「頭の中に霧が」男性にも更年期 経済損失1兆円超、セルフチェックの方法は

疲労感やいらいらといった症状を引き起こす「更年期障害」。
女性特有の悩みと思われがちですが、男性でも発症することがある。
原因は、ストレスなどによる男性ホルモンの急激な減少。
働き盛りの年齢で症状に悩む人も多く、業務効率の低下などによる経済損失は年間1兆円を超えると試算されている。
そもそも男性の更年期障害とはどのようなものなのか?
セルフチェックの方法は?当事者や専門医らに取材した。
「なんだかよく分からない状態。頭の中に濃い霧がかかったような感じだった」。
東京都内の男性(60)は、48歳の頃に感じた体調不良をそう振り返る。
「経験したことのないだるさがあった。全身のエネルギーが落ちて動けない」
当時、金融機関に勤務していた男性。
「集中力が続かず、考えがまとまらない」。
これまで普通にできていた業務に手間取ってしまったり、気持ちがふさぎがちになったり。
「電車に乗れないほどの疲れを感じ、通勤にタクシーを使うこともあった」。
プライベートでは、休日に少年野球チームの監督をしていたが、活動に参加できない日が徐々に増えていった。
「気分転換すれば、なんとかなるんじゃないか」。
そう考え、睡眠時間を長くしたり、休みを取ったりした。
もともと弱かった胃腸の病気を疑い、食事にも気を配ったが、それでも症状は改善しない。
「打つ手がない。どうなっちゃっているんだろう」。
焦りや不安はますます体調を悪化させ、仕事の欠勤や遅刻が重なった。
原因不明のまま発症から3年ほどが経った頃、男性ホルモンの低下により体調不良が生じることがあるとインターネットで偶然知った。
そこで紹介されていた症状が自分のものと似ていたことから、病院で受診。
面談や採血などを経て、男性ホルモンの低下が判明し、ホルモンを補充する治療を始めることになった。
「元気になれるかもしれない」。
ずっと霧がかかっていた中に、薄日が見えたような気がした。
とはいえ、症状の改善には時間がかかった。
治療に専念するため会社を休職していたが、十分に体調が回復せず、54歳で退職した。
現在も漢方薬の服用や定期的なカウンセリングを続けている。
まだ、発症以前の体調に戻ってはいないが、「治療のお陰で体が動くようになった。体調が悪かった時期と比べると、格段の差がある」
ホルモンの低下は、加齢だけでなくストレスも大きな要因になる。
発症時期を振り返ってみると、リーマンショック後に仕事の要求が厳しくなったことや勤務先の買収、不本意な異動などでストレスを抱えていた。
「やはり、ストレスを溜めないことが大切。もともとは完璧主義な性格でしたが、今では一人で全てを抱え込んだり、頑張りすぎたりしないよう心掛けています」
男性の更年期障害は、男性ホルモンの一種「テストステロン」が急激に減少することで心身に不調が生じる状態を指す。
医学的には「LOH症候群」と呼ばれ、疲労感やいらいら、不眠や性欲の減退などの症状がある。
性ホルモンの減少が発症の一因になるという点では、女性の更年期障害と同じだが、男性の場合は発症の有無や時期に個人差が大きい。
30代でも発症することがある。
日本で初めて男性更年期外来を開設した堀江重郎・順天堂大大学院教授によると、特に「緊張感がある」「評価されない」環境にいると、テストステロンが減ってしまうという。
「転籍や転勤、退職など環境が変化する時には、多少なりとも緊張するので、テストステロンが減る傾向にある。ただ、緊張しても他人から評価されたり、本人に意欲があったりすれば、むしろ分泌量は増えます」
うつ病と似た症状が起こることもあるが、堀江教授は「環境変化や上司のパワハラのように、発症のきっかけが説明できるものは、男性の更年期障害の可能性が高い」と説明する。
症状を感じても「年のせいだ」と見過ごしたり、「更年期を認めたくない」と感じたりする人は多く、堀江教授によると「受診率は低い」。
「男性は『勝ち負け』のように単純な価値観で物事を判断しがちだ。男性更年期障害に『リタイア』や『弱っている』といった印象を受けるので認めにくい」
