生き残ることが“成功”か 「かせぐ」に挑む小さな町の改革と住民のリアル

西川町の外観を撮影した写真

1984メートルの霊峰・月山のふもと、山形県西川町。

雪深い地域で、気象庁の観測地点こそないものの、県の観測地点がたびたび全国最高値を超えることから「隠れ積雪日本一」をうたう。

春のコゴミやタラノメ、夏のワラビやネマガリタケなど山菜の豊富さでも知られ、素朴な田園風景が広がる、人口わずか4571人(10月1日現在)の小さな自治体だ。

民間有識者でつくる「人口戦略会議」が今年4月、全国の市区町村の約43%にあたる744自治体が「消滅する可能性がある」との報告書を発表しているが、住民の2人に1人が高齢者の西川町も当然のように「消滅可能性自治体」に位置付けられている。

しかし、そんな山あいの小さな自治体が今、若き町長の下で「かせぐ」をキーワードに改革を進め、全国から注目を集めている。

東北の消滅可能性自治体にいったい何が起きているのか?

未来を模索する小さな町の改革と住民のリアルに迫った。

西川町役場に着くと、「利他(りた)」と毛筆で書かれたA3ほどの大きさの張り紙が目に飛び込んでくる。

自分を犠牲にして、他人のために尽くすことを意味する言葉だ。

その力強い筆の主はこの町のトップ、元官僚の菅野大志町長(46)。

この町で生まれ育った菅野町長は、大学卒業後、財務省東北財務局、金融庁などに在籍した。

町長になる直前は内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議の事務局にいたが、地元を活気づけたいと2年前、町長選に出馬。

新人同士の一騎打ちを制し、町長に就任すると、官僚時代などに培ったノウハウと人脈を生かして、「かせぐ」をキーワードに積極的に町の改革に乗り出した。

非代替性トークン(NFT)を使ったデジタル住民票を売り出したり、AIを活用した謎解きゲームを東京の会社と一緒に手がけたりするなど、デジタル技術を活用した関係人口の増加策に取り組みも少なくない。

とはいえ、何かをやるためには財源が必要だ。

そこで、西川町では財源確保のために職員たちも「かせぐ」に取り組む。

国や県の補助金を調べ、戦略的にその獲得を目指したり、行政財産を売却したりするのだ。

そんな西川町役場では、1階ロビーで定期的に行われる恒例行事がある。

「1億円ほど増額で申請してましたが、見事採択になりました!」

「1億! こっちはなんぼ? 4000万!」

活気のある報告を聞きながら、菅野町長は車座に集まった職員の中央で、ホワイトボードに張られた数十に及ぶ補助金案件の名札に、ピンク色の花をつけ職員をねぎらっていく。

さながら、選挙の花付け、あるいは営業成績優秀者の功績を称えるかのような光景。

こうやって、役場が国に申請した補助金の獲得結果を職員同士で確認するのだが、圧倒的な熱量にけおされるほどだ。

24年度には役場内に「かせぐ課」も新設。

さらなる資金調達に余念がない。

国は地方の生産性を高めることなどを目的に、デジタル化を推進している。

全国自治体でも「書かない窓口」などをキャッチフレーズに申請の電子化が進んでいる。

「かせぐ」ためにデジタル技術を積極的に活用している西川町も同様の取り組みをしているが、それを役場内だけにとどめていないのが特徴で、町内約1700世帯にタブレット端末を配布した。

その理由について、同町企画財政課の黒田宜雄課長補佐は「デジタルを使って、だれ一人取り残さない仕組みを作りたい。防災情報の配信や町民と町をつなぐ機能もあるので配布した」と語る。

町内で1人暮らしをしている女性(82)は「1人暮らしは不安といえば不安。タブレットが身近にあれば安心だと思う」と話していた。

ちなみにタブレットの配布には2億円の費用がかかったが、国のデジタル田園都市国家構想交付金と企業版ふるさと納税でまかない、住民の負担はゼロに抑えたという。

なお、町の当初予算は、23年度の66億5800万円から今年度は過去最大の約74億7800万円に大幅増加しているが、一方で基金の取崩額は前年度の5億9767万円から3億2234万円に半減させている。これは徹底した国の補助金獲得が実を結んだ結果と言えるだろう。

山あいの小さな町で次々と新しい取り組みを進める菅野町長の行政手腕に対する外からの評価は高い。

一方で、西川町の人々はどう評価しているのだろうか。

町民に話を聞いてみた。

町が実施する“対話会”に頻繁に参加しているという70代の男性は「いろいろなことを結び付けるノウハウを持ってらっしゃるので、すごく頼もしく思う」と語る。

一方で、会合にはほとんど参加したことがないという80代の男性は「いまの町長ダメだ。ちょっと、ワンマンすぎて。町民はものすごく反感を持っている。おかしい所に全部お金を使って。ダメだ」とバッサリ。

住民の評価は割れているようだ。

実際に、タブレット配布前の今年1月、町が実施した物価高騰対策を巡って異論が噴出したこともあった。

町はスマートフォンを利用した電子決済サービスを活用。

電子決済の金額に応じて最大30%・6万円分のポイントを還元する仕組みで、町外の買い物客も対象とした。

県外資本の大手量販店もこのキャンペーンに参加した。

ポイント還元のことを知って新潟県から訪れたという買い物客に、この量販店の中の様子を聞いてみると、「すごい混んでいた。棚が空っぽの所もあった。普段はそんなことを目にしたことはない」と話していた。

高齢者や地元商店の関係者は、小さな町では表立った反対の声は上げにくい。

そんな中、匿名を条件に取材に応じてくれた住民たちは憤りの声をあげていた。

町内会役員の70代男性は 「ポイントをもらうためにスマホを買うかと考えても、毎月の使用料や端末料金など結構なお金を払わないといけないので『ポイントどころではない』とあきらめた人が多いと思う」と話した。

