欧州諸国、ロシア関与の破壊工作が急増 対応が急務

SNSをチェックしている人

ロシア語を話す26歳のエストニア人を自称するバレリ・イワノフ氏は7月10日、欧州諸国の市民に自国での破壊工作を呼びかける通信アプリ「テレグラム」のアカウントにメッセージを送信した。

複数の親ロシア系SNSで宣伝されていたアカウントだ。

イワノフ氏は送信からわずか数分後に、素性を明かさないリクルーター役と接触した。

リクルーター役は軍事基地でのスパイ活動や車両への放火、殺人などさまざまな破壊工作に最大1万ドル相当の仮想通貨を支払うと約束。

さらに人里離れた森の中で火炎瓶をテストしてその様子をビデオ撮影し、映像を送るよう要求し、こうした指示に従えば初回分の報酬を支払い、次の指示を与えると説明した。

実はイワノフ氏は、非政府組織(NGO)「組織犯罪・汚職報道プロジェクト」の報道チームのメンバーだった。

西側当局者によると欧州諸国では今年初めから、ロシアから資金提供を受けた工作員が関わっているとされる破壊工作が急増。

工場や重要なインフラに対する侵入や放火が起きたほか、さらにはドイツ最大の軍需企業のトップを狙った暗殺計画まで明らかになった。

警戒を求める声は強まるばかりだが、当局はまだ一貫した対応を模索している段階だ。

欧州の情報機関によると、破壊工作の誘いに乗った人の数は昨年以降で数十人かそれ以上に達しており、その多くは前科者だという。

ブリンケン米国務長官は4月にウィーンで開催された北大西洋条約機構(NATO)外相会議で、ほぼ全ての加盟国で破壊工作や妨害活動が報告されており、ロシアが2022年にウクライナへ全面的に侵攻して以来、動きが急に激しくなっていると危機感を示した。

専門家はロシアによるこうした働きかけについて、欧州諸国の政府に対する信頼を損なうとともに、欧州の対ウクライナ軍事支援を妨げ、ロシア政府の影響力と徹底した姿勢を示すことが目的だと見ている。

また、将来のより広範な紛争を視野に、西側の結束の弱体化を意図しているのではないかとの指摘もある。

米シンクタンク、アトランティック・カウンシルの上級研究員であるエリザベス・ブラウ氏は「一般市民に、攻撃に弱く、不安だという感覚を抱かせることを狙っているのは明白だ」と述べた。

ドイツの対外情報機関、連邦情報局(BND)のブルーノ・カール長官は14日、ロシアがハイブリッド戦争や隠密な手段を使用する意欲がこれまでにないほど高まっており、「NATOとの直接的な軍事対立もロシア政府にとって選択肢となっている」と警告。

プーチン大統領は今後も対立をエスカレートさせると予測し、今後数年以内にロシア軍が欧州全域に対する攻撃に備える可能性が高いと見ている。

バーンズ米中央情報局(CIA)長官やムーア英秘密情報局(MI6)長官なども相次いでロシアが欧州で破壊工作活動を活発化させていることに危惧を表明した。

ロシアはこうした指摘を否定している。

西側当局者によると、ロシアは以前からサイバー攻撃や情報戦を駆使して敵国を混乱させ、脅しをかけていた。

しかし欧州のNATO加盟国で現在展開されている物理的な攻撃は過去の事例をはるかに上回っており、対策の強化を求める声が高まっている。

フィンランド政府で国家安全保障とハイブリッド脅威に関する上級顧問を務めるエーロ・キトマー氏は「こうした工作活動で人命が失われた場合には戦略的なコミュニケーションを強化し、影響の深刻さを明確にすべきだ」と主張。

欧州諸国はこうした攻撃に関する情報については機密指定を解除し、一般市民がロシアの戦術や手法について理解が深まるような手立てを検討すべきだと提案している。

欧州当局者によると、最近ではフィンランドとスウェーデンの水処理施設に何者かが侵入したほか、ドイツの水処理施設でもフェンスに穴が開けられているのが見つかった。

ドイツでは発火物が仕掛けかれた小包が見つかり、そのうちの一つがDHLの物流センターで発火した。

英バーミンガムのDHL物流施設で発生した火災も同じような装置が原因で、当局がロシアとの関連を調査中との報道もある。

さらに米CNNテレビは7月に、ロシアがドイツ防衛関連大手ラインメタルのパッペルガー最高経営責任者(CEO)の暗殺を計画したと報じた。

同社はウクライナに砲弾や車両などの軍事物資を供給している。

他にもリトアニアのIKEA店舗や、ソ連統治下の歴史を伝えるラトビアの占領博物館などが標的になったほか、未確認のドローンがドイツの原子力発電所上空を飛行したり、ストックホルムの主要空港が一時閉鎖される事態も起きている。

エストニア、ポーランド、ラトビア、リトアニア、英国などで、ロシアの支援を受けたとされる破壊工作などの容疑者が逮捕されているが、詳細はほとんど公開されていない。

対応策としてウクライナへの支援強化や、より的を絞った制裁などが案として浮上しているが、関係者は首謀者の特定は困難だと認めている。

いずれにせよ、今年は昨年に比べてロシアの活動が増加傾向にあるのは明らかだと関係者は指摘する。

ヘイグ英元外相は先週のロンドン・タイムズ紙でロシアの破壊工作について、ロシアと中国が率いる独裁国家陣営が西側陣営の信頼や結束を損なうことを狙って展開する広範な「認知戦」の一部だと論じた。

認知戦とは偽情報によって敵の判断を誤らせる戦略だ。

ロシアと中国はこれまでのようなサイバー攻撃も続けている。

またNATOの東側に位置するポーランドとリトアニアでは、ベラルーシから国境を越えようとする移民の数が今年に入って2万6000人以上、先月だけでも2500人に達するなど、増加の一途をたどっている。

ポーランドのトゥスク首相はベラルーシとロシアが移民を送りつけていると主張している。

一方、フィンランドはロシアの国境の監視体制強化により、ロシアから流入していた移民の大規模な動きは抑制されたようだ。

西側当局はロシアのスパイを特定する能力が向上しているとも主張している。

さらにはSNS業界でも、8月にテレグラム創業者のパベル・ドゥーロフCEOが、テレグラムを利用した犯罪を放置した容疑で逮捕されるなど、一定の進展が見られる。

しかし専門家の多くは、ロシアによる破壊工作活動は今後も続くと見ている。

アトランティック・カウンシルのブラウ氏は「彼らが恥知らずで、非難されても発覚しても気にしていないことは明らかだ」と述べた。

ロシア政府とその同盟国の利益にかなう限り、こうした妨害活動は続き、市民や企業、国家が大きな被害を受けるリスクは高まるという。

参照元:REUTERS(ロイター)