「無課金妊婦」という炎上ワードはなぜ生まれたのか 不妊治療に1000万円かけた女性が語る「女のドロドロ」
1月中旬、「無課金妊婦」というワードが突如Xでトレンド入りした。
不妊治療中とみられる一般女性が「無課金妊婦近くにいるときついですよね……」など、自然妊娠した女性へのねたみが込められたメッセージを投稿(現在は削除済み)。
瞬く間に炎上し、「辛いからって何言ってもいいわけじゃない」「誰も幸せになれない言葉」などと批判が相次いだ。
不妊治療経験者は、今回の炎上をどう見るのか。
漫画『ああ不妊治療 8年・1000万費やしたアラフォー漫画家の体当たりコミックエッセイ』の作者である榎本由美さん(60)は、「不妊治療中は妊娠できる人への感情は自制できないもの」と当時の心情を明かした。
自然妊娠する人を「無課金」と揶揄(やゆ)する背景には、不妊治療の重い経済負担がある。
榎本さんは36歳から8年間、不妊治療に取り組み、著書のタイトルにあるように総額は1000万円に上った。
31歳で一人目の子を出産したが、数年後、保育園のママ友たちが続々と二人目を授かる中、自身は一向にその気配がなかった。
検査をすると、月経があっても排卵がうまく行われていないことが分かり、卵巣を刺激する注射を毎日のように打った。
だが、注射を打ち続けてもなかなか卵胞(卵巣内にある卵子が入った袋)が大きくならず、薬剤の濃度を上げた結果、費用は1本あたり約1万円。
当時、普通の人なら1回数万円で済むはずの人工授精が、榎本さんの場合は注射代のせいで20万円近くかかった。
さらに、採取した精子を子宮に注入する人工授精から、顕微鏡下で精子を卵子に注入する顕微授精に切り替えると、約40万円に跳ね上がった。
1回目の顕微授精で妊娠したものの6カ月で流産し、その後も顕微授精に挑み続けたが、43歳で断念した。
榎本さんが自身の不妊治療体験談をコミックエッセイとして発表すると、読者の女性たちからは心ない批判も寄せられたという。
「『大金を払う余裕があっていいですね』というバッシングはたくさん届きました。夫は普通の会社員なので、費用をまかなうためにだいぶ無理して働きましたよ。睡眠時間を削って漫画を描いて、まだ小さかった子どもの面倒もみて……。冷静に考えると、お金をかけて顕微授精をしたところで、体が疲弊していて子宮の状態が悪ければ妊娠の可能性は下がってしまう。本末転倒だったのかもしれません」
もう一つ目立ったのは、「一人目の子どもがいるのに、なぜそこまでして二人目がほしいのか」という批判だ。
これについて榎本さんは、「当時は意地になっていた」と振り返る。
「次第に、『これだけお金と時間を費やしたのだから今更引き下がれない』という気持ちになってくるんです。顕微授精では着床率を上げるためのオプションメニューを追加したり、妊娠率が高いと評判のクリニックで診てもらうために大阪に通ったりと、ギャンブラーのようにお金を積みました」
漢方薬を飲む、子宝温泉に出かける、インターネット上で祈禱(きとう)を受ける……。
わらにもすがる思いでなんでも試した。
その裏には、意地だけでなく焦りもあった。
「年齢が上がるにつれて妊娠率は下がるので、早く結果を出さなければと必死でした。おかしな話ですが、病院で子宮に受精卵を移植した途端に、それが失敗する前提で『次は何カ月後に移植できますか?』と先生に聞いていました。うまくいかなくても、切り替えて次へ進む。いちいち落ち込んでいたら、とても精神が持たなかったと思います」
当然、妊娠できる女性へのネガティブな感情もふつふつと湧いてきた。
排卵促進のため、卵管に炭酸ガスを流して詰まりをとる処置をした時。
クリニックの診察台で痛みに耐えていると、カーテンを挟んだ隣の診察台から声が聞こえてきた。
中絶手術が行われていると気づき、思わず心の中で、「堕ろしたその子を私にください!」と叫んだ。
不妊治療を始めたばかりの若い女性と知り合い、その後すぐに妊娠の報告を受けた時は、「自分は彼女より肉体的に劣っているんだ」と感じて心がすさんだ。
数年後、年賀状で二人の子どもを抱いた彼女の写真を見ると、悔しさのあまり「もう捨てたろ!」と思った。
不妊に悩む女性たちが情報交換できるネット掲示板を見ると、ねたみそねみに苛まれるのはみな一緒のようだった。
「『ベビーカーを押した人を見ると、突き飛ばしたい衝動に駆られる』という書き込みもありました。特に“女のドロドロ”を痛感したのは、『無事に赤ちゃんを授かりました』というコメントに対するリアクションです。最初はみんな祝福の言葉を寄せるのですが、『妊娠3カ月になりました』などと経過報告があると、『ここは不妊の人のための掲示板だから出て行って』などと豹変する様子を目の当たりにしました」
今回は「無課金妊婦」という言葉によって、不妊治療中の生々しい感情が顕在化したが、榎本さんによると、以前から「タダ妊婦」などと自然妊娠の女性を揶揄する言葉はあった。
反対に、不妊治療のために会社を休む女性が、同僚から「お不妊様」と陰口をたたかれることもあったという。
榎本さんは、「妊娠をめぐる女性間の“分断”はこれからもなくならない」とみる。
それでも、少しでも歩み寄るためのヒントとして、こう提案する。
「嫉妬や敵意をすぐにSNSで発散する前に、一度冷静になって自分の内面を見つめてください。『今の私はネガティブな感情に支配されているな』と気づければ、嫌な言葉を生み出す芽をつめるはずです。不妊治療中は、どうか妊娠のことで頭をいっぱいにせず、自分なりの楽しみや息抜きを見つけて乗り切ってほしいと思います」
参照元:Yahoo!ニュース