「母親になれなくて、自分の辛さを優先して、ごめんなさい」ネカフェの個室トイレの床で出産 女は目を開いた我が子の体をブランケットで固く巻き付けた
深夜のインターネットカフェの女子トイレの個室。
タイル張りの床に座りこんだ母親によって、この世に生を受けた女の子。
母親の手によって、顔に被った膜を外され、右目を開いて、両手を動かした後、女の子の視界は、産声を上げる間もなく、再び暗闇に包まれた。
「母親になれなくて、自分の辛さを優先して、ごめんなさい」
ネカフェの個室トイレの床で出産 女は目を開いた我が子の体をブランケットで固く巻き付けた
「赤ちゃんの遺体があった。燃やされている」
2日後の午前6時45分頃。
女の子の存在を明らかにしたのは、海岸にいた釣り人からの110番通報だった。
殺人、死体損壊、死体遺棄の罪に問われたのは、住居不定・無職の女、25歳。
女は2023年5月、静岡県沼津市内のインターネットカフェの女子トイレで、出産したばかりの女の子にブランケットを固く巻き付け、窒息させて殺害。
千本浜海岸で遺体をたき火の中に入れて焼き、損壊、遺棄した罪に問われていた。
事件発生から1年半近く経った2024年10月28日、女の裁判が始まった。
「間違いありません」
女は、か細い声で自らの罪を認めた。
裁判の争点は、女にどの程度の刑罰を科すかという「量刑」。
着目されたのは、(1)犯行の計画性と殺意、そして、(2)女の「境界知能」(IQが平均的な数値と知的障害とされる数値の間である状態)や「ADHD(注意欠如・多動症)」の特性が犯行に与えた影響だ。
【検察側の主張】(1)犯行の計画性と殺意→交際相手の男性と何の仕事もせず、ぶらぶらと遊び暮らす中、妊娠後に交際相手が自分にさしたる関心を抱かなかったことに失望や苛立ちを感じ、出産の約4か月前には、生まれたら殺して捨てようと考えていた。女の子の顔面などに、3周程度ブランケットを固く巻き付けて鼻口部を塞ぎ、バッグの中に入れて放置したことからも、強固な殺意に基づく残虐な犯行だといえる。
(2)女の特性が犯行に与えた影響→女は、小学校と中学校で普通科を卒業していて、成績も中程度であった上、居酒屋でのアルバイト経験もあり、女の知的能力は通常の成人と大差ない。また、女は、殺害を回避するための手段を検討できていた。女の特性が犯行に与えた影響は限定的であり、過度に斟酌すべきではない。
【弁護側の主張】(1)犯行の計画性と殺意→妊娠発覚後、女は一度も病院を受診しておらず、出産に向けた想定ができない中、当然、犯行への準備もできていなかった。自身が考えていた出産時期よりも1か月ほど早く陣痛を迎え、衝動的に犯行に至っているといえる。
(2)女の特性が犯行に与えた影響→女は、経度知的発達症に近い水準の「境界知能」や「ADHD」の特性があった。加えて、女は幼少期、母親が結婚離婚を繰り返し、父親から虐待を受けるなど不安定な環境で育ったことなどにより、思考力・理解力が相当程度低下していた。女は、特性の影響で、出産をするかどうかや、赤ちゃんを育てるかどうかについて決められなかったため、犯行には酌むべき事情が大いにある。証人尋問では、検察側、弁護側それぞれの鑑定人医師が証言台に立った。双方、女に「ADHD」の特性があるという診断は共通していて、その特性が犯行に「直接的に影響を及ぼしたか」が争点となった。
【弁護側の医師】女はADHDの特性に加え、幼少期からの家庭環境などの影響により、場当たり的な行動をとりやすく、優先順位をつけることが苦手などの傾向がある。犯行時、女は孤立出産により、心身に大きなダメージが加わり、特性による衝動性が高まったことで、思考力や判断力がある程度、低下していた。
【検察側の医師】平均的な人に比べると、女の思考力・理解力は低かったと言えるが、「女の子を殺すしかない」という動機形成には直接、影響を及ぼしていない。犯行は合目的に一貫して行われたものであり、例え、妊娠・出産という極度のストレス化に置かれていたとしても、現実検討能力に減退をきたすものではない。女は事件のことを、どう思っているのか。「被告人質問」で女が証言台に立った。
Q.妊娠が分かった時、どんな気持ちだった?
