妊産婦医療の不平等、米大統領選で黒人女性の声は届くか

フランシスカ・ショーさんは、2015年に第3子を出産する際、シアトルのワシントン大学医療センターに緊急帝王切開のために搬送されたとき、何かがおかしいと感じたという。
「手術が始まろうというとき、医師に『息ができない』と言ったのを覚えている」とショーさんは言う。
「そうしたら医師は、『大丈夫、できるでしょ』と答えた」
帝王切開中にショーさんは多量の出血を伴う子宮破裂を起こした。
ロイターが閲覧した医療記録によれば、子宮摘出が必要になり、心停止状態に陥った。
ショーさんは出産後3週間入院したと記録されている。
ワシントン大学医療センターは、プライバシー保護に関する連邦法を理由にショーさんの症例についてはコメントを控えるとしつつ、患者に対するあらゆる治療において「高い質と公平性を確保することに努めている」と述べている。
人権活動家らは、妊娠・出産に伴う合併症や死亡の比率が高い、またある種のがんの罹患率が高いなど、黒人女性に影響を与えている妊産婦医療の不平等に関する啓発のために、11月5日の選挙を活用しようと努めている。
民主党のカマラ・ハリス候補は、人工妊娠中絶の権利を公約の柱に据えている。
選挙遊説の中でも、中絶が制限されているジョージア州で若い黒人の母親2人が死亡した責任は共和党のドナルド・トランプ候補にあると批判した。
世論調査では、黒人女性にとっての優先課題のトップにインフレ対策と経済が挙げられているが、ロイターが取材した10の活動団体は、構造的な医療の不平等という問題を軸に有色人種の女性を結集したいと述べている。
この取り組みは、30年にわたる「リプロダクティブ・ジャスティス(性と生殖に関する社会正義)」運動の一環だ。
その関心の範囲は中絶の権利だけに限定されないが、2022年に米連邦最高裁判所が中絶を憲法上の権利と認める判例を覆したことは女性たちを刺激している。
現在43歳のショーさんは、ジョージア州アトランタで有資格の「ドゥーラ」、つまり医療には携わらないが出産時に妊婦を支援する専門家として働いている。
あるインタビューで、投票にあたっては妊産婦医療への関心が決定的要素になると語った。
「黒人の妊産婦・生殖医療をきちんと話題にしてくれる候補者でなければ、わざわざ投票しようとは思えない」とショーさんは言う。
米国の女性人口全体のうち黒人女性の比率は13%だが、2021年の数字では、中絶件数では全体の41.5%を占めている。
また米国の黒人女性の場合、妊娠出産にあたってのリスクも高めになっている。
米疾病対策センター(CDC)によれば、妊娠関連の原因による黒人女性の死亡率は、白人女性の3倍だ。
人口の31%を黒人が占めるジョージア州は、妊産婦死亡率が全米で8番目に高い。
妊産婦・新生児死亡の予防に取り組む非営利組織「マーチ・オブ・ダイムズ」の2023年の報告書によれば、州内の女性の16%近くが、病院での出産のために30分以上も移動しなければならない。
全米では、これだけの移動を要する女性は10%に満たない。
CDCと医療専門家は、こうした差が生じる原因として、循環器系疾患や高血圧といった慢性症状の他に、構造的な人種差別、医療従事者が抱く暗黙の偏見、そして質の高い医療に対するアクセスの欠如があると考えている。
ジョンズ・ホプキンス大学のリーア・ライト・リギュア教授(歴史学)は、中絶が制限されているせいで、黒人女性が妊娠障害や、中絶薬服用による合併症を発症した場合に緊急治療を受けることがさらに困難になっていると指摘する。
「黒人の妊産婦医療の状況は、過去2年半のあいだに格段に危険になってしまった」とリギュア教授は言う。
リプロダクティブ・ジャスティスを掲げる8団体による全米連合組織「イン・アワー・オウン・ボイス(私たち自身の声で)」は、この3月以降、選挙の激戦州などで、中絶や妊産婦医療の利用に関するネット広告やビルボード広告、ダイレクトメールに200万ドルを投じてきたという。
また、中絶に関する投票法案にも取り組んできた。
11月5日には複数の州で中絶に関する住民投票も行われる。
レジナ・デイビスモス代表は、同団体は100万人以上の有権者に投票を呼びかけていると話している。
特に力を入れるのは、若者やLGBTQコミュニティー、投票意欲の低い有権者だという。
これによって、新規の有権者登録がどれくらいの数に上ったかは同代表は明らかにしていない。
