事件起こした少年にウェブ会議で聞き取り、立ち直りに生かせるか 運用の効率化に期待も、「置いてけぼり」の懸念

非行をした疑いで家庭裁判所に送られた「少年」に対し、家庭裁判所の調査官が面接して成育歴や家庭環境を明らかにする「調査官調査」の手続きに、パソコンやスマートフォンを使うウェブ会議システムが導入された。
調査結果は少年院送致などの処分を決める少年審判で判断材料に使われる。
ウェブ面接の導入により、少年審判手続きが効果的に運用されるようになると期待がかかっている。
調査官は人員不足が深刻なため、相手の元に出向く負担を減らす効果も見込めそうだ。
ただ、心配もある。
成人の容疑者の取り調べは事実の解明を目指すのに対して、家庭裁判所での調査は少年の立ち直りが第一の目的となるため、効率化を追求することはなじまないとの考えがあるからだ。
調査を受けたことがある人や、少年事件に詳しい専門家に話を聞き、どのような運用が望ましいのかを探った。
通常の刑事事件では、警察が逮捕、勾留した容疑者を検察に送り、検察官が起訴するかどうかを決める。
これに対し少年事件では、検察官は全ての事件を家庭裁判所に送致する決まりになっている。
検察から送られた事件について調査し、裁判官が開く少年審判に必要な報告書を作るのが家裁調査官の役割だ。
調査官は専門の機関で研修を受けていて、心理学や社会学、教育学などの技法を活用して調査に取り組むことになっている。
調査は、事件の内容や動機を把握することだけにとどまらない。
少年が再び非行に走らないよう反省を促したり、自己理解を深めさせたりする教育的な働きかけが求められている。
調査官はそのために少年への面接で心理テストをしたり、家庭や学校、職場を訪問したりして、多角的な視点から情報を集めることもある。
調査を終えると、少年院送致や保護観察といった「処遇」に関する意見と共に報告書を裁判官に提出する。
これを基に、家庭裁判所の裁判官が少年審判を開いて、どんな扱いをするのがふさわしいかを決めるのが、少年事件の流れだ。
少年事件に詳しい大阪弁護士会の土橋央征弁護士は、調査官の意見が少年審判で裁判官の有力な判断根拠になると指摘する。
その上で、新たに導入されるウェブ面接について、このように話す。
「少年にボランティア活動を経験してもらい、立ち直るような働きかけをすることもあり、調査の過程そのものに教育的な効果が期待されている。面接では表情のわずかな変化や目線が合うかどうかなど、言葉以外のさまざまな情報も重要になる」
実際に会って話すのと、ウェブ面接では得られる情報が異なってくるため、ウェブの活用には慎重さが求められるとの意見だ。
過去に少年院に入った経験のある中本尚汰さん(25)も、ウェブ面接の広がりに懸念を示す一人だ。
初めて調査官の面接を受けたのは、逮捕されずに在宅で捜査された事件だった。
家庭裁判所に呼び出され、調査官の小柄な中年男性と面接した。
その場には中本さんの母親も同席した。
起こした事件の内容について聞き取りを受け、調査官からは交友関係を改めるようアドバイスを受けた。
その後の少年審判は「親が更生の支援に意欲的だった」ことも評価され、少年院には入らない保護観察だった。
しかし、中本さんはその後にも事件を起こしてしまう。
保護観察中に傷害と窃盗の疑いで逮捕され、処分が決まるまでの間は少年鑑別所で過ごすことになった。
家庭裁判所調査官が鑑別所にやってきて、3度の面接を重ねた。
その後、家庭裁判所で少年審判が開かれたある日、手続きが途中で中断してしまった。
後から分かった経緯はこうだ。
長期間少年院に入るのがふさわしいと考えた裁判官と、短期間が相当だと考えた調査官の間で意見が割れ、別室で話し合いが行われていたのだという。
最終的に調査官の意見が採用され、中本さんは短期間の少年院送致となった。
中本さんはこの時のことを「反省の態度を示していたから、更生の意欲があると見られていたと思う」と振り返る。
