有害コンテンツ監視員、求められるトラウマ保護策

オンライン上の画像などのコンテンツを審査し、有害なものを削除するコンテンツモデレーターが団結し、心理的な悪影響への支援体制を強化するよう発注元のIT大手に働きかけている。
勤務地はフィリピンやトルコなど幅広い。
米メタ・プラットフォームズや中国系動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」などのIT大手から委託されたコンテンツモデレーターは、心理的悪影響による食欲不振や不安心理、自殺願望などのさまざまな健康上の問題を報告している。
フィリピン人のコンテンツモデレーターは「かつては7時間寝ていた」ものの、現在の仕事の影響で「今は4時間程度しか眠れない」と打ち明けた。
コンテンツモデレーターは発注元のITプラットフォーム運営企業や雇用主との秘密保持契約によってかん口令を敷かれており、チェックしているコンテンツの正確な詳細について話すことを許されていない。
しかし、トムソン・ロイター財団の取材に応じたモデレーターたちは、一例として過激派組織「イスラム国」(IS)によって生きたまま焼かれる人々や、パレスチナ自治区ガザで亡くなる赤ちゃん、260人が犠牲になった6月のエア・インディア墜落事故の悲惨な写真などを流す動画を挙げた。
コンテンツのチェックを外部に委託することが多いIT企業は、精神的負担に対処することを求める圧力に直面している。
フェイスブックやワッツアップ、インスタグラムを抱えるメタは、ケニアとガーナで労働者の権利を巡って既に訴訟を起こされている。
2020年には長期にわたる精神衛生上の問題を抱えた米国のコンテンツモデレーターらに総額5200万ドルの和解金を支払った。
今年4月にはコンテンツモデレーターでつくる国際的な労働組合連合がケニアの首都ナイロビで発足。
「21世紀の危険な仕事」と批判するコンテンツモデレーターの保護策を確立するよう求めている。
IT企業に対して手始めに要求したのは、サプライチェーン(供給網)の中でコンテンツモデレーターが有害コンテンツにさらされる限度を定めることや、トラウマ耐性の訓練などのメンタルヘルスの保護策を受け入れてもらうことだった。
フィリピン人労働者は「彼ら(IT大手)はコンテンツモデレーターがインターネットを守り、子どもたちのオンラインでの安全性を守っていると言っている」ものの、「私たちは十分に守られていない」と不満を漏らした。
世界では数万人ものコンテンツモデレーターが、有害なコンテンツを削除するためにソーシャルメディア(SNS)を1日に最大10時間かけてスクロールしている。
カナダに本社を置く通信技術企業、テラスを通じて雇用されたトルコでのティックトックのコンテンツモデレーター、ベルフィン・シリン・トゥンクさんはトムソン・ロイター財団とのビデオ通話で、「生々しいコンテンツのせいで悪い夢を見たり、喫煙本数が増えたり、集中力がなくなったりしている」と打ち明けた。
仕事の一環で最初に有害なコンテンツを見た時、職場を出て帰宅しなければならなかったと語った。
中には心理的な支援プログラムを提供している雇用主もあるが、労働者に数を数えたり、呼吸法を練習したりするように助言するなど見せかけのものでしかないとの指摘もある。
数分間の「健康のための休憩」を取ることを奨励される職場もあるが、本当に休憩を取れるかは別問題だ。
トゥンクさんは「もしもコンピューター画面の前に戻らなければ、チームリーダーからどこにいるのかと尋ねられ、(未確認の)動画が増えていると言うだろう」と話した。
テラスとメタはトムソン・ロイター財団に電子メールで送った声明で、従業員の福利厚生が最優先事項であり、従業員は24時間365日の医療支援を受けられるべきだと訴えた。
コンテンツモデレーターは暴力的な動画の増加を目の当たりにしている。
メタの2025年第1・四半期の報告書によると、同社が「表現の自由 」の取り組みのためにコンテンツ管理の指針を変更後、フェイスブック上で暴力的なコンテンツの投稿が増加した。
しかし、テラスは苦痛を与えるようなコンテンツは審査内容全体の5%未満だと回答した。
コンテンツモデレーターへのプレッシャーに拍車をかけているのは、IT大手が人工知能(AI)を活用した審査にシフトしているため職を失うのではないかという懸念だ。
度が過ぎたコンテンツを取り締まるために数十億ドルを投資し、世界中で数千人ものコンテンツモデレーターを雇ってきたメタは、トランプ氏が昨年11月の米大統領選で当選したのを受け、今年1月に米国でファクトチェックを廃止した。
メタは4月にテラスとの契約を解消し、スペイン・バルセロナで雇用されていた約2000人の労働者が職を失った。
メタの広報担当者は、同社はバルセロナで手がけていた業務を他の複数の拠点に移したと説明した。
トルコでは今年、労働組合を結成して抗議行動に参加した労働者15人が解雇され、テラスに対して訴えを起こした。
トゥンクさんは「私はテラスから解雇されるのを待っている状態だ」とし、「なぜならばテラスは私たちの労組の仲間を解雇したからだ」と話した。
テラスの広報担当者は電子メールで、同社が「労働者の団結権を尊重する」とコメントした。
トルコ労働・社会保障省の5月の報告によると、テラスは解雇は業績に基づいており、労組に関連した契約打ち切りではないと主張した。
労働・社会保障省はコメント要請にすぐには応じなかった。
低所得国のコンテンツモデレーターは、労働組合連合が定めた8つの保護策に企業が署名して受け入れれば、低賃金や生産性を巡るプレッシャー、不十分なメンタルヘルス支援を改善できると指摘する。
これらには、有害なコンテンツに接する時間の制限、現実的なノルマの設定、24時間365日のカウンセリングに加え、一定の生活を維持できる賃金の支給とメンタルヘルス研修、労働組合に加入する権利などが含まれる。
テラスは既に要求を順守しているとし、メタは企業が現場に必要な支援を提供しているかどうかをチェックするための監査を実施していると主張した。
労働専門家は、欧州連合(EU)のデジタルサービス法(DSA)、AI法、IT企業に労働者へのリスクへの対処を求めるサプライチェーン規制といった新たな規則はコンテンツモデレーターの権利を守るためのより強力な法的根拠を与えるとの見解を示している。
トゥンクさんは「世界で悪いことが起きている。誰かがこの仕事をして、SNSを守らなければならない」とした上で、「より良い条件になれば、より良い仕事ができる。人間らしく感じることができれば、人間らしく働くことができるようになる」と強調した。
参照元:REUTERS(ロイター)