ハリス候補は民主党の大統領候補になった7月以降、バイデン現大統領よりも中絶の問題に力を入れている。
中絶の利用を成文化する連邦法の制定を議会に呼びかけ、上院で可決するために必要な特別多数を求める規則を廃止するよう求めた。
「前候補は、ここまで積極的ではなかった」とデイビスモス代表は言う。
ハリス陣営では、9月の「生殖の自由」バスツアーや、ミシガン州で行われたハリス候補の妹マヤ・ハリス氏との対談において、黒人女性の妊産婦死亡率の高さを取り上げた。
19日には、医療従事者、著名人らと並び、ニケマ・ウィリアムズ連邦下院議員が、ハリス候補の選挙運動やアトランタのジョージア州民主党とともにあるイベントに参加し、黒人女性の妊産婦医療や中絶の禁止に関して議論した。
ハリス陣営は、黒人女性の妊産婦医療に関する具体的な政策を問う質問には回答していない。
だがハリス候補は上院議員時代、母親を対象とした分娩前・分娩後の医療アクセスの拡大を目的とする13の施策をまとめた2020年マムニバス法の共同提案者になっている。
また黒人女性により多く見られる子宮筋腫に関する研究予算も支持していた。
さらにバイデン政権は昨年、妊産婦医療の改善、健康的な食品と適切な住居へのアクセス拡大、助産師・看護師資格取得者の多様性向上に向けた学資ローンや奨学金の拠出に対して、4億7000万ドルの予算を配分した。
ハリス陣営の上級顧問を務めるケイシャ・ランス・ボトムス元アトランタ市長は、「黒人女性の妊産婦医療を優先課題とした副大統領がハリス氏外に誰かいるかというと、非常に疑問だ」と語っている。
トランプ候補は今回の選挙戦において、中絶の権利を覆した最高裁判所判事たちを任命したことを自らの功績に挙げている。
トランプ候補は、地元フロリダ州における妊娠6週間以降の中絶の禁止を覆し中絶の権利を州憲法に盛り込むことを問う住民投票法案について支持を表明したが、その後撤回した。
トランプ陣営のジャニヤ・トーマス広報担当者はある声明で、「(トランプ氏は)常に黒人の母親の健康と安全を優先課題としてきた」と述べている。
トーマス氏は、有色人種を中心とする妊産婦死亡の原因を調査するための医療専門家・政府医療当局者による検証委員会の設置に向けて、5年間で6000万ドルの予算を配分する法律にトランプ氏が2018年に署名した例を挙げている。
もっとも一部の専門家は、中絶の権利と妊産婦の死亡率に関して、ハリス候補も2つの異なる有権者層のバランスをとるという課題に直面していると考えている。
ジョージア州黒人共和党委員会で理事を務めるジョイス・ドレイトン博士は、共和党の黒人女性の多くは、中絶には反対しつつも、黒人の母親が味わう現実の改善に向けてハリス候補がもっと踏み込んだコメントをすれば歓迎するだろう、と話している。
ドレイトン博士は、ジョージア州の農村地域における周産期医療の改善については、「超党派で取り組むことにまったく何の問題もない」と語る。
激戦州であるジョージア州は2022年7月に妊娠6週間以降の中絶を禁止しており、黒人女性の妊産婦死亡率の問題が、中絶の権利の問題と絡み合っている。
ジョージア州最高裁は今月、妊娠約6週より後のほぼ全ての人工妊娠中絶を禁止する州法を差し止めた下級審の判決を巡り、州政府による上訴を審理する間、効力を復活させる判断を示した。
9月、米調査報道機関のプロパブリカは、黒人の母親2人、アンバー・サーマンさんとキャンディ・ミラーさんの死亡を報じた。
2人は中絶薬の服用に伴う合併症を起こしたが、その治療を拒否されていた。
ハリス候補は数日後にアトランタで行われた選挙集会で2人の死に触れ、病院で中絶後の治療を受けるのに20時間も待たされることがなければ、サーマンさんは生きてこの場にいただろう、と述べた。
避妊、中絶、ジェンダー支援医療その他のサービスを提供するアトランタ郊外の診療所「フェミニスト女性医療センター」に所属するナオミ・デスタベルさんと同僚たちは、この春以来、週末になると美術や音楽、LGBTQ関連のフェスティバルの会場で有権者登録の呼びかけを行ってきた。
教会とも提携している。
デスタベルさんは、ジョージア州における黒人女性の妊産婦医療やリプロダクティブ・ジャスティスについて有権者の関心は高まっているとして、「とても熱意が感じられる」と語った。
参照元∶REUTERS(ロイター)