沖合でブリ、陸上でサーモンを“生産” 魚が減るなか広がり出した養殖

魚類を養殖している人

日本の漁業生産量は40年で大きく減少した。

一方、世界の漁業生産量は右肩上がりだ。

なぜ世界では増えるのか。

その鍵は養殖だ。

近年、日本でも養殖に乗り出す企業が増え、ブリやサーモンなどが育てられている。

なかには海外に輸出し、成長する事業者まで現れている。

では、なぜ、これまで日本では養殖が広がってこなかったのか。

そして、今、養殖が広がる要因は何か。

宮崎県や鹿児島県、千葉県で展開する事業者や研究者を取材した。(文・写真:科学ライター・荒舩良孝/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)沖合3.5キロの生け簀で育つブリ

黒瀬水産の米村輝一朗部長。

ブリ養殖の可能性を感じ宮崎県職員から転職した雲一つない快晴の空。

風はほとんどなく、波は穏やかだ。

海面に太陽光が反射し、キラキラと輝いている。

「今から、ここに生け簀が浮き上がってきます。よく見ていてください」黒瀬水産(宮崎県)の米村輝一朗部長が、静かな海面を指さして言う。

3分ほどすると、海中から巨大な金網が水面に顔を出してきた。

10メートル四方、深さ8メートルもある箱形の生け簀だ。

ふだんは海中に沈められ、5000尾ほどのブリが飼育されている。

餌やりや清掃などの作業をするときに、生け簀に取り付けられた浮きに空気を送り、浮上させる。

作業船から浮きに空気が送られると、海中から生け簀が浮き上がってきた宮崎県の最南端、鹿児島県と隣接する串間市。

志布志(しぶし)湾の岸壁から3.5キロほど離れた沖合は、大小合わせて270基ほどの生け簀が設置された国内最大規模のブリの養殖場だ。

この養殖場は黒瀬水産が管理、運営しており、同社が手がける他の漁場と合わせて年間約200万尾のブリが出荷されているという。

魚の養殖は通常、波の穏やかな湾内で行われるが、黒瀬水産は波の高い沖合に生け簀を設置している。

使用しているのは、海中で生け簀の位置を上下に変えられる、浮沈式の生け簀だ。

「穏やかな湾内と比べると、沖合は海流が速い。そのため、水が滞留せず、水質がいい。プランクトンなどの大量発生がないため、赤潮が発生しません。しかも、速い海流の中で育つので、ブリの身も引き締まります」(米村部長)

大きく育ったブリは、消波堤の内側にある漁場に移され、出荷を待つ。

消波堤内であれば、天候が悪くても海からブリを陸に揚げることができるためだ。

「水揚げ担当の社員は朝3時に出勤し、辺りが暗いうちから作業します。ふだんは1日あたり5000~6000尾のブリを水揚げしますが、12月の繁忙期は水揚げ量がふだんの4倍近くの2万尾にもなります。」

日本の漁業生産量は40年ほど減少が続いている。

戦後は遠洋漁業を中心に発展し、1984年には年間1282万トンの漁業生産量でピークを迎えた。

だが、その後、減少の一途をたどり、2023年の生産量は378万トンほどと過去最低を記録した。

背景には、200海里(国土沿岸から約370キロメートル)までの海域を排他的経済水域(EEZ)と設定したことによる漁場制限のほか、乱獲、温暖化による海洋環境の変化などがある。

1980年代から90年代にかけて大量に獲れていたマイワシは1988年の449万トンをピークに減少に転じ、2005年には3万トンと、ピーク時の100分の1以下にまで激減。

その後、漁獲量は増えてきたものの最近は70万トンほどと低い水準のままだ。

また、秋の味覚の代表格であるサンマは2008年でも34万トンの漁獲量だったが、2020年代は2万~3万トンという不漁が続いている。

減少するばかりの日本に対して、世界の生産量は右肩上がりに増えている。

1984年に8786万トンだった世界の生産量は、2022年には2億2322万トンまで増加した。

世界の生産量が大きく伸びている鍵は養殖だ。

天然の魚を獲る漁船漁業は漁獲量が変動するが、養殖では1年を通して安定して魚を供給できる。

日本の水産物の生産量はこの40年ほどでピーク時の3割ほどになってしまった養殖の中身を詳しく見ると、フナ・コイなどの淡水魚、ノリ、コンブ、エビ、カキ、アサリなどが大半を占めるが、ノルウェーやチリなどは、サーモンの大規模養殖で成功している。

