メンタルクリニックは増えているのに なぜ予約困難? オンライン診療が活路になるか 

メンタルクリニックに通院している人

SNSを見ると「メンクリ予約取れない」「初診予約の電話かけたらまさかの2カ月先」といったつぶやきが目に入る。

「メンクリ」はメンタルクリニック(精神科クリニック)のこと。

精神科クリニックの数は増えているのに、なぜこのようなことが起こるのか。

対処する方法はあるのか。

メンタルクリニックの初診予約に苦労したことのある人と、初診に力を入れている医師、オンラインに解決の可能性を見いだしている医師に話を聞いた。 

首都圏在住の会社員の女性、加藤哲子さん(仮名、40代)は、コロナ禍中、仕事のストレスで不眠に悩まされるようになった。

「布団に入っても神経が高ぶって眠れず、嫌なことばかり思い出してしまうんです。仕事で怒られて悔しいような情けないような気持ちでいっぱいになってしまって……。ちょっとした音にも敏感になり、入眠してもすぐに起きてしまう。そしてそのまま眠れずに朝を迎える感じでした」

こうした状況が1カ月半から2カ月くらい続いた後、「このままではまずい」と思い、精神科クリニックを受診することにした。

駅前にある精神科クリニックを予約しようとしたが、初診の空きがなく、取れたのは1カ月後。

「初診を待つ間は本当にどうしたらよいかわからず、あと何週間、あと何日……と、カレンダーを見ながら指折り数えて待っていました」

待ちに待った初診の日。

「当時、転職したばかりで新しい職場に慣れておらず、ミスを連発していたんです。そのたびにいろいろ言われて。物覚えが悪すぎるのではないかと、自分を責めていました。仕事に慣れるにつれて不眠や不安の症状は治まっていきましたが、初診を待つ間は本当に苦しかったです。入社して間もないため有休も使えず、具合が悪くても会社に行くしかありません。『このままではクビになるのではないか』と不安でたまらなかったし、まだ社内で仲のいい人もおらず、孤独感も強かったです」

医師の診察を受けると「うつではないが、その一歩手前」と言われ、睡眠薬を処方された。

近ごろ、加藤さんのように「メンタルクリニックにかかりたいが、初診の予約が取れない」という声がSNSで目につく。

「初診予約の電話かけたらまさかの2カ月先」「メンクリどこ電話しても初診受け付け不可」といった具合だ。

精神科クリニックは「メンタルクリニック」や「こころのクリニック」という看板を掲げるところが多い。

心療内科を併設したり、カウンセラーが勤務していたりするところもある。

発熱や腹痛で病院にかかる場合、予約が1カ月先になることは考えづらい。

それがこころの不調だと1カ月も2カ月も待つケースが出るのはなぜなのか。

「メンタルクリニックを受診したときの経験を聞かせてほしい」とSNSで呼びかけたところ、6人が名乗りを上げてくれた。

そのうちの一人、都内に住む林和也さん(仮名、30代)は、今年に入ってから激しい倦怠感と睡眠リズムの狂いで心身の調子を崩し、受診を考えるようになった。

「不眠と気分の落ち込みがひどくて、動けるときと動けないときとの差が激しく、予定が遂行できない。そんな自分を責めるという悪循環です」

クリニックを探して実際に受診するまで、2カ月を費やした。

「通いやすく、初診予約がスムーズに取れそうなクリニックがよかったのですが、なかなか見つかりませんでした。すぐ予約が取れそうなところはGoogleのレビューが低いところばかり。レビューを鵜呑みにするべきではないと思いますが、怖くて行く気がしませんでした」

