超長期金利の上昇、日銀「ゼロ回答」の理由 門間一夫氏

期間10年を超える国債の利回りは一般に超長期金利と言われる。
最近はその上昇が目立っている。
5月後半には30年金利が一時3.2%近くまで上昇し史上最高となった。
こうした超長期金利の上昇には、いくつかの要因が作用している。
第一に、国内の主要投資家である生命保険会社が超長期債を積極的に買わなくなったことだ。
超長期の負債が多い生命保険会社は、その期間に合わせた資産の保有を規制上求められるようになり、準備期間となった過去数年は超長期債を積極的に買い入れた。
しかし、そうしたデュレーション・マッチングの超長期債買い入れは、2024年度でほぼ一巡したとみられる。
第二に、財政赤字に対する市場の注目である。
物価高で国民の不満が強まり、トランプ関税で景気への不安も広がる中で、財政による景気下支えへの期待が高まる。
野党を中心とする消費税引き下げの主張はあまり現実的でないが、政府がそれなりの景気対策を迫られることになる可能性はある。
25年度とされていた基礎的収支(プライマリーバランス)の黒字化は、後ずれが必至である。
この財政赤字問題は世界的な現象だ。
とりわけ米国では、バイデン政権下で政府債務が大きく膨らみ、さらにトランプ政権は減税を盛り込んだ法案を通そうとしている。
連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長も、米国の財政は持続可能ではないと言う。
先月、ムーディーズが米国国債を格下げしたことも、市場の不安心理を高めた。
欧州では、これまで財政規律をかたくなに守ってきたドイツが、防衛費やインフラ投資の大幅増強に踏み出す。
こうした主要国の財政運営のあり方は、グローバルに長期金利の上昇圧力となっており、それが日本の国債市場と共鳴しあっている面がある。
第三に、トランプ関税後の世界においてインフレ圧力が高止まる可能性も指摘される。
グローバル市場が分断され、供給ショックが起こりやすくなる可能性への懸念は、FRBや欧州中央銀行(ECB)の高官からもよく聞かれるようになった。
そして第四に、日銀が国債買い入れ減額計画(いわゆるQT)を実施中であることも、イールドカーブ全体の押し上げ要因との見方がある。
超長期金利の上昇に対し、日銀が何らかの対応をとるのではないかとの憶測もある。
折しも6月16─17日の金融政策決定会合では、上記国債買い入れ減額計画の「中間評価」が行われる。
そこで減額ペースを大きく緩めるなど、市場に配慮した決定があるのかどうかはひとつの注目点である。
結論から言えば、日銀は「ゼロ回答」だろう。
それにはいくつもの理由がある。
第一に、最も大きな理由は、日銀に長期金利をコントロールする意思がないことである。
日銀が長期金利を誘導する「イールドカーブ・コントロール」は、昨年の3月で完全に終わっている。
以来、日銀の金融政策は短期金利(無担保コールレート・オーバーナイト物)によって行われており、それ以外の金利はすべて市場で決まるという位置づけになっている。
最近の超長期金利の上昇も市場の力で起きたことだ。
市場の力で起きたことを力ずくで押し戻そうという考えは、今の日銀にはない。
第二に、どの中央銀行でも市場の緊急事態に対応するのは当然だが、今の国債市場は緊急事態と言うにはほど遠い。
最近の超長期金利の上昇は、前述したそれなりの理由があって、しかも世界的に起きている現象である。
確かに、日銀の国債買い入れ減額計画には、「長期金利が急激に上昇する場合には、機動的に買い入れ額の増額等を行う」と書かれている。
しかし、イールドカーブ・コントロールではない以上、日銀が言う「急激な上昇」とは、真に例外的な緊急事態がイメージされていると解釈すべきだろう。
もうひとつ論点になりうるのは、超長期金利の上昇を市場機能の観点からどうみるかである。
そもそも日銀が国債買い入れの減額を進めているのは、異次元緩和で損なわれた国債市場の機能を正常に戻すためだ。
この点、5月19日に公表された債券市場サーベイは、日銀にとって少し残念な結果だったかもしれない。
3カ月前に比べて「債券市場の機能度が低下した」というのが、市場参加者の評価だったからである。
おそらくその理由は、超長期ゾーンを中心に金利が上昇し、かつそのボラティリティーが高まったことにある。
しかし、それも日銀がイールドカーブの人為的な抑制に動く理由にはならない。
超長期債市場は参加者が少なく、もともと薄い市場である。
局面によってボラティリティーが高まるのは、この市場の性格として仕方がない。
さらに、日銀が意図している国債市場の機能改善とは、「日銀が国債を買いすぎた」ことで低下した機能の正常化のことである。
それ以外の理由によるボラティリティーの増大は、そもそも日銀が念頭に置く「機能度」とは別の話だ。
日銀が国債買い入れの減額に消極的と見られれば、市場機能の点でも本末転倒である。
第三に、超長期金利の上昇は経済や物価にほとんど影響を与えない。
もし、経済や物価に負の影響を与える「金融環境の悪化」が起きているなら、日銀は利上げの延期、場合によっては利下げをしてでも、金融環境の悪化を相殺しなければならない。
しかし、日本の企業の資金調達は中期ゾーンまでが中心であり、20年物や30年物の金利上昇が企業の資金調達に与える影響はほとんどない。
不都合を感じるかもしれない資金調達者は、国債発行者の日本政府ぐらいである。
超長期金利の上昇が困ると言うなら、困る張本人である政府が発行計画を変えればよいだけの話だ。
以上のことから、最近の「超長期金利狂騒曲」は、今月の日銀会合での「中間レビュー」に基本的に影響を与えないとみられる。
むしろ日銀は、超長期金利の動きや、それにやや影響されている可能性がある10年金利の動きに対しても、「日銀が反応した」と誤解されないよう注意するだろう。
長期金利には徹底的に中立、ハンズオフで臨むという姿勢を見せておかないと、今後も何かあるたびに、日銀に対する期待や思惑が出てくるからである。
「イールドカーブ・コントロールは終わった」というメッセージを、日銀はこの機会にしっかり市場に叩き込むのではないか。
そもそも前述のとおり、市場の薄さから来る超長期金利のボラティリティーは、この市場の性格として仕方がない。
この市場のプレーヤー達は、そのこともわかったうえで売買しているはずだ。
もちろん、とんでもないプライスがつくようなら問題だが、例えば30年金利で3%程度という水準はごく自然なものに思える。
30年金利の水準は、デフレ期と言われた2000年代前半ですら2%台半ば程度はあった。
今やデフレは終わり、2%物価目標がほぼ達成されつつある。
そのうえで、内外の財政赤字に対するグローバル投資家の目線が厳しくなり、トランプ関税後の世界的なインフレ傾向を意識する投資家もいる。
そういうファンダメンタルズと、30年金利が3%程度であることとは、十分に整合的であると言える。
超長期金利が春以降上昇したのは、むしろこの市場が薄いなりにもきちんと機能している証拠ではないか。
そのように考えると、10年金利が1%台半ばまでしか上がっていないことの方に、むしろ疑問を感じるべきなのかもしれない。
日銀がなお大量の国債を保有していることが、このゾーンの金利を上がりにくくしている面があるのだとすると、日銀が国債買い入れの減額を淡々と進めることにはなおさら正当性がある。
参照元:REUTERS(ロイター)