「まず、一番最初に思ったのは、父親が分からないということと、もし、当時付き合ってた彼との子だったら、うれしいという気持ちが半々でありました」
Q.中絶のことは考えた?
「考えてないです」
Q.それはなぜ?
「以前、過去に中絶した経験があって、いい思い出というか記憶がないからです」
殺害した女の子で、3度目の妊娠だったという女。
2人目は出産することを望んだものの、交際相手の両親に反対され、止む無く中絶手術を受けていた。
過去の中絶経験について話している最中、女は呼吸を荒くして、嗚咽し始め、裁判は一時、休廷となった。
Q.交際相手に妊娠を伝えた時の反応は?
「賛成するでもなく、反対するでもなく、わかりやすい反応を示してくれませんでした」
Q.明確な何かを示すことを期待していた?
「そうです」
Q.交際相手が意志を示していたら?
「決断できていたと思います」
女は、妊娠が分かってから一度も病院を受診しなかったという。
Q.産んだ後でどうしようと思っていた?
「産むしかないんですけど、その時は自分に育てる環境もなかったし、産んだら育てられないかもしれないとか、自分が殺してしまうしかないんじゃないかって考えていました。育てられなくても、産むことはできると考えました」
Q.育てられなくても産めないかと考えて、何か行動を起こしたことは?
「赤ちゃんポストの病院を調べました」
Q.どうやって?
「携帯で『赤ちゃんポスト』と検索しました」
Q.調べてどうした?
「調べてみて、まず近くにないか、関東の方にないか、調べたんですけど、九州の熊本にしかないとわかり、その時は九州に行く勇気も金銭もなくて諦めました」
Q.事件の当日までに決意が固まったことは?
「1回もないです」
Q.赤ちゃんを産むための準備は?
「してないです」
Q.赤ちゃんを殺して、捨てるための準備は?
「してないです」
「右目が開いた気がして、あとは手が動いていた」
交際相手と滞在していたネットカフェのブースで、陣痛を感じ始めたという女。
交際相手にバレないように、とりあえず産むしかないと、いらなくなった服やブランケットなどの出産に使えそうなものを黒いバックに入れて、女子トイレに向かった。
Q.この時出産した赤ちゃんをどうしようと思っていた?
「その時は産むことしか考えてないので、その他のことを考える余裕がありませんでした」
Q.その後、持って行ったものはどうやって使った?
「洋服類をトイレのタイル張りの床に敷いて、その上に自分が座る形になって出産しました」
Q.出産後、赤ちゃんの様子で覚えていることは?
「まず、顔付近に膜みたいなのが被っていて、あとは女の子と確認して、膜を手で取ったときに、右目が開いた気がして、あとは手が動いていたと思います」
Q.様子を見てどうした?
「インターネットカフェのトイレという場所で産んでしまったこと、1人で産んでしまったこと、彼にすべて今までのうそなどがばれることが怖くなってしまい、とっさに洋服やブランケットなどで固く巻き付けてしまいました」
Q.何を?
「赤ちゃんを、です」
Q.目が開いたのを見てどう思った?
「怖いって思いました」
女は、黒いバックに入れて放置した女の子の様子を、海に捨てに行く日の朝に確認したという。
Q.なぜ確認した?
「自分自身がやってしまったことに恐怖を感じていて、正直どうなってしまったか気になったからです」
Q.どこで確認した?
「出産したトイレの個室です」
Q.確認した際の赤ちゃんの様子はどうだった?
「自分がした行動によって、亡くなってしまっていました」
Q.体を触ったらどんな様子だった?
「動いて産まれたはずの赤ちゃんが動かなくなっていて、開いたと思っていた右目も開いてなかったです」
Q.他は?
「身体が汚れていたので、きれいに洗いました」
Q.なぜそういうことをした?
「自分もなぜそういうことをしたか分からないんですけど、きれいにしなくちゃいけないと思いました」
Q.赤ちゃんの様子を確認した後どうした?
