『アスリート盗撮』の行方 スポーツ基本法改正の影響は 選手が苦しめられた「法の不備」埋まるのか

アスリートをイメージした写真

暴力、ハラスメント、性的な言動、ネットの誹謗中傷について、国や地方公共団体が「必要な措置を講じなければならない」とした改正スポーツ基本法が6月13日、成立した。

この改正で期待されるのが、これまで問題視されてきたアスリートへの誹謗中傷や盗撮への対策強化だ。

2023年、刑法改正による「撮影罪」が施行されても、競技中のアスリートの撮影は規制の対象とならなかった。

刑事責任を問えないため、過去には民事裁判で争われることもあった。

2024年には女子プロレス団体が、選手の股間や臀部をズームした写真をSNSに投稿されたとして、観客を相手に裁判を起こした。

今年2月に100万円の支払いを命じる“勝訴的和解”で決着したが、問題が生じてから2年の月日を要したことから、団体側は「法の不備」を訴える。

スポーツ基本法の改正は、どこまでアスリート盗撮の問題に対応できるのか。実際に選手の相談に応じてきた弁護士は「適切に立件していくことが求められていく」と指摘する。

女子プロレス団体「ワールド女子プロレス・ディアナ」では、2023年ころから選手の股間や尻など性的な部位にズームした写真がSNS上に投稿されるようになった。

別の女子プロレス団体を「出禁」にされて、来場するようになった観客の男性が投稿者であろうと目星はついていたが、声をかけて注意することはためらわれた。

必ずしも撮影者と投稿者が同じという確証はなく、相手から名誉毀損を主張されるリスクもあったからだ。

団体には女子中学生も在籍している。

不適切な画像がSNSに投稿されていることを不健全と捉えた多くのファンから、団体にクレームが届くようになった。

これまで観客の良識に委ねていたが、観戦中の撮影・投稿ルールをつくらざるを得なくなった。

問題の画像を投稿していたTwitter(現X)のアカウントに対して、団体側がDMで注意すると、法律違反ではないのに削除を強要されるいわれはないなどとして、いくつかの写真は消さなかった(のちにアカウントが凍結されて写真も消えた)。

団体は投稿者を開示請求で特定し、営業権と選手の人格権が侵害されたとして、対策にかかった費用など約800万円の損害賠償請求を求めて東京地裁に提訴。

訴訟のなかで被告の男性は撮影と投稿の事実は認めたが、ズームしていないなどと反論。

弁護士ドットコムニュースの取材に「これは、えん罪です」と答えた(※)。

(※和解の内容には、男性が口外しないとの約束がされている。男性が取材に対応することについては団体側に話を通している)

被告の男性は、ショーとしての側面があるプロレス競技の選手は、露出の多い衣装で派手なパフォーマンスをしていることなどから「試合中の迫力を写真に収めるためには、選手たちの股間や臀部を収めた全身を撮影することが必要不可欠」と主張。

原告になった女子選手と、裁判に協力した若い選手は訴訟のなかで、強い不快感を示した。

「初めて気付いたとき、率直に言ってとても気持ち悪いと思いました」

「盗撮のようなものではないかと思いました」

陳述書には、カメラが気になって集中できずケガをすることへの不安のほか、学校の友達に知られたくないといった思いもつづられた。

選手側は、このように、ショーであって派手な衣装を着ているから「性的な写真の撮影や投稿は仕方がない」とする意見があることについても、キッパリ反論した。

「試合中の写真を撮られることと、性的な部分を強調する写真を撮られることは全く意味が違います。私はそのような写真を撮られたり、ましてSNSで公表されることなど全く望んでいません。このことは撮影者側でも少し考えればわかることだと思います」(ある選手の陳述書)