そんななか、自宅の近くに新しいメンタルクリニックがオープンした。

問い合わせたところ、すぐに初診の日時が決まった。

診断の結果、躁状態とうつ状態を繰り返す双極性障害と診断され、現在は退職して療養を続けている。

「近くに新しいところができて、運がよかったと思っています。調子が悪いときにクリニックを探して電話して断られて……という作業は本当に心が折れるので」

患者の肌感覚とは裏腹に、メンタルクリニックの数は増えている。

厚生労働省の「医療施設調査」によれば、2020年時点で全国の精神科クリニックの数は7223件。

1993年の2644件と比べると2.7倍に増加している。

また、心療内科は5063件ある。

一方、厚労省の「患者調査」によれば、精神科で治療を受ける患者の数は2017年で419.3万人。

2002年は258.4万人だった。

特に目立つのは外来患者の増加だ。

内訳を見ると、入院患者が34.5万人から30.2万人に減っている一方、外来患者が223.9万人から389.1万人に増えている。

外来患者を疾患別に見ると、顕著に増えているのは、「気分[感情]障害(躁うつ病を含む)」だ。

2002年には68.5万人だったのが、2017年には124.6万人に増加した。

「神経症性障害,ストレス関連障害及び身体表現性障害」も、49.4万人から82.8万人に増えた。

精神科医で、都内のクリニックで臨床に従事しながら、放送大学などで教鞭をとる石丸昌彦さん(67)に、「初診の予約が取れない」という患者さんの声があることをぶつけてみると、「私の勤めるクリニックでは1カ月以上先まで初診の枠が取れないことはまずない」としつつ、こう分析する。

「外来患者の増加は、精神医療が身近になって、受診のハードルが下がったことが一因と言えるかもしれません。精神科クリニックの数は増えているのに初診予約が取れないということは、相対的に医師とクリニックが不足しているということでしょう。地域格差もありそうです。都市部に比べて、地方では精神科クリニックの数が圧倒的に少ないですから」

クリニックの経営者がどのような方針を採るかも関わってくる。

石丸さんは週1日、外来診療にあたっており、初診の患者には30分以上を費やすが、「自分一人だったらそうはいかないかもしれない」と話す。

「精神科の初診は時間がかかるので、最低でも30分、可能なら1時間はとりたいところですが、一人の患者さんに長く時間をとると、診察できる人数が少なくなって、時間内にすべての患者さんを診ることができません。私が比較的時間のかかる患者さんをじっくり診られるのは、同時に診療しているほかの先生がたがたくさんの患者さんを効率よく診察してくれるからです」

実際に、初診受け付けを抑制するクリニックもある。

オンライン診療中心のメンタルクリニックを開業した精神科医の椿佳那子さん(38)は、勤務医時代、初診の予約を断らざるをえない状況を経験した。

「大学病院から地域のクリニックへ派遣されていたのですが、どんなに良心的なクリニックでも8時間で30~40人を診なくてはなりませんでした。相当なハードワークです。私の派遣先は飛び入りの初診の患者さんも受け入れていましたが、やむを得ずお断りしなければならないこともありました。いつでもすぐ診てもらえることは、患者さんにとっては望ましいと思いますが、医師の犠牲の上に成り立っていると言わざるをえません」

患者側の事情や内心を、取材に協力してくれた人たちに詳しく聞いていくと、クリニックの予約が取れなくて焦る気持ちの裏側には、数字上の需給バランスだけでなく、「ミスマッチ」の問題があることが見えてくる。

前出の林さんは、診断に違和感を感じているという。

「向精神薬を処方されましたが、一向に良くなっている気配がありませんでした。別の薬も試しましたが、良くなるどころか、むしろ悪化しているような感じすらしています。自分は本当に双極性障害なのだろうか……と疑う気持ちも出てきています」

それでも同じクリニックに通っているのは、また病院を探すのが大変であることに加え、「自立支援医療制度」を利用しているためだ。

自立支援医療制度は、心身の障害を除去・軽減するため、医療費の自己負担額を軽減する制度だ。

所得や重症度などに応じて自己負担額が軽くなる。

現在は無職の林さんにとってはありがたい制度だ。

利用するには主治医に書いてもらった書類を自治体に提出する必要があり、制度の適用を受けるのはその書類を作成した医療機関に限られる。

医療機関を変えたい場合は、変更の申請をしなければならない。

「結局、どんな医師と出会えるかは運によるところが大きいと思いました」

林さんを含め話を聞いた6人全員が、診断に疑問を持った、薬が合わなかった、医師の診察がおざなりに感じたなど、大なり小なりクリニックに不満を持った経験があった。

だからといって、転院して自分に合う医師を探すとなると、「初診の予約が取れない」苦しさを繰り返すことになってしまう。

また、林さんのように制度とリンクしている場合もあり、簡単にはいかない。

このような診断のミスマッチは起きるものなのだろうか。

石丸医師はこう話す。

「精神医療の分野でも、各学会が治療ガイドラインを出し、それに沿った治療が行われているため、一昔前よりは標準化されています。よほどひどい医師に当たらなければ、治療方針が根本的におかしいということは少ないでしょう。ただ、治療は患者と医者の共同作業なので、薬や医師との相性は治り方に関わります」

