異論根強い「高い最低賃金目標」、政権浮揚の突破口にも
石破茂政権の看板政策「2020年代に全国平均1500円」の最低賃金目標は、引き上げ加速がスタートする来年が成否を大きく左右する。
毎年7%以上の引き上げを続けるという従来より高い目標の実現性には異論も根強いが、政府関係者からは簡単ではない課題を前に進められれば政権浮揚の突破口になり得るとの声も出ている。
最低賃金の引き上げ加速は、石破首相が自民党総裁選で掲げた目標で、首相や首相の側近で同じ鳥取県選出の赤沢亮正経済再生相の強い問題意識が反映されているとの指摘が多い。
最低賃金の引き上げ額の目安を提示する際、経済実態に応じて全都道府県がランク分けされるが、鳥取県は「C」。
全国的にみて最低賃金が低い部類に相当する。
ある現役閣僚は「石破さんや赤沢さん、特に赤沢さんにとってかなり信念に近い話だ」と解説する。
最低賃金は毎年、労使や有識者で構成する厚生労働省の審議会が目安を示し、地域別の水準が決まっていく。
24年は全国平均で1055円と過去最大の51円の引き上げとなり、率では5.1%だった。
1055円を起点として20年代に1500円を達成するには年率7%以上のペースで上げていく必要がある。
経団連の十倉雅和会長は9日の定例会見で、最低賃金は法的な拘束力があり、守らなければ罰則があると同時に社会的な地位も大きく毀損される厳しいものだと指摘。
引き上げ加速は「劇薬に相当する」との見解を示した。
「劇薬を用いるのか用いないのか、そういう観点だ」とも言及した。
赤沢氏をよく知る政府関係者は「劇薬なのは赤沢さん自身、すごくよく分かっていると思う。ただ、彼は一言居士というか、人の強い反発をあまり気にしないキャラクターだ」と評する。
別の現役閣僚は赤沢氏の信念について、現在開会中の臨時国会の答弁にも表れていると解説する。
例えば、11日の衆院予算委員会。赤沢再生相は、物価上昇が始まる前、ワーキングプア(働く貧困層)の水準は年収200万円以下とされていたと指摘。
時給に換算すると1000円になるが、現在最低賃金が1000円を超えているのは47都道府県のうち16県だけで、31県でフルタイムで最低賃金で働いても暮らしていけない人がいる、これをとにかく何とかしていかなければならない、と訴えた。
また、11月26日に開催された「政労使会議」後の会見では、選挙の際に地元有権者から手を握られて「暮らしていけるようにしてください」と懇願されたエピソードを紹介。
「国民にそのような発言をさせるような政治は、私は極めてよろしくないということは党内でもずっと言い続けている。私はそういうものを背負っている」と語った。
最低賃金1500円は、岸田文雄政権では2030年代半ばの目標として掲げていたもので、石破政権は達成時期を前倒しした格好だ。
自民総裁選では加藤勝信現財務相も前倒し達成を訴え、将来の「2000円」にも言及。
先の衆院選では、達成時期などに違いはあるものの、与党の公明党や最大野党の立憲民主党など多くの党が公約に掲げた。
もっとも、引き上げ加速には異論も根強い。
経団連の十倉会長は「チャレンジングな目標を掲げることはよいが、達成不可能な目標を掲げて進めていくことになってはいけない」と苦言を呈し、日本商工会議所の小林健会頭は、最低賃金法の趣旨や中小企業の支払い能力の実態を十分踏まえて検討するべきとの見解を表明している。
自民党内でも、中堅議員からは「2030年代半ばの1500円に向けて着実にステップアップしていく方が現実的。初年度からいきなりつまずいて目標自体が形骸化してしまう方がこわい」、別の閣僚経験者からは「2020年代というのは本当に大丈夫かと思っている人もいる。党内でも必ずしも合意形成はされていない」との指摘がある。
東京商工リサーチが12月に実施したアンケート調査(有効回答5277社)で最低賃金を5年以内に1500円まで引き上げられるか聞いたところ、「不可能」と答えた企業が48.4%で最多。
約半数が対応が困難とした。
業績拡大や収益強化が課題で、税制拡充や投資への助成など政策的なバックアップを求める声も多いという。
石破首相は11月に行った前出の「政労使会議」で、最低賃金引き上げのための対応策を来春までに取りまとめるよう関係閣僚に指示した。赤沢氏は価格転嫁の徹底や生産性向上支援などを検討する意向を示している。
異論が出ている経営者団体も一枚岩ではなく、経済同友会の新浪剛史代表幹事は引き上げ加速を支持する側だ。
「1500円に向かうと思えば、(企業も)IT・デジタル・AIなどの生産性を上げるためのツールを使わざるを得ず、それによって生産性を向上せざるを得ない環境になる」と強調。
潜在成長率を高め、日本経済が再生に向かうための大きな試金石になるとの見方を示す。
前出の政府関係者は、国民民主党は勤労世代に寄り添うよう政策を掲げて躍進した、と分析。
「赤沢さんは政局に関係なく最賃の引き上げが必要と信じていると思うが、そう信じていることと、今の政治状況においてメリットがあることは両立し得る。アベノミクスが安倍政権にとって支持率を得るための突破口だったとするなら、石破政権にとっての最賃引き上げはそういうものではないか」とし、今後の政権浮揚の鍵となる可能性があると話す。
参照元∶REUTERS(ロイター)