コメ騒動は「誤解だらけ」 農業インフルエンサーが訴える農家の本音

コメの価格や農業政策に注目が集まる中、交流サイト(SNS)で自ら意見を発信するコメ農家が増え、世論喚起に一役買っている。
「農業インフルエンサー」として、19万人のフォロワーを抱える島根県益田市のコメ農家、草野拓志さん(36)もその一人だ。
コメの適正価格や政策の是非を巡ってネットで飛び交う言説に対し、「農業が誤解されている」と訴えてきた。
“農業のご意見番”を自任する草野さんが、コメ騒動の先に描く農業の未来とは。
<お米の価格ってのは今高いって思うかもしれないけど、5キロ2000円台はきついかな。安い方が良いのは分かるよ。でも農家が減ってコメの生産が落ちてくると今よりさらに高値になるかもしれないね>
草野さんは「くさひろ」のアカウント名で動画を配信する人気のインフルエンサーだ。
3日、インスタグラムなどに自身がコメの価格について語る動画を投稿した。
その前日の2日、農林水産省が5月19~25日のコメ5キロあたりの平均価格が4260円だったと発表していた。
9日発表の平均価格は4223円で、2週連続の下落となったが、依然として昨年同期の2倍にあたる高値水準だ。
政府は備蓄米の放出で、5キロ2000円台での販売を目指すとしている。
消費者目線では高額だとしても、大きく下がればコメを安定して供給できなくなる恐れがある――。
そんな農家ならではの問題意識を投稿すると、SNSでの視聴総数は20万回超に上った。
ユーザーからの反応も相次いだ。
<お米農家さんが普通に利益の出る価格なら文句はない>
<2000円台に戻ってほしいとも思わないけど4000円以下でお願いしたいです>
<物価をさげるんじゃなくて所得を上げないと…>
草野さんは2年ほど前からSNS利用を本格化させ、動画を中心に配信してきた。
もともとは農産物の直接販売を拡大するためだった。
大規模な設備投資が難しい中山間地の農家として利益を確保する狙いだ。
しかし現在は、自社産品のアピールよりも、農政の制度解説や中山間地での農業経営などを説明する内容が中心になっている。
「最初は自分の農作物だけ売れれば良かった。だけど次第にSNSで農業のイメージがだいぶ誤解されて拡散されていることに気づいた。きちんと農業者の目線で定義したい。勝手ながら、農業のご意見番のつもりで発信している」
<JA(農業協同組合)がコメを牛耳り、農家が搾取されている>
<コメ騒動は、外国産のコメを輸入して日本の農業を弱体化させるため>
SNSで広がるこんな言説にも、農家としての自身の見解を繰り返し発信してきた。
例えば、コメを買い取り市場に流通させるJAの役割について、草野さんは「JAは地方インフラを担っている。農家にとっては、お金を借りたり資材を買ったり、無くてはならない存在」という。
「ネット上では『JAから資材を買わなければ、出荷物を一切販売させてくれない』という声がある。かつてはそういうこともあったかもしれないが、現在も行われているかのように拡散されている」
自身はJAを通じたコメ販売はしていないが、SNS上に広がる誤解に対して「JAの販売手数料は、民間業者を使った場合よりずいぶん安いと思うけどね」とクギを刺してきた。
国が1970年代から始めた減反政策についても、草野さんは一定の理解を示す。
「コメの需要が落ちる中、国も農家も、国内自給率が低い麦や大豆への転作が正解だと認識していた。麦や大豆は輸入に依存していたからやむを得なかったと思うよ。国のせいにするのは簡単だが、需要が少ないコメの生産量維持のために補助金を出せただろうか」
減反政策は2018年に廃止されたが、現在まで生産量を抑制する事実上の「減反」が続いてきた。
コメ不足を受け、石破茂首相は政策の見直しに意欲を示す。
草野さんによると、毎年東京都内で開催されるJA青年部の全国大会に際し、石破首相は島根県の懇親会場にも毎回顔を出していたという。
「本当に賢い方ですし、農業もよく勉強されている。世間ではたたかれることもあるが、俺は好きですよ。ただ良くも悪くもシャイですよね」
石破政権の農政改革には「農業者の意見をしっかり聞いて、地域で農業で生活できる方向性を示してくれるなら支持したい」と話す。
コメ騒動を巡る世論喚起の先に、草野さんが目指すのは、農業の後継者不足の解消だ。
農水省によると、販売目的で水稲作付けを行う経営体は、13年の104.1万戸から24年には54.8万戸へと半減した。
地域農業をどうやって復興するか。
「お金ではなく『地域で暮らす』ことに意義を見いだす価値観へシフトさせたいんです」
草野さんの動画の中でも人気を集めるのが、本業の合間に自然を楽しむ田舎ならではの生活だ。
用水路の水面に浮かんで流れに身を任せたり、七輪で炭火焼きにしたアユにかじりついたり――。
都会での働き方とは対照的な生活を配信すると、「うらやましい」との反応が殺到する。
「金銭はほどほどに稼いで、時間の流れや自然を楽しむ生活を再定義したい。そこにはお金と引き換えられない価値がある。人々にそれを認識してもらうことが、地方の条件不利地域の再出発になると思う」
自身の発信をみて地方移住や就農に踏み切ったという声が届くたび、手応えを感じる。
「ほら、方向性はそんなに間違ってはないでしょう?」
参照元:Yahoo!ニュース