破産した「食用コオロギ」ベンチャー企業の社長が明かす“SNS炎上騒動”の全真相 それでも「リベンジ」を誓うワケ

経営破綻をイメージした画像

食用コオロギの生産や商品開発に取り組んできた、徳島大学発のベンチャー企業「グリラス」が11月7日、徳島地裁に破産手続きを申し立てた。

無印良品と共同開発した「コオロギせんべい」が話題を呼び、昨年1月にはNTT東日本とともにコオロギ飼育に関する実証実験に乗り出すことを発表するなど、事業は軌道に乗っているように見えた。

にもかかわらず、なぜ1億5000万円超の負債を抱えることになったのか。

その背景にあった苛烈な「SNS炎上騒動」の真相を同社社長がすべて語った。

冒頭、「グリラス」代表取締役社長の渡邉崇人氏は、取材を受けるにあたっての心境について、こう口にした。

「アカデミアから起業したり、衰退しつつある地方でビジネスを始めたりすることはリスクが伴います。それでも挑戦しようと後に続く人たちのためにも、われわれの会社に起きたことをきちんと説明し、私自身が前を向いている姿を示す必要があると思いました」

起業当初は、食糧問題に立ち向かう新進気鋭のベンチャーとして注目を集めたグリラスに、一体何が起きたのか。

メディア各社の報道では、同社が破産に陥った背景として「コオロギを使用した給食を提供し、SNSで炎上した」ことが挙げられている。

渡邉社長は「炎上はあくまでも経営難の一因」としながらも、騒動の一部始終について明かした。

2022年11月、グリラスはエシカル教育(人や環境に配慮しようとする考え方や消費行動を学ぶこと)に取り組む徳島県内の高校から依頼を受け、給食用の食材として粉末コオロギを提供した。

コオロギの飼育は家畜と比べて、必要な餌や水の量、排出する温室効果ガスの量が圧倒的に少ない。

今後、人口増加による世界的な食糧難が予想される中、コオロギは環境負荷の低いタンパク源と期待されている。

そこで、同校の食物科の生徒たちはコオロギを使ったメニューとして「グリラスかぼちゃコロッケ」を考案・調理し、在校生のうち希望者のみが実食した。

しかし翌年1月、この企画に対して突如批判が殺到した。

きっかけは不明だが、グリラスがNTT東日本と共同で、食用コオロギの自動飼育を目指す実証実験を始めると発表した時期と重なる。

メディアで大きく取り上げられ、注目を集めた結果、2カ月前の給食プロジェクトについて「グリラスは子どもに無理やりコオロギを食べさせた」といった誤った情報がネット上で独り歩きした。

デマは陰謀論と結びつき、さらに悪質化していった。

「コオロギには毒があり、食べると不妊になる」

「国はコオロギ事業に6兆円以上の税金を投入して、人口削減計画を進めている」

渡邉社長は、これらのデマを「ネット上での閲覧数を稼ぐため意図的に生み出されたフェイクニュース」だと断言する。

「たしかに中国の薬学百科全書に『コオロギは妊婦が避けるべきもの』という記述がありますが、妊婦が避けるべき食材なんて、コーヒーや刺し身をはじめ数多くあります。コオロギの毒性は科学的に立証されておらず、アジア諸国では日常的にコオロギを食べている。コオロギ事業に補助金が出ているという事実も一切ありません。まだまだ嫌悪感を抱く人が多い昆虫食が、急にスポットライトを浴びたことで、『裏に何かあるのでは?』という疑心暗鬼が広がっていった。そういう意味でコオロギと陰謀論は相性が良かったのだと思います」

フェイクニュースを信じた人たちからの攻撃は苛烈を極めた。

会社の問い合わせフォームには渡邉社長への「死ね」「殺す」といった脅迫文が届き、苦情の電話も鳴りやまなかった。

電話口では「有毒物質を売るな」と1時間以上怒鳴られることもあり、精神的に消耗した若いスタッフたちは、一人またひとりと会社を辞めていった。

同社はウェブサイト上にコオロギの安全性についての公式見解を掲載したり、取引先や付き合いのある同業者に、消費者からの問い合わせへの回答例を示した文書を配ったりするなどの対応を進めた。

だが、ウソの情報を拡散するSNSユーザーに対しては、あえて抗議はしなかったという。

「私も科学者の端くれとして、反論したい気持ちは山々でした。でも広報の専門家からは、『陰謀論絡みで炎上した時は、時間とともに収まるのを待つしかない』とアドバイスされました。われわれが正確な情報やデータを出したところで、炎上させている側は一言『ウソだ』と言えば済むわけで、フェアな議論になりようがないということです」(渡邉社長)

実際、炎上は3カ月ほどで落ち着きはじめたが、その余波はあまりに大きかった。

当時のグリラスは、ファミリーマートの一部店舗で商品を販売しはじめ、これから全国に広げていこうという時期だった。

大手スーパーからも商品開発のオファーが来ていたが、炎上を機にほぼすべての商談が止まってしまった。

「コオロギせんべい」でタッグを組んだ無印良品は「意義のある取り組みをやめてはいけない」と取引を続けてくれたが、食品業界において、一度問題が浮上した商品の取り扱いをすぐに再開させることは難しい。

会社に資産があれば持ちこたえられたかもしれないが、グリラスは19年創業のベンチャー企業。

これまで赤字続きで、ファミリーマートでの全国展開を機に一気に黒字に転換するはずだった。

あまりにタイミングの悪い炎上騒動により事業拡大がストップしたことで、新規の投資話は吹き飛び、資金調達の道が断たれた。

最盛期に50人いたスタッフを泣く泣く5人に減らしてコストカットを図ったが、負債額は1億5339万円まで膨らみ、ついに破産を決断した。

苦い経験をした渡邉社長に、今後どうするつもりなのか尋ねると、「リベンジしようと思っている」という予想外の答えが返ってきた。

「すべては私の実力不足ですが、グリラスに起きたことには納得していません。今は一度撤退しますが、次こそは炎上に負けないビジネスモデルを構築します。まずは家畜やペット用のコオロギ商品で会社の経済的基盤を確立して、2050年ごろまでに人向けの食品も流通させたいと思っています」

あくまでコオロギ食にこだわる理由は何か。

そこには「コオロギを食べたくない人が食べなくていい未来を作る」という思いがある。

「われわれのミッションは、食糧危機が来るまでに、昆虫食への抵抗がない人を増やしておくことです。タンパク質需要の一部がコオロギに流れれば、牛・豚・鶏肉の価格高騰は抑えられる。よく、『コオロギは食糧危機が来てから食べればいい』と言われますが、食べたくないものを食べざるを得ないのは、不幸な昆虫食の未来です。私も当初は虫を食べることに抵抗がありましたが、そういう人たちが『おいしいから』と気軽にコオロギを手に取るようになれば、食の自由が保障された未来を作れるはずです」

社会に広がってしまったコオロギへのネガティブイメージを払拭(ふっしょく)することはできるのか。

少なくとも、渡邉社長の目には不屈の意志が宿っていた。

参照元∶Yahoo!ニュース