「母は制服を買ってくれなかった」実母と決別した22歳「オンライン里親」の支えで夢かなえる

母は中学校の制服を買ってくれなかった。
滋賀県で暮らす井上由奈さん(22)=仮名=は、親との関係に悩みながら、児童養護施設で過ごし、長年の目標だった大学卒業を今春かなえた。
決して楽な道のりではなかった。
施設を離れて1人暮らしを始めると、孤独にさいなまれた。
支えてくれたのは、パソコンの画面越しにつながった見知らぬ人たちだった。
「応援してくれる人がいると分かった。だから頑張れた」
新社会人として新たな人生を歩み始めた今、そう感じている。
井上さんは、母と弟との3人で暮らしていたが、経済的な理由で、4歳の時に滋賀県内の児童養護施設に入所した。
小学校卒業を機に母と再び同居した。
依然として経済的な余裕はなかった。
学校で必要なリコーダーすら購入をためらわれた。
制服も母ではない人に買ってもらったと聞いた。
母との関係に悩み、中学校には行けなくなった。
「私がいたら母の負担になる。将来も見えない」。
8カ月で施設に再び戻った。
施設は自分にとっての「家」だった。
何より目標があった。
「母が持っていなかった大学卒業の資格を取る」。
それがあれば、かつてのような日々を過ごさなくてすむと思った。
だから、日常を取り戻して学校に行きたかった。
高校にも進学し、仲の良い友人ができた。
原則18歳とされた退所が目前に迫った3年生になると、また学校に通えなくなった。
自由が欲しくて、早くかなうことを願っていたはずの1人暮らしが現実味を帯び、正反対の感情が芽生えた。
「一人になるのが怖くなった。めっちゃ病んだ」
授業が受けられず、勉強はついていけない。
目標だった大学卒業は遠くなりかけたが、先生が夏休みに個別に授業をしてくれて、大学の編入率が高い専門学校に進学。
生まれ育った滋賀県を離れ、京都市内で1人暮らしを始めた。
新生活では、お金の不安が常につきまとった。
転居費や専門学校の入学金に加えて、当時は新型コロナウイルス禍で、リモートで授業を受けるためにパソコンも買うしかなかった。
毎月支給される奨学金は、授業費に充てるため、使えない。
施設でもらっていたお小遣いの一部は貯金するなどしていたが、蓄えは次々と消えていく。
授業の間を縫って、飲食店でアルバイトを続けるなど、ほっとできる日はない。
友人関係もうまくいかなかった。
体重は一時7キロ減った。
「生きていくために、全部がギリギリだった」(井上さん)。
専門学校のサポートを受けて京都市内の大学に編入が決まった。
慌ただしい準備を過ごす日々に、転機が訪れる。
かつてお世話になった児童養護施設の職員からの電話だった。
「オンラインの里親支援があるけれど、受けてみない?」
井上さんは迷った。
「頑張っていない私が支援を受けていいのだろうか。結局人に助けられて生きている。今の状況はなりたくてなったわけじゃないけれど、また支援してもらうとなると、申し訳なくなる」。
それでも施設職員から強く勧められ、応募。
支援が決まった。
2023年春。初めて顔合わせをする日を迎えた。
緊張して自宅でパソコンの画面を開く。
支援してくれる8組の里親の顔が映った。
優しそうな人たちが語りかけてくれた。
「あなたの味方でいるよ」「がんばってね」
施設の職員以外に、そんな風に言ってもらったことはなかった。
井上さんには画面がすぐににじんで見えた。
「私を応援してくれる人がいるんだ」
うれしかった。
涙が止まらなくなった。
もらった支援費は、全額生活費に充てた。
井上さんは「生活に余裕ができると、気持ちにも余裕ができた」。
アルバイトのお金は、少しだけ自分のほしいものに使えるようになった。
高かったけれど、思い切って古着屋でコートを買った。
2年の間、2カ月に1回オンラインで近況を報告した。
風邪をひいたこと。
友だちと外食したこと。
修学旅行生を案内するボランティアをしたこと。
口数が多い方ではないので、里親同士の話を聞いている時間の方が長かったが、それでも楽しかった。
「自己肯定感が低い」(井上さん)ため、就職活動の自己PRの内容を相談したこともあった。
「こつこつ努力ができる人」と教えてもらった。
半信半疑だったけれど、履歴書に書いた。
自動車メーカーの事務職で内定をもらった。
オンライン里親からの経済的な支援はありがたったが、井上さんにはそれ以上に存在が大きかった。
「ちょっと落ち込んでも、応援してくれる人の気持ちに応えるために頑張ろうと思えた。だから逃げずにいられた」。
今年3月、大学卒業という目標をかなえた。
厚生労働省によると、高校を卒業し、大学や専門学校に進学する人は約8割。
一方、児童養護施設出身者は、民間の調査ではその半分の4割にとどまる。
みらいこども財団の谷山昌栄代表理事は、施設への聞き取りでその現実に直面した。
施設出身の子どもたちは、進学への意欲があっても費用を準備できず、生活基盤をつくるために就職を選んでいた。
たとえ進学できても、中退してしまうケースも多かった。
その原因は「家族との関係をうまく結べず、大人への不信感を持ってしまっている。施設出身であることを周囲に明かしたくない子もおり、周囲との人間関係が希薄で相談できる人がいない」。
オンラインで複数の関わりは、移動距離や時間の制約がないために、支援者にとっても学生にとってもハードルを下げられると考えた。
そして複数で関わることは、支援者の費用負担を軽減できることに加え、学生にとっても意味がある、と谷山代表理事は考えている。
「多くの大人が自分を応援してくれる。その時間を経験してほしい」
これまでにオンライン里親を利用して、大学や専門学校を卒業したのは、京都や滋賀の学生を含む15人。
現在も34人が参加している。
課題は里親不足。
希望している4人が支援を受けられていない。
井上さんは、滋賀県内で新社会人として働き始めている。
今の思いを聞くと、意外な答えが返ってきた。
「大学を卒業しても何かが変わるわけじゃなかった。私はとりあえず親みたいになりたくないっていう反発心で、肩書にとらわれていたんだ」。
穏やかな表情で語る次の目標は「ペットを飼うこと」。
自分の暮らしにようやく目を向けられるようになったのかもしれない。
井上さんは、自分のようなつながりが、たくさん広がることを切に願う。
「オンラインでも里親さんに会うと温かい気持ちになった。家族でも他人でもない存在で、出会えて本当によかった。支援を受ける人も、支援したい人も、迷っていたらぜひ参加してほしい」
問い合わせはみらいこども財団 050(3530)1083かinfo@miraikyousou.comへ。
参照元:Yahoo!ニュース