「チョコを限りなく薄く、均一に」モナカのパリパリの限界に挑む森永製菓「ジャンボ職人・57歳」愛と執念の約20年

チョコモナカを撮影した写真

なぜ、森永製菓の「チョコモナカジャンボ」はアイス市場のトップを走り続けているのか。

約20年にわたりモナカのパリパリを追求し続け、“ジャンボ職人”の異名をもつエキスパート研究員の渡辺裕之さんは「『ジャンボ』の改良にゴールはない。常に品質を磨き続けている」という――。

ヒット商品はなぜ、ヒット商品であり続けるのか。

そこには語られないドラマがある。

誰もが知るアイスの、誰も知らないドラマである。

年間出荷数は、およそ2億個。

日本アイス市場の王者に君臨するのが、森永製菓の「チョコモナカジャンボ(通称:ジャンボ)」だ。

20年にわたりトップクラスを走り続け、ここ3年連続も不動の1位。

2位以下の競合とは全国シェアで0.5〜1.2%程の差があり(1)、「ジャイアントコーン アソート」(江崎グリコ)、「エッセル スーパーカップ 超バニラ」(明治)と強者揃いのなかで鎬(しのぎ)を削る。前年比106.1%増(2024年度)というアイスの市場規模(2)は、猛暑に負けず劣らず熱いのだ。

そんな“アイス王ジャンボ”が2023年、大幅にリニューアルされ、今年2月にさらに改良されたという。

さっそく神奈川・鶴見にある同社研究所に行くと、あの手この手の試行錯誤がそこにはあった。

「ジャンボが長年大事にしているのが、“パリパリ”感です」

目を細めて語るのは、2002年からジャンボの開発に携わる渡辺裕之さん(57歳)。

技術者の眼差しだ。

“ジャンボ職人”と呼ばれ、約20年にわたり改良を主導してきたエキスパート研究員である。

「出来立てのような味わいを届けたい、モナカのパリパリ感をもっと高めたい。ゴールはありません。なにしろそれは、一人ひとりの食感ですから」

袋から取り出し、モナカの山を手にパリパリッと折る。

噛んで口に入れると、ほろ苦いチョコレートとほんのり甘いバニラアイス、そしてモナカの絶妙な風味が広がる。

独特な味わいに、思わず毎日食べてしまう人も少なくない。

その愛され方を数字にすれば、2023年のリニューアルで前年比110%増の売れ行きとなり、約2000万個も販売数が増えたという。

いったい何が起きたのか。

決め手は、新しいパッケージに書かれていた。

「チョコの壁」だ。

だが、ただの壁ではなさそうだ。

それを知るには、ジャンボの歴史をひもとく必要があるだろう。

時は1970年代。

モナカの冷菓は1950年代から作っていたが、ジャンボの前身となる「チョコモナカ」の発売は1972年。

ある工夫が大きな差別化を生み出したという。

渡辺さんは振り返る。

「自分たちの強みがカギでした。森永製菓はチョコレートを得意としていますから、モナカの内側にチョコをスプレーで吹きつけてコーティングした。これにより、チョコの味わいが楽しめるだけでなく、水分がモナカに移ってしまうのを抑えられ、モナカの食感を楽しめることも意識したと聞いています」

そして1995年、ジャンボはその名にふさわしい変貌を遂げる。

中にドンと構える、板チョコ状の“パリパリチョコ”。

サイズもひと回り大きくなり、商品名は「チョコモナカジャンボ」へと進化した。

まるで板チョコがそのまま入っているかのような食感――だが、実は違う。

このチョコは、上から降る“雨”でできている。

モナカの内側にスプレーされたチョコレートが、バニラクリームの上に静かに降り積もり、そのまま冷えて固まり、一枚の板のような層を形成する。

最後に、センターチョコのないモナカが上に乗り、完成。

じつに7層もの構造をもつジャンボという名の小さな芸術品なのだ。

「転機は、2002年でした」

渡辺さんの声が弾んだ。

「産業用スプレーの構造を研究して、新たなチョコスプレー装置を作りました。パリパリ感を左右するのは、チョコの塗り方ひとつ。何よりもまず、それを安定させる必要があったのです」