2023年に始まった「撮影罪」(性的姿態等撮影罪)では、競技中のアスリートの性的な部位を着衣の上から撮影する行為は対象とならない。

和解成立を受けた会見で、ディアナ側は「法律が追いついていない。もう少し法律が踏み込んでくれるとよいと思います」とうったえていた。

未成年が民事裁判で原告になろうとする場合、現実的には保護者の協力が必要になる。

団体は、このような問題が放置され続けると、親が子どものスポーツ参加に反対するきっかけになりうると指摘した。

YouTubeの女性選手の動画を集めたチャンネル。

女性選手の臀部を強調したサムネイルばかり使われていた。

これまで、女子陸上などの競技では、選手が望まない性的なまなざしを受けることがあった。

YouTubeには、トラック競技の若い女子選手だけを取り上げたチャンネルが数多く存在する。

そのような動画が異常な視聴回数になる現状がある。

また、女子に限らず、ときには男子の選手の動画にも卑猥なコメントがつくこともある。

ディアナの事案では、問題が生じてから解決までに2年もの月日がかかっている。

高校1年生なら高校3年生になる。

「法律に違反していない」という主張は、彼らの競技活動に優先されるものだろうか。

2024年には福岡県でアスリートの盗撮を「性暴力」と定めた条例ができたが、罰則はない。

このたび成立した改正スポーツ基本法もまた、「アスリート盗撮」に直接的な罰則をもうけものではない。

これまで苦しんできたアスリートたちは、どんなことを期待してよいのか。

日本学生陸上競技連合の常務理事で「アスリート盗撮」にくわしい工藤洋治弁護士に聞いた。

——アスリートの盗撮問題への対応の観点から、今回のスポーツ基本法改正をどのように評価しますか。

今回の改正法(改正後の第29条)は、暴力と並ぶものとして、パワハラ、性的な言動、インターネット上の誹謗中傷等を列記し、これらが暴力と同様に「スポーツを行う者の環境」を害する行為であるという認識を明確に示している点が、大きな前進です。

加えて、「性的な言動」については、盗撮罪による処罰対象となる行為を「含む」という言い方がされており、それに限られないこと、すなわち盗撮罪による処罰対象行為「以外」も含まれうるという認識が前提になっている点も重要です。

一方で、改正法は、国及び地方公共団体の措置義務とスポーツ団体の努力義務を規定するにとどまり、上記行為者に対する直接的な制裁の定めがない点が、今後の課題です。

2023年の盗撮罪の成立に際しては、衆・参議院それぞれの附帯決議において、アスリート盗撮の規制について検討を行う旨が明記されました。

今回のスポーツ基本法の改正も踏まえて、「規制」について更なる検討が進むことを期待されます。

——今後は、改正法は、既存の「撮影罪」や都道府県の迷惑防止条例の運用・解釈に、具体的にどのような影響を与えると予想されますか。たとえば、これまで判断が難しかった競技中の「ユニフォーム姿」の撮影が、悪質なケースでは「撮影罪」に問われやすくなる、といった変化は期待できるでしょうか。

今回の改正法により、既存の法律や条例の「解釈」に直ちに影響が及ぶかというと、それは難しい面があると思われます。だからこそ、新たな「規制」についての検討が望まれます。

一方で、「運用」における変化は期待できます。

現状の法律や条例でも、アスリート盗撮やSNSでの誹謗中傷のうち処罰対象とできる事象は多くありますから、それらを適切に立件することは、まさに今回の改正法が国及び地方公共団体に対して求める「必要な措置」のひとつであると考えます。

ディアナ側の代理人として法的措置を取った小沢一仁弁護士も、改正法には一定の期待を寄せる。

「前向きにとらえれば、法律の根拠に基づいて、性的な姿が撮られないように競技会場での注意喚起などの対策が実行されることに期待したいです」

ただ、アスリート盗撮問題の「特効薬」にはなりえないとも指摘する。

「改正法では、スポーツをする人の環境が害されることのないよう、必要な措置を講じなければならないとされていますが、必要な措置とは注意喚起などのアナウンスくらいしか考えにくい。カメラやスマホの持ち込みを禁じたりすることは簡単ではないと思います。改正法の条文には、盗撮であればすべてダメとは書かれていません。今回、法的措置をとったなかで感じたのは、カメラを構えている人が選手の性的な容姿を撮影しているかどうかは外から確認ができないということでした。盗撮したらダメとアナウンスすることはできても、撮られることは防ぎようがないと感じます」

小沢弁護士は、撮影を防ぐことはなかなか難しくても、より実効力をもって対応しなければいけないのは、人の目に見える「ネットやSNSの投稿」だと考えている。

「実際に撮影されてネットやSNSに公開されてしまったときに、選手個人が法的措置の対応をすることは大変な苦労があります。今回は選手の所属団体であるディアナも訴訟の当事者として選手を支援しました。選手本人が表立って法的措置を進めると、批判の対象になってさらなる中傷や性加害が生じることも考えられます。必要な証拠集めや撮影した客の情報提供なども受けられる仕組み、本人たちになりかわって法的措置をすすめる団体などがあると、当事者の負担が減少されるのではないでしょうか」

参照元:Yahoo!ニュース