一方、日本は2022年時点で、養殖による水産物の生産量は約91万トンと生産量全体の約23%に過ぎない。

日本で養殖があまり広がってこなかったのはなぜか。

端的に言えば、環境とコストの関係だ。

日本にはもともと黒潮(暖流)と親潮(寒流)がぶつかる水産資源の豊富な海域がそばにあり、流通網や販売網も整備されてきた。

漁船漁業では、魚を育てるコストはかからない。

一方、養殖はコストがかかる。

生け簀などの設備のほか、生育にかかる餌代は養殖事業におけるコストの7割を占める。

魚を育て始めてから出荷するまで2~3年の時間が必要だ。

天然の魚を獲る漁船漁業に比べて、コストが高く、収益が出るまでの期間が長い。

中小規模の漁業・養殖業者の多い日本では、養殖の規模拡大も難しかった。

さらに、生産量とマーケットの関係性もあると水産研究・教育機構理事長などを務めた宮原正典氏は指摘する。

「日本の場合、日本のマーケットに供給することだけを考えてきた。人口が減少しているなか、生産量を増やすと価格が崩れるリスクがありました」

だが、近年は温暖化や乱獲で天然の魚が減少。

漁船で漁に出ても燃油代を消費するばかりで、それに見合う漁獲高が上がらなくなった。

そこで、定期的にコストがかかったとしても、計画的に生産量が見込める養殖に関心が高まり、積極的に取り組む企業や地域が出てきた。

“国内の養殖ブリは年間約10万トン生産されているが、そのうちの1割は前述の黒瀬水産が占めるという。

同社は水産・食品業大手のニッスイの100%子会社として2004年に設立された。

串間市でブリ養殖をしていた企業の事業を譲り受けて創業した。

日本では、沿岸海域には漁業権(共同、区画、定置の3種類)が設定され、都道府県から漁業協同組合(漁協)や漁業経営者に対して免許が発行される。

各都道府県知事は、地域内の漁場を、それぞれの漁業ごとに適切で有効に活用することを求めている。

新規参入する場合は、それまで実際に操業してきた地元の漁協や漁業関係者などとの信頼関係を築くことが必要とされてきた。

黒瀬水産は地元の漁業協同組合と良好な関係を築き、志布志湾で漁業を営む権利を得て養殖事業を開始した。

立川捨松社長は語る。

「現在、ブリ養殖をさらにブラッシュアップし、生産性を高める努力をしています」

その取り組みの一つが、自然環境に左右されない完全養殖の実施だ。

ブリの養殖は、モジャコと呼ばれるブリの稚魚を海から捕ってきて、それを養殖場で育てるのが一般的だ。

だが、自然界では毎年1回しか稚魚を捕らえるチャンスがない。

同じ時期から育て始めるので、出荷する時期も重なってしまう。

それでは価格がなかなか上がらないばかりか、天然物が豊漁のときは値崩れのリスクになってしまう。

そのリスクを回避するため、黒瀬水産は創業当初から親会社ニッスイの中央研究所大分海洋研究センターと協力して、「完全養殖」技術の研究開発に取り組んできた。

完全養殖とは、人工的に産卵、受精させた卵を孵化させ、仔魚(しぎょ)から成魚まで育てる技術だ。

2007年頃から人工的に孵化させた仔魚を育て始め、2009年から出荷されるブリの一部が完全養殖に置き換わり、2022年には出荷ベースで100%完全養殖ブリとなった。

「100%完全養殖を実現することで、天然では年1回の卵の孵化を、ここでは年5回と複数回実施できるようになり、通年の出荷量を安定化できた。天然資源であるモジャコを捕獲する必要もない。しかも、交配で肉質や育ちのいいブリの系統を選別、生育できるメリットもありました」(立川社長)

黒瀬水産は3段階に分けてブリを飼育している。

まず、卵から孵化させたばかりの仔魚を鹿児島県の頴娃(えい)種苗センターの陸上養殖施設で育てる。

体長が5センチほどになると、志布志湾の支湾の一つ、内之浦などの漁場に移す。

半年ほどで遊泳力がついたら串間市の沖合の漁場に移動させる。

完全養殖や選抜育種に加え、生育の短縮化も実現した。

従来の養殖ブリは出荷まで18カ月ほど必要だったが、黒瀬水産では3カ月短縮し、15カ月ほどで4~5キロくらいの出荷サイズに育つという。

2032年以降は年間300万尾と生産規模で現在の1.5倍を目指す、と立川社長は力を込める。

「私たちは20年間で生産規模を4倍にしてきました。今後は生産規模をさらに拡大し、輸出も増やしていきたいです」

アメリカでブリの需要を拡大魚の消費量が減少傾向の日本で養殖産業を成長させるには、海外への輸出拡大が不可欠だ。

2020年、農林水産省は、養殖業をより計画的で安定した産業にしようと「養殖業成長産業化総合戦略」を策定した。

ブリ、カンパチなどのブリ類は、マダイ、クロマグロ、サケ・マス類とともに戦略的養殖品目に設定され、輸出にも目が向けられている。

この動きに先駆け、アメリカ市場でブリの売り上げを伸ばしている企業がある。

桜島を望む鹿児島県・錦江湾にブリの養殖場と加工場を構えるグローバル・オーシャン・ワークス(鹿児島県)だ。

ブリの養殖、加工から流通、販売までを一貫して手がけている。

同社は2009年創業。

現在、年間で80万尾のブリを加工・出荷し、そのうち50万尾、約2万3000トンをアメリカに輸出している。

2023年のグループ全体の総売り上げは292億円を記録した。

グローバル・オーシャン・ワークスの養殖場は波の穏やかな錦江湾の奥にある(提供:グローバル・オーシャン・ワークス)