今は少年院を出た人の自助グループ「セカンドチャンス広島」で代表を務める中本さん。
ウェブを使った面接の導入について、こう心配する。
「調査官って初めて会う人で、処分の大部分を決める人だから、なかなか自分の本音を話しにくい。ウェブ面接で定型的な記録は取れるかもしれないけど、直接会わないと、こっちもどう接して良いか分からないから、少年は置いてけぼりになってしまうと思う」
導入を決めた最高裁判所の担当者も、これまでの調査には、少年が普段とは違う環境で専門家と接する点で大きな意味があると話している。
「家庭裁判所に呼び出されること自体に教育的・福祉的効果があると考えられる」
ウェブ面接導入の背景には、少年が離れた場所で暮らしているなどの事情で裁判所に呼ぶことが難しかったり、調査官の出張に時間がかかったりすることがある。
特に、人員不足が指摘される調査官の負担低減には効果が期待されている。
裁判所が公表しているデータによると、2024年度の家裁調査官の定員は1598人で、20年前の2004年度と比べ15人増だった。
ただ、調査官は少年事件だけでなく、離婚や相続など家族に関する問題を扱う「家事事件」の調査も担う。
2023年の家事審判の申立件数は100万7千件で、2004年の約2倍に増えている。
少年事件は減少が続いていたが、新型コロナウイルス禍後の2023年は一転して増加している。
家庭裁判所調査官や裁判所書記官らで組織し、最高裁に人員拡充を求めてきた「全司法労働組合」の中央執行委員長、中矢正晴さんはこのように話す。
「ウェブ調査は、調査官が出張する時間的ロスを減らせる。人員不足解消にはならないが、多少の効果はあるだろう」
情報技術の発展に伴い、裁判手続きにウェブ会議を活用する取り組みが進んでいる。
ただ、通常の民事裁判や家事審判への導入が先行していて、少年事件を含む刑事分野ではまだ限定的だ。
実際にはどのように使われるのか。
最高裁判所は導入に先駆けて、規模が大きい東京と大阪の家庭裁判所で計78回の試行を実施した。
関係者によると、少年や保護者が出頭する必要がなくなり、学校や仕事を休まなくても調査できたケースがあったという。
このような利点や課題点を踏まえ、2025年1月6日以降、正式にウェブ面接の導入を決定。
少年のほか、保護者や被害者も対象に、機器などの体制が整った全国の家庭裁判所で運用が始まっている。
最高裁判所は、少年事件でウェブ面接を実施するかどうかは、調査の目的を達成できるかなどを裁判官らが事案ごとに協議し、検討することになる、と説明している。
導入後も一気に全ての調査をウェブで行うことは想定していない模様だ。
制度導入を進めた最高裁判所の担当者自身も、ウェブ調査にはなじまないシーンがあると認めている。
例えば、少年が自宅などプライベートな空間からウェブ面接に参加する場合は、裁判所に呼び出されるのに比べて緊張感が低下する恐れがある。
また、調査の手続きは秘密保持の必要性が極めて高く、他の人にやりとりが聞こえないようにするなどの配慮が必要になってくる。
当然、スマホやパソコンのカメラでは、手足の動きや姿勢、体格など、画面に映らない部分の情報が把握できない。
最高裁判所家庭局の担当者は「今後も議論を重ね、一つの選択肢として実践されていくことを期待したい」と話している。
土橋弁護士は今後の運用について「交通の便が悪い地域では、ウェブ面接が有用な場合もある。複数回の面接の一部をウェブ面接に置き換えるといった、運用次第では少年との接点を増やせ、よりよい調査に結びつけることも期待できる」と話す。
少年法が専門の熊本大法学部の岡田行雄教授は、さらにこのように訴える。
「デジタル機器でのやりとりに慣れていない少年や保護者もいる。その格差が存在することを前提に、慎重に運用していく必要がある。ウェブ調査は補助的な運用を原則とするべきだ」
参照元:Yahoo!ニュース