは、もっぱら飲食店。アルバイト終了後に、余った料理のお弁当をもらえるからだ。アルバイトが終了すると、ハマちゃんはATMに直行し、お金を引き出す。この即時入金というシステムも、ハマちゃんと相性が良かった。お金を貯められないハマちゃんは常に金欠状態のため、すぐ使えるお金をいつも必要としていたからだ。シェアハウスを出たハマちゃんは、スキマバイトで1日8000円ほど稼ぎ、そのお金を手にネットカフェへ泊まりに行く生活をしていた。ネットカフェは1泊4000円ほどかかり、1カ月単位で見れば、シェアハウスやアパートを借りた方が断然安い。しかし、ハマちゃんからすると、お金を貯めて支払うより、1日単位で計算できる生活の方が楽なようだ。また、スキマバイトは働く場所が毎回違い、1回限りの人間関係だ。失敗しても、その日限りの関係なので、後に響かない。口うるさく言ってくる上司もいない。この気軽さもハマちゃんは気に入っていた。スキマバイトとネットカフェで生活ができると踏んだハマちゃん。2023年9月、オカさんのシェアハウスから退寮を決意し、出ていった。その後もハマちゃんはスキマバイトを続け、ある月は1カ月20万円も稼ぐようになっていた。

放送から約1年…。ハマちゃんに連絡を取ってみると、意外にも東京にはいなかった。ハマちゃんがいたのは大阪だった。「もしかしたら、親と和解し、大阪の実家に戻ったのか?」と思ったが、そうではなかった。ハマちゃんは地元・大阪に住む友人から建設業の仕事に誘われ、2024年11月下旬に手伝いに行ったそうだ。住まいは、その友人宅。ただ、ハマちゃんから話を聞いた2024年12月下旬時点では、友人の仕事はたまに手伝うぐらい。週2、3回はバイトマッチングアプリを利用して働いてるのだという。建設業の仕事は体力的にキツく、スキマバイトの方が気軽でいいのだという。1カ月に5日しか働けなかったハマちゃんが、スキマバイトでは1年以上働き続けている。貯金もなんと、数万円も貯められるようになったそうだ。ハマちゃんに今後の予定について聞いてみたが、特に「決めてない」そうだ。大阪には2025年3月までいるかもしれないし、もっといるかもしれない。もしかしたら、すぐに東京へ戻るかもしれないそうだ。予定を決めない理由は、「予定を決めると、うまくいかなかった時が嫌だから」ということだった。この言葉を聞いて、私はハマちゃんがスキマバイトでなら働き続けられる理由を少しだけ分かったような気がした。定期的に仕事へ行く。収入の中から家賃を残しておく。これらはいずれも計画を立て、それを実行することが求められる。しかし、ハマちゃんにとっては、予定が決まっていること自体がとにかくプレッシャーなのだ。自由に、そして、気の赴くままに暮らしたい。そんな思いを実現するのに、スキマバイトはぴったりだったのかもしれない。ハマちゃんが今後、どのような人生を歩むのか。ちょっと心配しつつも、温かく見守っていきたい。

参照元∶Yahoo!ニュース