下半身不随となったアイドル「猪狩ともか」がSNSの誹謗中傷を“ブロック”しない理由 「(相手に)いい思いをしてほしくない」

電動車椅子に乗っている人

2018年の事故で両下肢完全まひと診断された、アイドルグループ「仮面女子」の猪狩ともかさん(32)は、これまでSNSで多くの誹謗中傷を受けてきた。

今年7月中旬にもXで「歩ける疑惑」「ビジネス下半身不随」など信じがたい中傷を受けたが、それに毅然と対応し自らの思いを発信した。

なぜ猪狩さんは誹謗中傷に“立ち向かう”のか。

どうやって心の平穏を保っているのか。

猪狩さんに「心のうち」を聞いた。

7月12日、猪狩さんは、「心は女性」とする男が女装して女湯に入り逮捕されたというニュースについて、「心が女性なら何故〝男性器のついた人が女湯に入ってくる恐怖〟を理解できないの…?」とXに投稿した。

これに対して、あるユーザーから「それはビジネス下半身不随の人が本当に車椅子でしか生活できない人の気持ちわからないのと同じじゃない?」という信じられないコメントがつけられた。

人の尊厳を傷つける完全な誹謗中傷だが、猪狩さんはこう“反論”した。

「車椅子に座ってること以外は普通の見た目の身体だから、『本当は脚動くのかも』と思う人がいても仕方ないとは思ってる。動いたらどれだけ嬉しいか…!!『有名になりたくてわざと事故に遭った』と言われたこともあるけど、何かと引き換えに車椅子に乗らないといけない生活なんて絶対したくないです」

心ない誹謗中傷をしてくる他人など無視すればいい。

相手をブロックして見えなくすればいい。

そう考える人も多いはずだが、なぜ猪狩さんは相手に自分の考えを発信しようとするのか。

猪狩さんはこう話す。

「負けず嫌いっていう性格もあると思いますが、単純に悔しいじゃないですか。私がバカにされているというより、私のことを支えてくれる周りの人や障害があってもアイドルになりたい人をバカにされているような気がしたんです。その人をブロックして、見たくないものを排除するのもひとつの選択肢だとは思います。でも裏を返せば、相手には自分が“排除された側”に映るかもしれない。学校でのイジメもそうですが、イジメられた側が転校したりするのはおかしいですよね。誹謗中傷した側が『いい思い』をしてほしくないですし、そういうことは許せないんです」

猪狩さんは、2018年4月に強風で倒れてきた看板の下敷きになり脊髄を損傷。

「両下肢完全まひ」となり、以降は車いす生活となった。

現場となった道路は常設の劇場に向かう最短ルートで、通い慣れた道だったという。

「事故当時と比べるとあの日のことを考えることは減りましたけど、それでもたまに思い出します。あと1本遅い電車に乗っていたら……、あの道を1分遅く歩いていたら……と。あの時間が少しでもずれていたら、という考えはふとした瞬間に出てしまいますね。ただ、もっと怖いのは、もし1人だったらどうなっていたかということ。私の場合は、お昼の時間帯だったし、人通りの多い道だったからすぐに助けてもらえましたが、もし事故が夜に人目につかないところで起きていたら、亡くなっていたかもしれない。それを想像しただけで鳥肌が立ちます」

事故の後は懸命にリハビリに励んだ猪狩さん。

芸能界復帰は厳しいと思われていたが、周囲からの支えもあり、事故から4か月半後、車いすのアイドルとして「仮面女子」に復帰した。

だが、猪狩さんは、事故から2年後のインタビューで「車いすアイドル」と呼ばれることに違和感があったと語っていた。

「車いすアイドルって『車いすが売りのアイドル』っていう風に聞こえるじゃないですか。私はそれが嫌だったんです。別に“売り”にしたくて車いすに乗っているわけではないのにって。だから最初のほうは(メディアに)『直してください』と言っていました(笑)。今でも違和感は消えてはいないんですが、別にいいかなと思うようにしました。車いすに乗っているアイドルが珍しいから、みんなそう呼んでいるんだろうなと考えるようにしています」

そうした世の中の“偏った視点”は、猪狩さんをどんどん苦しめていく。

車いすでアイドルとしての活動を再開させるとともに、SNSなどで心ない言葉を浴びせられることが多くなっていった。

「事故直後は『頑張れ』って応援してくれる声が大半だったんですが、アイドルに復帰してだんだんと表に出る機会が増えるにつれて、誹謗中傷というか、きつい言葉をSNSで見ることが多くなりました。もちろん、アイドルという表に出る職業なのである程度の批判は覚悟していたんですが、『アイドルに復帰するだけでこんなに言われるのか……』と思いましたね。特に『わざと事故にあったんだろ』とか『有名になれたんだから事故にあってよかったじゃん』みたいなことを書かれると、今でも思い出して怒りがこみ上げてきます。今は誹謗中傷を見つけたら、見つけた瞬間にマネジャーかスタッフさんに見せるようにしています。こんなの来ましたって(笑)。一人でみてもいいことないですからね」

前述の「ビジネス下半身不随」以外にも、「歩ける疑惑」など猪狩さんを傷つけるのが目的と思われる投稿は一定数ある。

7月16日、あるXのユーザーは猪狩さんが西武のユニホームを着ている写真を引用し、

「下半身不随の肩(ママ)の足は、びっくりするほど細いので、それらと比較して健常者の足に見えてしまっている。『実は歩ける』疑惑の出発点」と投稿した。

それに対して猪狩さんは「日々のリハビリの成果だと思います」ときっぱりと反論。

医師からも「脚に筋肉がついたね」と言われるといい、「健常者の脚に見える」は褒め言葉として受け取る、と大人の対応もみせた。

SNSでひどい中傷をされようと、猪狩さんはこれからも発信を続けていくと話す。

「障害がある人になぜひどいこと言えるかというと、たぶん障害がある人と深く関わる機会がなかったからだと思うんですよ。だから、障害と付き合って生きていかなければいけない方たちは、私は少し開き直って他の人に頼ってもいいと思うんです。車いす押してくれませんかでもいいし、何か持ってほしい、でもいいと思います。自分のSOSをしっかりと発信していくことも大事だと思うんです」

そして最後にこんなエピソードを話してくれた。

「この前、娘さんが同じように下半身が不自由で車いすで生活しているという男性に声をかけられ、『娘がとても応援していて、猪狩さんのことを目標に頑張っています』と言われたんです。こういう言葉が、私が頑張れる原動力になっています」

誹謗中傷から逃げず、発信を続ける猪狩さんの姿は、同じ社会で生きる誰かの“原動力”にもなっているだろう。

参照元:Yahoo!ニュース