ただ、症状を放置し続けると命に関わる病気につながることがある。
テストステロンには、臓器機能を維持し、老化を防止する働きがあるためだ。
堀江教授は「分泌量が少ない状態が続くと、心臓病や糖尿病といった生活習慣病のリスクが高まる」と指摘する。
また、発症割合の高い年代は職場で役職を得るなど、いわば「職業人生の収穫期」に当たる。
「病気が重症化すると、大切な時期を台無しにしてしまう」と早期対応の重要性を説いた。
経済産業省が2024年2月に公表した試算によると、男性の更年期症状に伴う業務効率の低下や欠勤などによる経済損失は年間約1兆2000億円にも上る。
こうした中で、更年期症状に悩む男性社員の支援を始めた企業もある。
化粧品大手のポーラ・オルビスホールディングスは、24年3月から企業向けヘルスケア事業を手掛けるLIFEM(東京都新宿区)が提供する支援サービスを導入。
医師によるオンライン診療や漢方薬の処方などのサポートを35歳以上の男性社員が受けられるようにした(25年5月から40歳以上に)。
同時に、認知度が低い男性の更年期障害を知ってもらうためのセミナーも実施。
受講した男性社員は「自分が率いるチームには年齢が高いメンバーもおり、更年期障害とは無縁じゃない。私も管理職として職場環境や部下への接し方に配慮が大切なんだと分かった」と話す。
ポーラ・オルビスの担当者は、取り組みのきっかけについて「社員に女性の割合が高いので、これまで月経や女性更年期などのケアに取り組んでいた。一方、男性からも健康課題へのサポートが欲しいというニーズがあった」と説明した。
民間企業だけでなく、自治体も支援に乗り出している。
鳥取県庁では23年10月、県職員向けに男女を問わず取得できる特別休暇を新設。
更年期障害とみられる症状で勤務が困難な職員は、年間5日まで有給休暇を取得し、通院や休養に充てることができる。
25年3月末までに女性25人、男性12人が制度を利用している。
導入前に実施した職員向けアンケートで、更年期症状の経験を尋ねたところ、回答した男性職員745人のうち、あると答えた割合は31%に上る。
県の担当者は「制度の新設により、男性にも更年期があることや症状を感じたら休んでも良いということを周知できる」と話した。
「最近、疲れる」「いらいらする」「不眠が続く」―。
こうした症状を感じ、もしや自分も男性更年期ではないかと思ったら、どうすれば良いのだろうか。
堀江教授は「まずは周囲の人に『最近、自分がいらいらしていないか』など率直に聞いてみる。症状が思い過ごしなのかを確認してみましょう」と勧める。
また、「性欲が低下した」「身長が低くなった」といった10項目の質問から成るセルフチェックを試してみるのも有効だという。
更年期障害の予防策として「栄養補充」と「環境の改善」を提案する堀江教授。
「食事やサプリメントでビタミンDと亜鉛を摂取すると良いでしょう。これらは男性ホルモンを作る重要な栄養素ですが、日本人男性の半分はどちらかが足りていません」
テストステロンの維持には、他人から認められたり、リラックスしたりできる環境も必要だ。
「ゴルフ仲間のような趣味のつながりや町内会、居酒屋の行きつけでも構いません。40歳以降の人は、予防のためにも仕事以外の居場所があると良いと思います」
更年期障害の疑いがある人でも、こうした対応によって改善することもあるといい、「それでもつらい場合などには更年期やメンズヘルスに対応する医療機関へ相談をして下さい」と話す。
配偶者や会社の同僚など周囲の人が症状に気付き、本人の受診につながった例もある。
「周りの男性が『去年から太った』『いらいらして笑わない』『コレステロール値が上がった』といった変化があったら要注意」と指摘する。
その上で、周囲の人ができるサポートとして「とにかく褒める」ようアドバイスした堀江教授。
「一番大事なことは、みんなで『あなたが必要です』というシグナルを示してあげることです」と話した。
参照元:Yahoo!ニュース