相次ぐ危険運転への訴因変更 交通事故遺族らの切実な訴えに揺らぐ司法判断

危険運転している人をイメージした画像

ここ最近、「過失」から「危険運転致死罪」への訴因変更が相次いで報じられている。

いずれも、検察の当初の判断がくつがえったわけだが、そこに至るまでには、遺族らによる署名活動や上申書提出など、筆舌に尽くしがたい苦労があった。

これから裁判所の判断が下される死亡事案をまとめた。

大分地検は22年7月、いったん過失致死罪で在宅起訴。

(中略)危険運転罪適用を求める署名提出を遺族から受けた後、地裁に訴因変更を請求し認められた。

おそらく、多恵子さんが行動を起こさなければ、すでに刑事裁判は「過失」で判決が下され、終わっていただろう。

家族3人が死亡した事故で、前橋地裁は15日、過失運転致死傷で起訴された被告について、法定刑の重い危険運転致死傷への訴因変更を許可した。

エキスパートの補足・見解
ここで取り上げた3つの死亡事案は、いずれも加害者が道路交通法を守らず、飲酒運転や大幅なスピードオーバーなど、ルールを無視したうえで引き起こした悪質なものばかり。

大分では、加害者が一般道で法定速度の3倍を上回る時速194キロを出して対向右折車と衝突し、被害者が死亡した。

被害者はシートベルトがちぎれるほどの衝撃を受け、車外放出されている。

宇都宮の事案も同じく、一般道で時速162キロという超高速で走行中の車が前方のバイクに追突し、被害者は亡くなっている。

伊勢崎では中央分離帯に激突して対向車線に飛び出したトラックに衝突され、自車線を走行中の乗用車に乗っていた家族3人が死亡。

加害者は乗務前のアルコール検査を終えてから、飲酒していたことがわかっている。

このような悪質な行為が「過失」と判断されたことを受け入れられなかった遺族らは、署名活動を展開するなどして懸命に訴えてきた。

特に大分と宇都宮のケースでは、一連のアクションがなければ、それぞれの裁判は当初の罪名のまま進んでいたかもしれない。

悲嘆の中にいる遺族が、なぜここまで動かなければならないのだろうか。

司法の判断は被害者遺族の訴えに左右されてよいのだろうか。

そもそも、捜査とは何のためにあるのだろうか……。

取材を続けながら大きな疑問を感じている。

参照元:Yahoo!ニュース