「もう一度、ブランケットで包みました」
これ以上、遺体をインターネットカフェに置いておけないと考えた女は「服を捨てに行く」と交際相手に言って、一緒に外出。
交際相手が「出かけるなら釣りをしたい」と言って千本浜海岸を選んだため、自転車に乗って向かった。
供述調書によると、交際相手はこの時、女が女の子を出産して殺害したこと、そしてたき火で燃やして捨てたことまで、一切気づかなかったという。
Q.外出する時は赤ちゃんのことをどうしようと思った?
「明確な考えは何一つなかったですけど、このまま置いておくのは無理だと思っているだけでした」
Q.捨てるとか燃やすことは?
「考えてないです」
Q.海岸への自転車は出産後に乗れた?
「下半身が痛くて乗れなかったので、もう1枚別のブランケットを持っていき、それを下半身にあてた状態でなるべく、衝撃が来ないようにした上で乗っていきました」
Q.たき火を始めたのは?
「私です」
Q.何でたき火を始めた?
「何も決めないまま、彼が決めた海に来てしまって、どうしようと考えるなかで、服を捨てるという口実で来ていたので、近くでたき火をしている人を見たので、服だけ燃やしてしまえばよいと思ったからです」
Q.赤ちゃんを燃やすために火をつけたのは?
「それは違います」
Q.その後にブランケットにくるまれた赤ちゃんを服の上に置いた?
「はい」
Q.なぜそんなことをした?
「置いてしまった事実は自分でわかっているんですけど、置いてしまった前後の記憶が正直、残っていません」
Q.赤ちゃんをどうしようとしていたかという気持ちの部分は?
「(記憶が)残っていません」
女は、女の子への気持ちをこう語った。
「いくら謝っても、後悔しても、どうにもならないことはわかっているんですけど、ごめんなさいって、母親になれなくて、自分の辛さを優先して、ごめんなさいって思っています」
裁判の審理を終える「結審」の日。
検察側は「自ら産んだ子の死体を物のように扱う態度が表れた冷酷な犯行」「女がこの生命を軽んじていることは明らかである上、犯行を回避する他の手段もあったのであり、動機は身勝手かつ短絡的で、酌量の余地は一切ない」などとして、懲役6年を求刑。
一方で弁護側は「人目につく海岸でたき火をして女の子を焼くというのは突発的なもので、強固な殺意はない」「罪の大きさを認識し、月命日には女の子に手を合わせるなど後悔と謝罪の日々を送っている」などとして、懲役3年が妥当とした。
最後に、女が証言台に立って口を開いた。
「今回の事件では私の身勝手な行動により、たくさんの人を傷つけてしまいました。家族はもちろんのこと、子どもを持つ家庭、子どもに恵まれず悩んでいる家庭、今回の事件を知って不快な思いをした人たち―」
「私が今回一番傷つけ、苦しめ、たったひとつの命を奪ってしまった娘に対しては、私が唯一守れる立場でありながらも、生まれたばかりの娘に対し、本当に酷いことをしてしまったと反省しています。娘にこんな酷いことをしたのが母親である私自身だと思うと、自分を責めても責め足りず、一生悔やみ続けていくと思います」
「娘のことを忘れることなく、反省し続け、毎日供養をし、娘の冥福を祈り続けることを約束します」
約6分間にわたって意見を述べた女は、中盤と最後に「本当に申し訳ございませんでした」と頭を下げた。
2024年11月5日、判決の日。
裁判長は女の特性について、「妊娠判明後、母親や交際相手に具体的に相談し、生活を改めるなど、女の子を養育するために取り得る方策を取らないまま出産に至り、殺害を決意しており、身勝手かつ短絡的というほかない。他方で、境界知能、注意欠陥多動症を有し、後先を考えた判断ができずに孤立していったことや、出産に伴うストレスの中で衝動的に犯行に及んだこと等に影響しており、この点は一定程度斟酌できる」と弁護側の主張を一部認めた。
また、殺意については「そうすれば女の子が死ぬと承知の上で、生まれたばかりの女の子の全身にブランケットを固く巻き付けて放置しており、殺意は強固なものであったといえる」と検察側の主張を支持した。
女に懲役5年の判決が下った。
女は、不服はないとして控訴を断念し、刑が確定した。
命を絶たれた女の子は事件後、女によって名前を授けられ、女立ち合いの元、火葬が執り行われた。
参照元∶Yahoo!ニュース