同社の生け簀では、カメラを設置し、動画をAI(人工知能)技術で解析し、生け簀ごとに魚の生育を管理する。

生育データも残すことでトレーサビリティーを確保し、問題が起きたときに原因を究明できる体制をつくっている。

また、生け簀と加工場の距離が近いため、船上で魚を活け締めしてから2時間以内に加工を完了できるという。

新鮮な魚をすぐ加工して出荷する体制を構築したことで、鮮度の高いブリをアメリカで提供し、人気を博している。

現在は、順調に事業を伸ばしている同社だが、創業当初は養殖業に参入するのが難しく、水産加工業から始めることを余儀なくされるなど、苦労も多かったという。

増永勇治社長は振り返る。

「当時は、地元の漁協で『養殖業への新規参入は認めない』という意見が多かったのですが、漁協の組合員になれるように働きかけたり、委託養殖で自社のブリを確保したり、業績の振るわない養殖業者を支援してグループ化したりと、さまざまな活動をしていきました。そのうち、地元の漁協で仲間も増えていき、最終的には漁協の方々も応援してくれるようになりました。現在、ブリ養殖の規模は、企業としては鹿児島県の中で一番大きいと思います」

増永社長は、アメリカ市場を拡大するために、2016年にアメリカの老舗水産商社のインターナショナル・マリン・プロダクツ(カリフォルニア州)を買収。

アメリカ国内に加工、冷凍、配送の拠点を持つことで、販売力を強化した。

増永社長はブリをさらに海外に広げていきたいと語る。

「ブリは、マグロ、サーモンに次いで、世界で勝負できる魚です。調理メニュー開発を強化すればアメリカでの需要はさらに伸びると思います。同時に、アジア、ヨーロッパ、中東にもブリの販売を広げたい。現在80万尾のブリの出荷量を2030年には年間200万尾にする予定です」

昨今は、沿岸でも沖合でもなく、陸上での養殖事業も盛んになっている。

千葉県木更津市でサーモントラウトを陸上養殖しているのがFRDジャパン(埼玉県)だ。

FRDジャパンは、もともと水族館などに水処理設備を販売する会社として創業、アワビの養殖などにも挑戦していたが、2017年、需要の大きいサーモンの陸上養殖へと舵を切った。

木更津市で2018年から稼働する養殖施設は敷地にたくさんのパイプが延びていて、外側からは工場のようにしか見えない。

だが、その中には大小合わせて16の水槽があり、稚魚から出荷間近の成魚まで、たくさんのサーモンが泳いでいる。

陸上養殖は抗生物質を使わずに育てられるという利点がある。

海の中と違い、病気の原因となる細菌が入り込まないためだ。

また、従来の陸上養殖では、1日で3割ほどの水を入れ替える必要があったが、FRDジャパンではその水交換を不要にした。

養殖場では魚から排泄される糞などに含まれるアンモニアを取り除く必要があるが、FRDジャパンは2種類の微生物を活用し、アンモニアを無害にして取り除く独自の技術を開発した。

そのおかげで、水をほとんど入れ替えずに魚を育てられる閉鎖循環式の陸上養殖を実現した。

コストは大幅に削減された。

こうした取り組みを経て、スーパーなどへの販売を始めたのは2019年だった。

最初の目標、年間30トンを生産するまでに時間がかかったと、広報担当の小林真理さんは語る。

「2カ月に1回の頻度で、施設で卵を孵化させ、生育を試みていたのですが、よい結果が得られず、水質を変えては試してみることの繰り返しでした。酸素濃度、塩分濃度、pHなど、50以上の項目を調整し、やっと最適に育つ水質条件がわかったのです」

現在、年間35トンほどのサーモンを安定供給しているが、季節を問わず生で食べられるサーモンは日本では珍しく、問い合わせは多いものの供給が追いつかない状態だという。

FRDジャパンは、現在、千葉県富津市により大きな規模の生産施設を建設中だ。

この施設が稼働すれば年間最大3500トンまで生産できるという。

「30トンでも苦労したので、100倍の規模ではより難しいと思いますが、乗り越えていく覚悟はできています。年間3500トンに向けてがんばっていきます」(小林さん)

昨今、養殖産業は従来の水産業の姿を大きく変えつつあり、また、さまざまな企業が参入するほど活況を呈している。

だが、単一の魚種を大量に育てる養殖業は価格変動などのリスクに弱く、不安定な一面もあると鹿児島大学で水産経済学を研究する佐野雅昭教授は語る。

「養殖は供給が安定していても、需要の変化で相場が変わりやすく、儲かるときと損をするときの落差が激しい面があります。それに対し、従来の漁船漁業は魚種にとらわれず、そのとき獲れる魚を柔軟に獲ればいいので、長い目で見ると収益では安定性があります。水産物の消費量が減り、日本の漁村は大きなダメージを負っています。大規模養殖に取り組む大きな企業がリーダーシップを取って、養殖と漁船漁業を組み合わせた新しい漁業経営のモデルをつくれば、漁村の再生も進むと思いますし、水産物の安定供給にもつながるのではないかと期待しています」

参照元∶Yahoo!ニュース