パリパリを守るための内側のチョコスプレーは、隙間なく均一に塗布するのが難しい。

チョコを厚くすればパリパリは保てるが、ジャンボのこだわりは、味のバランス。

チョコが多くなり過ぎないよう、薄く塗るチョコスプレーにこだわった。

そこで彼らは、限界に挑む。

薄く、そして均一にチョコを吹き付けるという、職人技ともいうべきスプレー精度を追い求めたのだ。

さらに、もうひとつの革新が2011年に訪れる。

「モナカの形を変えたんです。見た目にこだわらず、スプレーしやすく、パリパリの境地に最適な形状を考えました」

商品はただの“形”ではない。

作り手の意図がそこに織り込まれている。

しかも常に品質を改良し続けている。

これを森永製菓では、「活性化」と呼ぶ。

ヒットで終わらせず、進化させるのが社内の「お約束」なのだ。

時代のトレンドに対応するだけでなく、「いかにパリパリにするか」という飽くなき一手にジャンボの開発陣が繰り返し挑んできたゆえんでもある。

「たとえば、チョコにしてもクリームにしても、配合を変えれば、必ず変化が起きる」と渡辺さんは言う。

「最新ジャンボのコーティングチョコは11代目、センターチョコは17代目、モナカは8代目になるんです」。

笑顔の奥には、“理想のパリパリ”への苦節の日々がある。

「データ上の数字で配合がうまくいっても、商品で再現できなければ意味がない。工程でのテストがどうしても必要でした」

しかし、工場はフル稼働。

そのラインを止めるわけにはいかない。

そこで彼らはなんと、研究所に“ミニプラント”を造る。

テストのためだけに、ジャンボ専用の製造ラインを模した小規模設備を――。

そこまでやるのか。

「とにかく社員みなが愛しているんですよ、ジャンボという商品を」

単なるアイスではない。

年月の積み重ねは、そのまま挑戦のロードとなる。

「どうやったらもっとパリパリになるか必死に考えていると、ジャンボへの自分の愛情もどんどん深まっていくんです」と、渡辺さんは続けた。

販売面でも、ジャンボは“異端”だった。

アイス業界では、冬の間に作り貯め、夏に一気に出荷するのが一般的だ。

だが、ジャンボは違う。

鮮度を重視し、なんと製造から5日以内を目標に出荷しているのだ。

まるで鮮魚のような鮮度管理である。

「最善の状態で届けたい。出来立てのジャンボは、本当にパリパリですから」

営業は、大量発注を避け、取引先には「その日に売る分だけの発注」を頼む。

物流は、AIで気象情報や地域ごとの需要を読み取り、店頭管理にも協力を要請する。

これが、競合他社も絶句するという「鮮度マーケティング」だ。

ジャンボの舞台裏には、そんな執念があった。

2000年代半ばには、ついにアイス市場で日本一の座についたジャンボ。

だがその時、大きな喜びはなかったという。

なぜなのか。

「もちろん嬉しかったですが、パリパリを究める道でのギフトといった感じでしょうか。順位に執着すると、プレッシャーになりかねません。“活性化”があくまでも本道です」

そして2018年。

会社は大きな方針を打ち出す。

「ハイチュウ」「ゼリー」、そして「ジャンボ」。

この3ブランドに資源をより集中させ、三大主力商品の技術革新を一気に押し進めた。

ジャンボのテーマは、もちろん“さらなるパリパリ”。

その時、渡辺さんが挑んだミッションは、小さな“隙間”だった。

「上と下のモナカが合う部分に、どうしても隙間ができるんです。そこからアイスの水分が漏れて、袋の中でモナカが湿気てしまう。そこで、チョコによる“壁”を作り、上下のモナカの接合部を埋めてしまおうと考えました」

たかが隙間。

されど隙間。

小さなアイスのモナカの、ほんのわずかな隙間を埋めること。

これがパリパリ感を一段と押し上げ、売り上げまで押し上げることになるのだが、それは容易ではなかった。

じつにここから、5年にわたる戦いが始まるのである。

参照元:Yahoo!ニュース