その理由は、向精神薬の特徴に関係する。

向精神薬とは、主に脳の中枢神経に作用して、精神機能に影響を及ぼす薬の総称だ。

抗うつ薬や抗不安薬、睡眠導入剤などがそれに当たる。

「向精神薬の効き方は個人差が大きいのが特徴ですが、特に副作用の出方に顕著です。薬の効き方にはプラセボ効果があることが知られていますが、特に不安を抑える薬や不眠の治療薬の場合、処方に納得して気持ちよく薬を飲んだ場合と、医師に不満を持ちながら飲んだ場合では、効き方が違ってくることがありえます」

石丸さんは、「初診の予約が取れない」という問題に対応するには、病院の役割分担などのように仕組みを変えることが有効かもしれない、と話す。

「うつなどで希死念慮を抱えていて、危険性が切迫している人もいます。例えば、救急的に初診の患者さんを優先的に受け入れ、症状に合った医療機関を紹介していく初診専門の病院があってもいいのでは、と思います」

さらに、どうすれば「いい」クリニックを見つけられるかという問題については、「それが一番難しい問題」としつつもこうアドバイスする。

「自分でクリニックを探すことが難しい場合は、地域の保健所や役所、精神保健福祉センターに問い合わせてみる方法もあります。特に、統合失調症のように治療に長い時間がかかる病気の場合に有効で、治療だけでなく生活支援の相談も受けてもらえます」

「オンライン診療」に問題解決の可能性を見いだしているのが、前出の椿さんだ。

椿さんが院長を務めるクリニックは、初診・再診ともにオンライン診療可能としている。

椿さんはこう話す。

「2022年に、カナダの大学に留学しました。カナダではコロナ禍に自殺者数が減っていたことを知り、衝撃を受けました。日本では、2020年は2016~2019 年に比べ自殺者が増加しています。因果関係はまだ明らかになっていませんが、カナダの自殺者数減少には、オンライン診療の普及が関係あるのではないかと考えています。カナダは国土が広いため、都市部以外に住む人にも医療を届けるために、精神科に限らずオンライン診療が普及した経緯があります。オンライン診療なら、立地にこだわらずに開業でき、患者も通いやすいところに絞って選ぶ必要がなくなるので選択肢も広がる。初診予約が取れない問題をはじめ、地域格差の解消や通院の負担軽減などの問題の解消につながるのではないでしょうか」

日本でオンライン専門のクリニックはほとんど普及していない。

「大きな理由の一つに、診療報酬が低いことがあります。本当に安くて、対面の3分の1から4分の1程度。なぜか国は、オンライン診療は対面診療の補助的なものであるとしていて、専門で診療することを想定していないのです」

椿さんが大きな課題だと考えているのが、「現在日本で主流になっているオンライン診療のシステムでは、毎回同じ医師(主治医)に診てもらうことが難しい」という点だ。

「対面より診療報酬が低いので、オンライン診療は精神科医の主な収入源とされていません。ギグワークのようなかたちで空いている時間に入るので、患者さんが受診したいタイミングで前回と同じ医師にかかれるわけではありません。カルテは引き継がれますが、医師が変わってしまうとカルテに残していく情報にも偏りが出て、どんどん情報が抜け落ちていってしまいます。患者さんからも同じ人に診てもらいたいというニーズがあります」

もちろん、オンライン診療ではできないこともある。

「例えば、血液検査が必要な薬の処方や、すぐに何かしらの処置が必要な重篤な患者さんの治療です。そのような患者さんには、他の対面クリニックや救急の病院を紹介しています」

このように、オンライン診療は対面とまったく同じではない。

しかし、椿さんは精神医療へのアクセスを改善する効果を期待する。

「主治医制のオンライン診療の普及によって、今つらいのに初診予約が取れなかったり、近くにクリニックがなくて通えなかったりした人が、精神医療にアクセスしやすくなってほしいと思います。『今の自分の状態が知りたい』『不安な気持ちを聞いてほしい』などのちょっとした相談事であっても、誰もが気軽に精神科を利用できるようになってもらいたいですね」

石丸さんも椿さんも、「自分が精神科クリニックにかかるべきかわからなくてもいい」「漠然とした悩みや不安の相談だけでも精神科を利用して構わない」と言う。自分の心に余裕があるうちに主治医を見つけておくことが、「今、つらい」を乗り越える鍵になるかもしれない。

参照元:Yahoo!ニュース