なぜ「赤本」は表紙を変えたのか 18歳の人口が減っても、売り上げが横ばいの理由

赤本を撮影した写真

書店の大学受験対策コーナーに足を運ぶと、いわゆるロングセラーの本がたくさん並んでいる。

『英単語ターゲット1900』(旺文社)、『チャート式』(数研出版)、『入試現代文へのアクセス』(河合出版)など。

「懐かしいなあ。受験生のときに使っていたよ」といった声が聞こえてきそうだが、個人的に気になっている問題集がある。「赤本」だ。

ご存じの人も多いと思うが、赤本は大学入試の過去問題集である。

受験生にとってはおなじみの存在だが、「いつからあるのか?」「どのようにつくっているのか?」といったことは、案外知られていない。

いや、そもそも発行元の出版社名すら知らない人も多いのではないか。

ちょっと調べてみると、2024年には表紙のデザインを一新するという変化もあったが、それが売り上げにどのような影響を与えたのか。

今回のコラムでは、赤本の知られざるエピソードに迫ってみたい。

赤本を発行しているのは、京都市に本社を置く「世界思想社教学社」である。

最初の赤本が登場したのは、1955年のこと。

当時、国家公務員採用試験ではすでに過去問が存在していた。

であれば、大学入試でも同じことができるのでは――。

そんな発想から、赤本の企画が始まったのだ。

また、同社は高校の副読本を手掛けていて、学校の現場とはつながりがあった。

中でも社会科の教材がよく売れていたこともあって、「どこにニーズがあるか」は、ある程度把握していたようだ。

こうした背景があって生まれたのが、大学ごとの過去問をまとめた赤本である。

先ほどから「赤本」という言葉を何度も使っているが、実は正式名は「大学入試シリーズ」。

表紙の色から「赤本」と呼ばれるようになったようだが、名付け親は誰だったのか。

明確な文献は残っていないが、50年ほど前に新聞記事でも使われていたことから、当時の受験生たちが「赤本」と呼んでいて、「いつの間にか定着していった」という説が濃厚である。

編集部としては、長らく「大学入試シリーズ」にこだわっていたものの、2024年の創刊70周年をきっかけに「赤本シリーズ」に名称を変更。

ようやく、“赤本”が正式名になったのである。

赤本の長い歴史の中で、存続が危ぶまれるような時期もあった。

そのひとつが、1979年に始まった共通一次試験(いまの共通テスト)である。

それまでの国公立の入試は、大学ごとに問題を作成しており、赤本も当然「大学別」で販売していた。

ところが、突然「共通の試験をやりますよ」と告げられ、編集部に衝撃が走った。

「共通のテストを行うので、赤本も一冊で済んでしまうのでは?」という不安があったのだ。

ところがふたを開けてみると、大学側が二次試験を実施した。

つまり、「一次試験+二次試験」という構造が定着したことで、会社はなんとか“赤字”を免れたのだ。

それにしても、編集部は制度が変わるたびに「過去問が使えるのか」と状況を見守らなければいけない。

その姿は、まるで“受験生”のようである。

そんな赤本も、2024年に20年ぶりのデザイン変更を行った。

それまでの表紙は「ちょっと威圧感があるよね」という声が編集部内でも上がっていたそうだ。

「受験=しんどいもの」といった印象があるが、赤本で「その大変さを少しでも和らげたい」という願いを込めて、より親しみを感じられるデザインにできないかと考えた。

先代の赤本は「赤地に黒いゴシック体の大学名」がどーんと掲載されていたが、「強調を弱め、文字を読みやすくし」「中性的なデザインにする」といった方針を掲げて、現在のデザインに変更した。

雑誌の場合、表紙を変えることによって売り上げが伸びるケースがある。

例えば、人気アイドルを起用すると、そのファンが購入することもあって、売り上げに大きく影響する。

では、赤本の場合はどうだったのか。

「20年ぶりの変更」「受験生にとって親しみを感じられる」デザインにしたことで、売り上げが伸びたのか。

「赤本はこれまでも何度かデザインを変更してきましたが、売り上げに大きな影響はありませんでした。というわけで、今回もほぼ横ばいでした。表紙が変わったから購入するのではなく、大学受験の準備のために……という目的買いをする人が多いからではないでしょうか」と語るのは、編集部の中本多恵さん。

では、赤本はどういったときに売れて、どういったときに苦戦するのか。

18歳の人口を見ると、2005年には約137万人だったが、2023年には約112万人まで減少している。

「少子化=部数減」と思いきや、そうでもないようだ。

大学入学者や進学率は伸びているので、人口の減少分を補ってきた。

売り上げを左右する要因は「人口」や「大学進学率」だけではなく、ほかにもあるようだ。

例えば、競争の激しさである。

推薦入試で合格する人が増えれば「どうせ受かるでしょ。赤本なんて必要ないよね」となって、書店でなかなか手に取ってもらえない。

新しく大学ができたり、学部が増えたりすれば、部数が伸びることもあるが、学校によっては試験内容を統一することもあるので、それほど部数が伸びないこともある。

いろいろな要素がからんでくるので、「今年の赤本は売れる!」となかなか断言できない事情があるようだ。

事実、過去の売り上げを見ると、ほぼ横ばいが続いている。

ところで、赤本はどのようにつくられているのか。

最新の2026年版の刊行は556点、大学数は378大学である。

「あなたの担当は東大と京大ね」「君は早稲田と慶應ね」といった形で大学別に担当者が決まっているわけではなく、分業制を導入している。

編集部のメンバーは30人ほど。

過去問の入手を担当する人、原稿を執筆する先生に依頼する人、科目を担当する人、校正を依頼する人……。

さらに、製本や校了まで見届ける人もいる。

リレーのように役割が引き継がれ、毎年5~6月にかけて、新しい赤本が書店に並んでいるのだ。

さて、最後に「最古の赤本」について紹介しよう。

先ほど「赤本は1955年に登場して~」といった話をしたが、実は1955年と1956年のモノが行方不明である。

「出版社の書庫にもないの? 管理がずさんでしょ」などと思われたかもしれないが、手元にない最大の理由は、やはり古いためである。

当時は紙が貴重だったこともあり、古い過去問が残っていれば、それを抜き取って、新しい本に再利用していた。

古い赤本をじっくり見ると、過去問の掲載年によって紙の色が微妙に異なっているのだ。

といった背景があるので、同社の書庫には「最古の赤本」が1冊も残っていない。

創刊60周年のときに「プロジェクト」を立ち上げて、大々的に情報提供を呼びかけたものの、いまのところ見つかっていない。

「初期の赤本は赤くない可能性が高く、表紙も大学名だけだったかもしれません。自宅の書棚または古本屋にひっそり並んでいたとしても、誰にも気づかれないまま、ひっそりと時を刻んでいるのかもしれません」(中本さん)

もしかすると、どこかの誰かが「ん? この古本、なんでこんなに過去問がまとまっているの?」なんて首をかしげながら、“赤くない本”を手にしているのかもしれない。

参照元:Yahoo!ニュース