わずか4分で1億円を突破! 飲めるのは「20年後」なのに、なぜキリンのウイスキーは“即完”したのか

スーパーやコンビニなどでウイスキーを購入する際、消費者はどこを見て選んでいるのだろうか。
「から揚げには、やっぱハイボールだよね」と迷わずカゴに入れる人もいれば、「12年」「18年」といった年数を重視する人もいれば、「スモーキー」「バニラ」など味にこだわる人もいる。
味・年代・原料を重視する人が多い中で、ちょっと変わった商品が登場した。
その名は「人生を共に生きるウイスキー」(11万円)。
キリンビールが応援購入サービス「Makuake」に出品したところ、目標金額の1億円をわずか4分で達成。
その日の購入額は2億6000万円を超えた。
Makuake史上の「最速」「最高額」を記録したウイスキーには、どのような特徴があるのか。
「海外で『ジャパニーズウイスキーが人気』って聞いたことがあるな。サントリーの『響21年』とか『山崎18年』はめちゃくちゃ高いけれど、キリンもそのような商品を出したの?」などと思われたかもしれないが、そうではない。
ウイスキーは熟成によって「味に深みと変化」が生まれるわけだが、キリンの新ウイスキーの熟成は「0年」である。
お客が商品を購入すると、富士御殿場蒸溜所で原酒を熟成させる。
その後、何度か“途中経過”のサンプルを送って、20年後に1本のウイスキーを届けるというサービスだ。
考えてみると、今回の取り組みはまるでタイムカプセルのようなコンセプトである。
「20年後に乾杯しよう」といった企画は、どのようなきっかけで生まれたのか。
発案者は、マーケティング部の小島亨介さんだ。
元々キリンの工場でお酒を製造していたが、子どもが生まれたことをきっかけに「このかけがえのない時間を、何かの形で残せないか」と考えたそうだ。
頭の中のアイデアは、まだ“もやもや”していたので、消費者の声を聞いて回った。
子どもを持つ親に「どのようなものを残したいですか?」などと質問したところ、ある人が「家の柱」について語り始めた。
子どもの成長を記録するため、その人は家の柱に身長の印をつけていたそうだ。
けれど、新しい家に引っ越すことが決まり、思い出が詰まった柱を手放すのがどうしても惜しい。
そこで、その柱を取り外して引っ越し先へ持って行き、新しい家でも使えるように再利用したのだ。
子どもの成長を記録した柱には、時間の積み重ねが目に見える形で刻まれている。
その姿にヒントを得て、「同じようなことをウイスキーでもできないか」と考えたのが始まりだった。
最初のアイデアは「20年後にウイスキーを届ける」というシンプルなもの。
でも、当時はまだ「共に生きていく」という今のようなコンセプトはなく、周囲からは「20年間ただ待つだけでは、ちょっと退屈じゃない?」という声もあった。
2021年3月。
社内で新規事業の提案制度が始まったので、小島さんは「20年後に届くウイスキー」を提案。
なんとか一次審査は合格したものの、評価はあまりよくなかった。
「このままでは次の審査で落ちる」と焦りを感じ、再び消費者の声を聞いて回った。
子どもとの思い出が詰まった「家の柱」のようなウイスキーはつくれないか。
成長の過程を目に見える形で残せないか。
そんな思いから、たくさんの人に話を聞きながら、その答えを探っていった。
やがて見えてきたのは、ウイスキーを定期的に届けるというアイデア。
それなら、「共に生きていく」という形に近づけるかもしれない。
5年後、10年後、15年後……そして20年後に届くウイスキー。
そんなサービスなら、時間の積み重ねを感じてもらえるのではないかと感じたそうだ。
企画がどんどん固まっていく中で、ある人から「5年ごとにウイスキーが届くことに、何の意味があるのか?」という質問を受けた。
単純に5年ごとであればいいかなと思っていた小島さんは、この質問にうまく答えられずにいた。
では、いつ届ければいいのか。
そこに、どんな意味を持たせればいいのか。
あれこれ考えた結果、「子どもの節目に合わせて、ウイスキーのミニボトルが届く」という設計にした。
3年、7年、10年、13年、16年……そして20年はどうか。
3年後は七五三、7年後は小学校の入学、10年後は2分の1成人式、13年後は中学校、16年後は高校の入学――。
そんなふうに、子どもの成長の節目に合わせてウイスキーを届ける。
受け取ったお客は、ウイスキーを飲みながら家族との時間を振り返る。
このように企画をカタチにし、最終審査の場に持ち込んだ。
2021年12月。
最終審査の結果は「合格」である。
「ん? ちょっと待って。商品を販売したのは、合格してから3年半ほどたっているけれど、遅くない?」と思われたかもしれないが、その指摘はごもっともである。
20年間、きちんと届けるためには、さまざまな準備がいる。
関係部署を回っていく中で「リスクが高すぎる」「本当に20年間も続けられるのか」といった声があったのだ。
さまざまな問題が出てくる中で、それらをひとつずつ“つぶして”いった。
時間がどんどん過ぎていく中で、まるでラスボスのようにたちはだかったのが「事業の継続性」である。
「人生を共に生きるウイスキー」という商品のコンセプトはおもしろい。
絶対に売れるはずだと思っていても、お客の反応が違っていたらどうするのか。
購入者が10人しかいなかったら、どうするのか。
会社はその10人のために、20年間もサービスを続けなければいけないのか。
こうした懸念があったので、自社のECサイトで販売するのではなく、Makuakeを選んだ。
ECサイトで告知すると、「購入者が少ないので、やっぱ無理です」とはなかなか言えない。
しかし、Makuakeには「All or Nothing」の方式がある。
設定した目標金額に1円でも届かないと、プロジェクトは不成立。
購入者には、全額が返金されるという仕組みだ。
事業の継続性を担保するために、Makuakeでの販売を試みたが、問題は目標金額である。
冒頭でも紹介したように、1億円だ。
Makuakeによると、この金額でプロジェクトが成立する確率は、わずか0.1%。
高すぎる壁なので、先方から「本当に大丈夫なのか?」と何度も念を押されたという。
しかし、事業の継続を考えれば、この金額はどうしても突破しなければいけない。
2025年6月6日。3年半ほどの月日をかけて、ようやく販売当日を迎えた。
PC画面を見ると、購入金額の数字がどんどん上がっていく。
9500万円、9700万円……そして、わずか4分で目標を達成。
その後、予定していた2500本の原酒は7時間で完売した。
キリンにとっても、いや、ウイスキーの常識にとっても、このプロジェクトは型破りな試みといえる。
ウイスキーは本来、「味」「原料」「歴史」で勝負するものだが、「人生を共にするウイスキー」は、“飲む理由”そのものを提案しているからだ。
目標金額を達成した日に、小島さんはプロジェクトに関わったメンバーと祝杯をあげた。
さぞかしウイスキーで乾杯したのかと思いきや……グラスに注がれていたのはビールだったそうだ。
参照元:Yahoo!ニュース