タイが宝くじ付き年金導入へ 1等450万円、射幸心で加入促す

タイ農国旗を撮影した写真

季節外れの土砂降りにも関わらず、境内は参拝客でにぎわっていた。

首都バンコクの中心部、サイアム地区から高架鉄道に乗って東へ20分ほど。

オンヌット駅周辺は大型のショッピングセンターやコンドミニアムが整備され、住宅地として急速に発展しているエリアだ。

駅前には「スシロー」や「ツルハドラッグ」といった見慣れた看板も並び、日本人にも親しみやすい街だが、一歩路地を入れば昔ながらのタイの生活空間が広がっている。

そんなオンヌット駅近くに宝くじが当たるご利益があるとして人気の寺院、ワット・マハーブットがある。

訪れたのは11月中旬、前月には雨期が明けたというのに、朝から激しい雨が降る日だった。

この寺院にはタイで一番有名な幽霊「メーナーク」が祭られている。

愛する夫が徴兵されて生き別れとなった後に亡くなり、恨みとこの世への未練から幽霊となったという民話は広く親しまれ、テレビドラマや映画の題材にもなっている。

タイにはくじ引きによる徴兵制があるが、夫を軍隊に取られたのを恨んだメーナークにお願いすれば、徴兵のくじに当たらないとされている。

さらにそこから転じて、くじ運が良くなるとして、宝くじの当選を願う寺院として多くの参拝客を集めるようになったそうだ。

門前には宝くじを売る屋台が並び、お参りを終えた人たちが早速ご利益のほどを試している。

仏教への信仰が厚いタイには無数の寺院があるが、ワット・マハーブットの場合ほどの規模でないにしても、門前に宝くじ屋台が出ているのは日常風景だ。

参拝して徳を積んで、その後に宝くじを買って現世利益を得ようというところまでがセットになっている。

この宝くじは政府公認の公営で、1枚80~120バーツぐらい(約360~540円)。

財務省傘下のクルンタイ銀行のスマホアプリからだと80バーツで買えるが、売人からの場合は少し割高になる。

どうして市中の割高な販売が成り立っているのかといえば、各人にラッキーナンバーがあって、その数字に該当するくじを買いたいから。

ワット・マハーブットにも当選番号を教えてくれるといわれる木があって、お告げの数字を浮かび上がらせようと、参拝客が幹を熱心にこすっていた。

仏教信仰とも結びついた宝くじはタイ人にとって身近な存在で、毎月2回の抽選日には多くの人が当選数字を読み上げるテレビやラジオの音声に聞き入る。

1等の当選金額は600万バーツ。

売人の売り文句は「明日にはお金持ちに」だ。

バンコクのタクシー運転手、ローさん(57)は月2万バーツの収入のうち、500バーツほどを宝くじ購入に充てているという。

「高額当選には縁がないけど、数年に1度は当たることがあるね」と笑う。

同じくバンコクで暮らす主婦のグンさん(54)は、毎週日曜にベビーシッターのパートをして日額600バーツを得ているが、同居する娘からもらういくばくかの小遣いと合わせて、全額を宝くじ購入に費やしていると明かす。

「宝くじだけで他のギャンブルはしませんね。え、貯金?ありませんよ」

かくも一般庶民に浸透している宝くじに着目して、タイ財務省が現在、奇策とも言える社会保障政策を検討している。

ずばり、年金宝くじだ。

タイでは2023年末に60歳以上が人口に占める割合が20%に達し、20年前の2倍になるなど高齢化が急速に進んでいる。

社会保障制度の構築は喫緊の課題だが、財源探しはこの国でも悩ましい問題だ。

国際通貨基金(IMF)の推計によれば、タイの24年の経済成長率は2.8%にとどまる。

ベトナム(6.1%)、フィリピン(5.8%)、インドネシア(5.0%)、マレーシア(4.8%)といった周辺国と比べると、不振ぶりが際立っている。

経済低迷の原因は、残高が国内総生産(GDP)比で9割近い水準にある家計債務問題だ。

タイ商工会議所大学の調査によれば、1人当たりの残高は60万6378バーツに達し、過去15年で最大だという。

こうした状況下では、個人や法人にさらなる社会保障負担を課すのは難しい。

タイの年金は公務員向け、給与所得者向け、自営業者向けと、雇用形態に応じて3つに分かれているが、このうち自営業者向けの国民貯蓄年金について、宝くじ付きの加入制度の導入が検討されている。

先ほどのローさんやグンさんも含む約2000万人が対象になると想定されており、毎週500万枚を発行する計画だ。

価格は1枚50バーツで、購入限度は月に60枚、3000バーツまでだ。

当選金は最大100万バーツで、外れても購入資金は60歳を過ぎれば全額引き出せる。

狙うのは中低所得層に対する年金加入のインセンティブだ。

第一生命経済研究所の西濱徹・主席エコノミストは「ここまで少子高齢化が進んでしまうと、社会保障制度のための拠出額も大きなものになる。国民の射幸心をある種、あおるというのが手をつけやすいやり方だったのだろう」と話す。

高所得国入りを果たす前に経済成長が頭打ちになり、高齢化にも直面しているタイ。

異例の年金制度は「十分に成長を遂げる前から老い始める」という苦境を抜け出す切り札になるだろうか。

参照元∶Yahoo!ニュース