生物多様性が急激に減少、人類は何を失ったのか
世界的な生物多様性は乱獲、生態系の破壊、温室効果ガスが引き起こす気候変動によって急速に減少している。
国際NGOの世界自然保護基金(WWF)が発表した新たな報告書は、こうした変化によって人類が何を失ったのかを明らかにしている。
巨大なクジラは海水を混ぜ合わせることで生態系を豊かに保ち、バクはアマゾンの森林を育て、南米に雨水をもたらす──。
つまり生物多様性は人類の幸福と深く結びついている。
狩猟と漁業は人類の歴史を通じて文化の中心的な役割を果たしてきた。
また野生動物は人間にとって食料や雇用の供給源であり続けている。
WWFの報告書に基づくと、野生動物の肉は西アフリカや中央アフリカの農村地域では動物性たんぱく質摂取量の最大80%を占め、この地域の経済や食糧安全保障にとって欠かせない。
また2023年の「WIRESウォーター」誌によると、人間は約2500種の淡水魚を消費しており、11年の「フィッシュ・アンド・フィシャリー」誌に掲載された報告書によると海洋漁業は世界で2億人余りのフルタイム雇用を生んでいる。
しかし野生動物の減少は漁業に悪影響を与え、食料の供給は減っている。
21年に「ICESジャーナル・オブ・マリン・サイエンス」が載せた報告には、カナダ東部のタラ漁獲量は1968年に81万トンでピークに達し、漁業資源の枯渇で2019年には1万0559トンに落ち込んだと記録されている。
生物多様性は、ある生物が生息域の環境を変えることで多くの他種の生物に影響を与える「生態系エンジニア」においても中心的な役割を果たしている。
生物界では1つの種の絶滅が連鎖的な影響を引き起こし、生態系全体を脅かすことが少なくない。
例えば、草原における生態系では草食動物が裸地や土壌を押し固めて景観を変え、多様性を促進すると、24年の「ネイチャー・エコロジー・アンド・エボルーション」誌に発表された研究が指摘した。
一方で14年の「サイエンス」誌の報告では、肉食動物は草食動物の個体数を抑制し、過剰な増殖による土壌侵食のリスクを軽減する役割を担っていることが判明した。
海洋では、マッコウクジラがその大きな体で水を混ぜ合わせ、栄養分を海洋層間で移動させることで生態系が豊かになり、漁場が生まれる。
しかし、商業捕鯨が約1000年前に始まって以来、大型クジラの個体数は推定で66%ないし90%減り、海洋を豊かに保つ役割が大幅に低下していると考えられている。
生物多様性は、生態系を健全に保ち、人類が自然から食料、作物の受粉、土壌保護、冷却、飲み水、さらにはレジャーなどのいわゆる「生態系サービス」を受け取るために不可欠だ。
20年に「プロシーディングス・オブ・ザ・ロイヤル・ソサエティーB」誌で発表された研究で、米国で調査した7種の作物のうち5種はミツバチのような受粉者が不足し、完全な育成を確保できないことが明らかになった。
この研究は昆虫の生物多様性が増えれば生産量が増加する可能性があることを示している。
19年にブラジルの研究者が「バイオトロピカ」誌に発表した論文からは、アマゾンではバクが種子を遠距離に運び、荒廃した森林の回復を加速させていることが分かった。
アマゾンが供給する水分は雲を形成し、南米の広い地域に雨をもたらす。
24年に国連が発表したデータによると、世界全体では自然破壊と気候変動により1990年から2020年の間に430万平方キロメートルと、インドよりも広い面積が乾燥地帯に変わった。
世界が乾燥することで、干ばつや山火事のような激しい気象災害に対して世界はよりぜい弱になっている。
24年の調査は、生物多様性の喪失と感染症増加の因果関係も示している。
例えば、11年に発表された「ザ・エコノミクス・オブ・エコシステム・アンド・バイオダイバーシティー」の取り組みの一環として行われた研究では、小型哺乳類の種の減少がハンタウイルスのような感染症の拡大に関係していることが分かった。
生物多様性が失われると、げっ歯類が攻撃的になって同種間で感染が広がり、さらに人間にも感染が広がるリスクが高まるという。
さらに生物多様性は人間の精神面や文化的な恩恵にも結びついている。
13年の論文で、鳥のさえずりを聞くとストレスや疲労が癒やされると英国の研究者が報告している。
また野生動物は古くから人類にインスピレーションを与え、芸術や音楽に取り上げられてきたが、人類はそのつながりを失いつつある。
18年に「フィロソフィカル・トランザクションズ・オブ・ザ・ロイヤル・ソサエティーB」誌で発表された研究は、居住地の破壊や都市部への人口集中により人間が野生動物と触れる機会は減っており、人間は「体験の絶滅」に直面していると結論づけている。
参照元:REUTERS(ロイター)