また、60代の主婦は「私たちの町は高齢化率が山形県内で一番高く、スマートフォンを持っている高齢者は少ないと思う。もどかしい。こんなに小さな商店街で、あそこ(大手量販店)だけ一極集中というのはあってはならないと思う」と語った。

大手量販店の他に、コンビニエンスストア、地元大手のガソリンスタンドなど、チェーン店・フランチャイズ店などが利用額の多くを占め、地元商店の関係者からは「恩恵は限定的だった」との声も漏れ聞こえた。

異論が噴出した1回目の物価高騰対策から約8か月後の9月。

町は2度目の対策を講じた。

今回は町民に限定し、世帯単位で5000円分のデジタルクーポンを配布。

原資の一部には、町役場の職員たちが「かせいだ」交付金が充てられている。

クーポンは、スマートフォンのほか、町配布のタブレットでも利用できるようにした。

高齢の町民は今回のクーポンを利用できているのだろうか。

実態を取材するため、行商トラックで生鮮食品や加工品を販売している「まるみつ食品」の古沢健也さん(63)に同行した。

古沢さんは行商をしていた父やおじの背を見て、19歳からこの仕事に就いたという。

今年で44年になる。

車同士がやっとすれ違うことができるような細い町道を通り抜け、常連客の家の前で車を止めて販売開始する。

客の多くは高齢者、昔なじみの住民ばかりだ。

初めてデジタルクーポンを使うという60代の男性が、自前のスマートフォンを持ってやってきた。

最初に、町から配布されたIDとパスワードを入力してログインする必要があるが、アルファベットの大文字の打ち方が分からないという。

古沢さんもタブレットであれば入力方法が分かるのだが、スマートフォンになると、機種ごとに操作方法が異なるため少し勝手が違うようだ。

60代男性「間違ってる? もう一回最初から入れるか」

古沢さん「こういう風になるのよー」

結局、男性がクーポンを利用できるようになるまで10分近くの時間がかかった。

また別の場所でも、やはり初めて電子クーポンを使うという高齢者の女性がやってきて、タブレットを古沢さんに渡した。

すると、古沢さんは「5000円入れるね。5000円分買わなくても、5000円分もらったことにして」と話しながら、入金額をノートに書き写す。

次回はタブレットなしでもクーポンが使えるよう、柔軟に対応しているのだという。

古沢さんと住民の信頼関係があればこその商売だ。

電子クーポンの使い勝手について、一人暮らしだという80代の高齢男性にたずねてみると、「使えない。タブレットで表示できない」と困惑していた。

古沢さんによると、高齢者の中には訪問介護のスタッフに商品の購入を依頼するケースもあるという。

一方、町も電子クーポンの利用期間中は職員がトラブルに駆けつける対応を取ったり、店側に使い方を周知したりした。

その結果、デジタルに不慣れな住民も多い中にあって、その利用率は95%を超えた。

町によると、3年前に紙の商品券を町内の個人に対して配布した時に比べ、7ポイントほど上回る利用率だという。

菅野町長も高い利用率に手応えを感じているようで、「デジタルクーポンは今回、かなり使われたので、それがなぜなのかというところを、データだけでなく、対話を通じて検証していきたい」と振り返った。

消滅可能性自治体が消滅を回避するために最も必要なのは生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)の増加だ。

西川町が「かせぐ」ことに力をいれるのは、その最終的な目的に加え、町立病院やインフラの維持にあるいっていいだろう。

しかし、今、西川町に住んでいる人たちは「かせぐ」恩恵を受けているのだろうか?

秋めいてきた10月、町内の空き店舗に多くの高齢者が集まっていた。

ここは住民同士の交流を目的に開設された施設「いきいきサロン さらぬま」。

施設を運営する黒田益幸さん(76)は、3代続いた日用品店を今年5月に閉め、町の補助を得てサロンに改修した。

サロン内にはお茶のみスペースの他、カラオケや卓球台、囲碁、将棋、全自動麻雀卓も設置されている。

集まった住民の志向に合わせて、娯楽を楽しめる充実ぶりだ。

黒田さんは 「80、90歳で店をやめても何もできないので、元気なうちにやりたいという思いがあった」とサロンに改修した理由を語った。

実は、西川町は23年度、サウナ、NFT事業などの収益を活用し、高齢者の福祉活動の促進や町立病院の健全経営の維持などに必要な資金にあてるための「西川町高齢者支援等かせぐ基金」を設置。

サロンへの補助はここから出ている。

今年度は同様の複数の交流施設に対し、合わせて500万円を補助。

「かせぐ」は未来の西川町のためだけでなく、当然、現在の西川町の住民のためでもあるのだ。

菅野町長は語る。

「『何かヒントがあるぞ』『こうやっていけばいいんだ』と他が参考にできるような町になれたらいいと思う。そのために、いろいろなことにチャレンジして、私たちは“成功”しなければいけない」

生き残ることが“成功”なのか。

町民は何を望むのか。

70代の町内会長の男性は 「人口が倍になれば幸せというわけではないと思うので、これまで暮らしてきた町民も幸せを感じられるような町づくりも必要かなと思う」と話す。

全国で半数近い自治体が今、瀬戸際に立たされている。

少なくなる一方の生産年齢人口を消滅可能性自治体同士で奪い合っていても、財政的に疲弊する一方で、根本的な問題は解決されない。

「かせぐ」にこだわる西川町の取り組みが、住民の「幸せ」につながるのかどうか。

今後も注目していきたい。

参照元:Yahoo!ニュース