処理水放出きっかけに混乱したホタテ市場、体力削られる加工業者「これほどの影響は想定外」

ホタテ貝を撮影した写真

去年8月、東京電力は福島第一原発にたまるALPS処理水(汚染水から殆どの放射性物質を取り除いたもの)を、海水で大幅に薄めて海に放出する「処理水の海洋放出」を始めた。

これまでに7度の放出が終わり、今月には8度目の放出が行われている。

放出当初は、中国が禁輸措置に踏み切ったことによって、国内では福島県の水産物を応援しようという動きが瞬く間に広がった。

一方で、禁輸の影響は“県外”の漁業者に色濃く表れるようになる。

実は、その影響のあおりを、放出から1年経った今も受け続けている企業がある。

「これほどの影響は想定外だった…ただ、ほとんど知られていない」と肩を落とすのは水産加工会社の経営者だ。

その被害は時間が経つにつれ見えにくくなり、企業の体力を削り続けている。

福島第一原発の処理水海洋放出から1年が経とうとしている2023年8月24日午後1時すぎに東京電力・福島第一原発で処理水の海洋放出が始まった。

多くの福島県民や漁業関係者が「風評被害の再燃」を不安に感じていたが、国内ではこれまでにない「福島を応援する輪」が広がりを見せた。

福島県沖で漁獲された“常磐もの”をふるさと納税の返礼品にしている福島県いわき市では、2023年度の寄付額が過去最高額になった。

一方中国は、「処理水は汚染水」という姿勢を崩さず、処理水の海洋放出直後に日本の水産物の輸入禁止措置に踏み切った。

福島県も多少なりとも影響はあったものの、日本の水産物の最大の輸出先である中国がとったこの措置で、特に県外の漁業者は大きな影響を被ることになってしまった。

とりわけ、中国向け輸出品の半分以上を占めているホタテを扱う漁業者や加工業者にとって、大きな打撃となった。

「ホタテの注文が止まってしまった…」

ホタテの名産地である北海道や三陸沖では、行き場を失ったホタテが山積みされ、輸出先の転換が急務となった。

国内では、ホタテの消費拡大や支援策が打ち出されたものの、中国の輸出量にかなうはずもなく、2023年秋ごろには東京電力が北海道や宮城県で損害賠償に関する説明会を開くようになり、賠償の受付を行っている。

処理水の海洋放出から1年。

これまでのところ、周辺の海域や水産物に問題のある値は出ておらず、放出計画も順調に進んでいるなか、風評被害の影響を受けた「県外の漁業」の現在地はどうなっているのか。

世界三大漁場とも呼ばれる「三陸・金華山沖」を抱える宮城県石巻市にある石巻漁港は、日の出と同時にたくさんの船が行き交い、活気に包まれている。

「思った以上に風評被害は感じないという形ですね。売る努力をされているということで魚もそれなりに値段を付けて買ってもらっているからありがたい」。

放出からしばらくは魚の価格が下落するなどの影響はあったというが、放出から1年が経ちそれほど大きな影響はないという。

一方で、それはほんの一握りの魚種を扱う漁業者に限ったことだとある漁師は話す。

「業種によっては被害を受けているところもある…」

スタッフが手際よくホタテの貝殻をむいている石巻漁港から東に3キロ離れると、ノリやカキ、アサリなどの養殖が盛んな入江「万石浦」が広がる。

その万石浦を臨むところに、水産加工業で海外への輸出を手掛ける「ヤマナカ」がある。

東日本大震災による津波の被害を乗り越えて、いまも海辺で営業を続けている。

「ホタテは我々加工の屋台骨を支える大切な商品です」

十数人のスタッフが地元で水揚げされたホタテの貝殻を手際よくむいている加工場でそう話してくれたのは社長の千葉賢也さん。

ヤマナカは、ホタテはもちろん、カキやホヤの冷凍品や加工品を、世界13か国に輸出している。

ヤマナカはこれまで、処理水をめぐって翻弄されてきた。

2021年に菅政権が海への放出方針を決定すると、当時まとまっていた香港との取引が白紙になったという。

もし処理水が放出されれば、取引先の国々との関係も悪化し、影響はさらに広がりかねない。

そんな状況にもかかわらず、前任の社長は当時、福島第一原発の廃炉に理解を示し、福島が置かれた現状に寄り添うとしていた。

今もなお、これが福島の復興につながると信じている。

ただ、放出によっておかれた企業の状況は深刻だという。

「簡単に言ってしまえばホタテの相場が下がってしまった。これは想定外だったし、一般の人は知らないだろう…」。

中国の輸入禁止措置の影響で、一大産地である北海道のホタテが行き場を失ったが、国の需要喚起策や輸出先の転換が図られたことで、中国をのぞく国内外の市場で流通が促進されるようになった。

ただ、その反動でホタテの相場は3割近く下落。

ヤマナカもそれに引きずられるように、「不良在庫にするくらいならば…」と現在も単価を下げてホタテの販売を強いられている。

現状では、これまでの機会損失や逸失利益は全く取り戻せていない。

こうした影響をうけて、ヤマナカも東京電力に対して賠償の請求に向けた手続きを始めたというが、1年を迎えようとしても一向に話が進んでいないと千葉社長は眉をひそめる。

確かにヤマナカは、中国の禁輸措置による「直接の被害者」ではないかもしれないが、処理水の放出をきっかけに混乱した市場によって影響をうけた企業であることは確かだ。

ただ、東京電力が示す賠償の基準と照らし合わせれば、ヤマナカがその対象かどうか際どい状況におかれている。

「我々加工業は、相場観に左右されるんです。ホタテの流通業者であるのに、一方の地域の漁業関係者には風評被害がある、一方の地域の漁業関係者には風評被害がないとなれば、その差はいったいどんなところにあるんだろうと思ってしまう。」

ヤマナカは月に1度、東京電力の担当者と賠償に向けた話し合いを進めているが実現には至っていない。

中小企業にとって、売り上げが減っているにもかかわらず、賠償開始までの時間が長くなるというのは、企業の存立にかかわる致命的な問題だ。

「賠償がある、ないの判断1つで大きく会社のかじ取りが変わってしまう。どのように対応していただけるのか、本当に早く姿勢を示して欲しい。」

こうした問題に対して、東京電力に問い合わせたところ、処理水の海洋放出に伴う風評被害の賠償請求のうち「大半が外国政府による輸入停止措置等に関する被害である」と回答があった。

輸出先としては中国・香港、対象品目ではホタテ・ナマコに関してのものが多いという状況で、これまでに180件あわせて約320億円の賠償を行ったという。

東京電力は賠償の基準を示し、個別のケースも含めこれまで対応しているが、市場の原理は複雑だ。

とりわけ中国がもたらした市場での混乱は大きい。

賠償の基準を満たさずとも処理水の放出がきっかけで影響を受けたとなれば、賠償の在り方や国の支援も含め柔軟に対応しなければ、賠償の基準から漏れた企業や漁業者は立ち行かなくなる恐れがある。

処理水の放出によって福島の水産物は、全国各地のたくさんの人から応援をしてもらい、支えてもらい、大きな風評被害が生じることなく歩むことができた。

一方で、県外に目を向けてみると、中国の禁輸措置などの影響を色濃く受けている漁業関係者がたくさんいる。

そのうえ賠償の在り方をめぐって、生産者と水産加工業の分断を生みかねない、複雑な様相を呈そうとしている。

影響が表面化しづらい福島県外の水産加工業が置かれた「見えない風評被害」。この現状も多くの人が知るべきことではないだろうか。

参照元∶Yahoo!ニュース