「那須川天心に勝っていたら言えなかった」格闘技界の世紀の一戦で武尊が負けたから得られた“弱さをさらけ出す強さ”と現役生活への思い

2度の鬱、パニック障害を乗り越えて、現在も格闘技の第一線で活躍する格闘家の武尊。
那須川天心戦の敗戦後に鬱病とパニック障害を公表した。
格闘家として「強さ」だけを追求してきた武尊はなぜ自身の「弱さ」をさらけ出したのか。
ファンの声も、アンチの声もたくさんの思いを背負い続けてきた武尊が、那須川戦と今後の現役生活への思いを明かした。
元K-1三階級王者でタレントとしても活躍する格闘家の武尊は、2022年6月に鬱とパニック障害と診断されていたことを公表した。
高校時代に初めて「鬱」を診断され、K-1選手時代に「パニック障害」を診断されてから7年あまりが経つが、今も克服はしていないという。
「ただ、発作との付き合い方はうまくなってきたとは思います。発作が出そうになった時、いったん、外や開放された空間に出て、目をつぶって深呼吸すると出なくなることは少なくなるので対処法は分かってきました。それでもダメな時は薬を服用します。特に飛行機や新幹線とか密閉された空間に乗る時は、出そうになるので今も必ず乗る前は薬をのんでいます」
さらに克服方法をこう明かした。
「僕は高校の時に鬱になってからずっと精神安定剤を飲んでいたんですが、太陽の光を浴びると体調が良くなることが分りました。だからK-1でデビューしてからしばらく経ったころから、試合前には合宿でアメリカに行くことにしているんです。向こうで毎日、太陽を浴びて過ごしていたら1か月で症状が出なくなりました。だから僕と同じような病気で悩んでいる方がいれば、外に出ることはつらいと思いますが、太陽の光を浴びてほしいです。それだけで心が変わる可能性はあります」
武尊を精神疾患に追い込んだネット上での誹謗中傷は、自死に追い込まれる犠牲者も後を絶たず社会問題化している。
「誹謗中傷をなくすことは難しいと思います。多分、書いている人はそんな深く考えて書いていないと思いますし、対策として書き込むには個人情報を明らかにした人しか書けないとかすればいいとは思いますけど、すぐにはできませんし、書く側をどうこうはできないのが現実だと思います。だから、受け取る側の自己防衛としては、見ないことが一番だと考えています。昔は、僕は自分の評価が知りたいからエゴサーチをしていました。だけど今はほぼ見ていません。僕は、すごく周りの意見とか『どう見られているんだろう?』とかを気にしてしまう性格なので、エゴサすることで余計に自分をがんじがらめにしていたんです。今は自分は、自分だから自分のそのままを出して嫌いな人は嫌いで仕方ない。それを好きと思ってくれる人だけ応援してくれればいいと考え方が変わりました。そう転換してからは心がすごく楽になりました」
考え方が変わった大きなきっかけは世紀の一戦での「敗戦」だった。
2022年6月19日、東京ドームで那須川と対戦。
結果は3ラウンド判定で敗れた。
それまで10年間負けなかった武尊は「負けたらすべて失う」と思いこんでいたが、敗北の花道で大勢のファンが押しよせ「ありがとう!」と拍手を送られた。
「それまでの僕は、格闘技の試合はみんな勝者だけを見て、敗者は誰にも見られずに帰っていくものだと思っていました。(K-1デビュー前に負けた)10年前がそうだったんです。だけど、あの(天心に負けた)時は花道に観客の方々が集まってきてくれて、考え方が変わりました。弱いところを見せることで伝えられることがあると教えられました。負けても離れない人たちもいると思ったんです」
それは武尊が誠実に格闘技に向き合い、K-1のために真摯に闘ってきたからこその敗北への賞賛だった。
那須川との対戦が叶わず、ネットで誹謗中傷する層は現実にいた。
しかし、大多数のファンは武尊の「真実」をわかっていたのだ。
そして武尊は決断をする。
10代から家族以外には明かしていなかった精神疾患を公表したのだ。
それは那須川戦から8日後に開いた記者会見だった。
「那須川選手に負けて引退しようかなと思ったこともありました。だけど、辞めるのではなく『ありがとう』と言ってくれたファンの方に今度は、体も心もちゃんと回復させて復活したいと思いました。見ている人に本当の意味で勇気、パワー与えるためにも病気を克服して体も治して復活して闘う姿を見せることが格闘家としてやるべきことだと思った。同じ病気の人にも勇気を与えられると思ったので、精神疾患も公表しました」
結果的に、負けたことで自分の弱さだと思っていた病気を公表することにつながった。
「那須川選手に勝っていたらそれは言えなかったと思います。負けたらファンが離れる、一回でも負けたら僕の価値がなくなると思ってすごい怖くて、負けたらすべて終わりだなと思っていた時に離れないファンの方たちがいた。それを見た時に自分の中で弱いところ見せてもいいんだと思ったんです」
あれから3年。
現在、武尊は世界最大の立ち技格闘技団体「ONE」と契約し今年3月23日、さいたまスーパーアリーナでフライ級最強で長年、対戦を熱望していたロッタン・ジットムアンノン(タイ)と対戦。
負けたら引退も覚悟した格闘技人生の集大成と掲げた一戦はわずか80秒でKO負けした。
大会後には同じジムの野杁正明が武尊が胸骨を骨折していたことを明かし、万全の状態でなかったことも判明した。
激動の渦中だが今、武尊は腹をくくっている。
「あの試合で万全を作れなかったことは自分の実力です。完敗だと思っていますし、負けを受け入れている自分がいます。だからこそ、今は次、ロッタンに勝つためには何をすればいいかを考えています。勝ちたいから技術、コンディショニング…すべてがいい教訓になりましたし、今は負けをプラスにとらえています」
そして、今後の現役生活についての決意を明かした。
「今は、万全の状態でロッタンとやりたいとしか思ってません。僕の人生で心残りを作りたくないんです。今までなら人の目を気にして、あんな無様な負け方をしたら1秒でも早く辞めていたと思う。でも今は自分の気持ちを優先に考えています。もしもこのまま引退して70〜80歳まで生きた時にずっと『万全な状態でロッタンとやっていたら勝てたのか? やりたかったな』と思い続けて生きたくないんです。今は自分のわがままを貫いて、自分の実力がどこまでなのか試すためにロッタンと思い切り殴り合いたい」
武尊の再起には、ネット上で再び誹謗中傷が起きるかもしれない。
「今も叩かれてますけど、もう気にならないですね。今までは我慢してきましたが、自分に正直に生きられていますから、すごく気持ちが楽なんです。昔は、あらゆる人すべてに好かれようと思って行動していました。でも、それって自分を偽っていたこともあるし、そうなると苦しくなる。素のままでいて素の自分を好きだと思ってくれる人だけと関わればいいと思ってだいぶ楽になりました」
今もパニック障害は完治はしていない。
それでも克服へ光をつかんだ。
最後に自らの体験を経て精神疾患と闘う人々へメッセージを送った。
「精神疾患になる方は、完璧主義な人が多いかもしれません。自分でこうと決めたらやらないと気が済まない性格の人が多いんじゃないかなと思います。僕はそうでした。そういう人ほど自分のペース、性格、ライフスタイルを無理やり捻じ曲げると負担が来ると思います。だからこそ自分を大切にしていただきたい。人間はロボットじゃない。完璧じゃなくていいんです」
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参照元:Yahoo!ニュース