死なないで…吸引100回の子と家族の”言えない孤独” 医療的ケア児2万人時代 求められる「休息」の場

医療をイメージした画像

生きるために、人工呼吸器や痰の吸引など「医療的ケア」が欠かせない子どもたちがいる。

全国に推計約2万人いるとされる医療的ケア児たち。

医学の進歩によって救われる命が増える一方、その命を育んでいく支援の在り方が問われている。

求められるのは、家族を孤立させないサポートと理解。

長崎県で進む支援の現場から考える。

長崎県内に住むMさん一家。

現在小学4年生のM君は、1歳半の時、悪性の脳腫瘍のひとつである「髄芽腫」と診断され摘出手術を受けた。

術後は寝たきりの状態に。

気管切開手術を行い、人工呼吸器を装着して生活することになった。

M君の母親は、当時をこう振り返る。

M君の母親:「普通に産んであげられなかったと自分を責め続けて…。とにかく死なないでほしいと願う毎日でした」

「医療的ケア児」となったM君。

吸引や経管栄養、体位変換、清拭、排泄などのケアで命をつなぐ日々が始まった。

吸引は多い日で1日100回に及ぶ。

経済的なやりくり、今後の仕事、きょうだいの生活…。

先が見通せない中、不安と疲労と緊張が、家族を追い込んでいった。

M君の母親:「医療的ケアは一瞬のミスが命取りになります。緊張感と向き合う日々で、当初は気が休まる時間はありませんでした」

3歳のN君は、「ゴールデンハー症候群」という先天性の病気を抱えて産まれてきた。

頭蓋顔面発達の障害、眼・耳・脊椎の奇形を伴う病気だ。

さらにN君は心疾患と難聴も抱えており、酸素吸入も日常的に必要だ。

N君と生きていくために、母親はこう願っていた。

N君の母親:「N君を保育所に入れて、私も復職したい。でも、どうしたらいいのかわからなかった」

2021年9月、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律(医療的ケア児支援法)」が施行。

法律の施行を受け、長崎県は2022年8月、長崎県医療的ケア児支援センター「つなぐ」を設立した。

県内の18歳未満の医療的ケア児は197人(令和4年3月「長崎県医療的ケア児等実態調査結果報告書」より)。

生きるために酸素吸入が必要なN君。

保育所に入るためにはどうすればいいのか?

看護師のサポート?費用は?受け入れ先は?ーさまざまな疑問と不安を抱えながら頼ったのは「つなぐ」だった。

センターの支援によって、N君は長崎県雲仙市の幼稚園に通えることが決定!

酸素吸入を続けながら、元気に通園している。

長崎県医療的ケア児支援センター「つなぐ」センター長 岡田雅彦医師:「以前は救えなかった『命』が医学の進歩で救えるようになりました。でもその『命を維持』するために、何らかの医療ケアとともに生きていかなければいけない人たちがいます」

岡田医師は、医療的ケア児と社会との間にある「壁」が、きょうだいにも影響を及ぼしている現実を指摘する。

長崎県医療的ケア児支援センター「つなぐ」センター長 岡田雅彦医師:「同世代の友達の中で育ってほしいと願っても、受け入れる側の『何かあったらどうしよう』という不安やスタッフ体制の課題から、拒否されるケースがある。外出する際には大きな人工呼吸器や吸引器を持ち歩かねばならず、親は《もしアラームが鳴ったら迷惑をかけるかも》と外出を控え、医療的ケア児だけでなく、そのきょうだいの外出機会も減っていく現状があります」

センターには約460件の相談が寄せられ、その中で最も多かったのは「就園・就学」に関するものだった。

2022年8月〜2024年12月に就園相談32件ー17件が就園に繋がり、13件は看護師確保などができず断念(残り2件が就園時期未定)

就学に関しては、2023年度「気管切開」が必要な児童が地域の小学校へ。

2024年度には、インスリンポンプを使用している1型糖尿病の児童や、先天性下垂体機能低下症(経鼻経管栄養)の医療的ケア児が、地元の小学校に入学した。

2024年度からは、長崎県立特別支援学校3校(佐世保特別支援学校・諫早特別支援学校・長崎特別支援学校)を対象に「通学支援」も始まっている。

看護職員各2人ずつ、計6人を配置しー
・看護職員が自宅へ迎えに行き、福祉タクシーに同乗
・体調観察や必要な医療的ケアを行いながら登校をサポート
・福祉タクシーの利用料は、国の就学奨励費から補助され、保護者の負担はなし
・利用回数に制限はないが、看護師数に応じ週1〜2回程度

1歳半で「悪性脳腫瘍」と診断されたM君もこの「通学支援」を利用している。

M君の母親:「送り迎えに1時間以上かかっていたけど、Mが楽しそうに通うから頑張れました。今は県の支援のおかげで、仕事もよりスムーズにできるようになりました」

現在、小中高校生18人がこの「通学支援」を利用している。

24時間365日、命と向き合い続けている医療的ケア児とその家族にとって「休息」は簡単なことではない。

その中で、近年特に重要視されているのが、家族などの「レスパイト(一時休息)ケア」だ。

一時的な預かりや入院で、介護から離れる時間を作るもので、継続的な医療的ケアには欠かせないとの考えが浸透してきている。

長崎県ではこれまで県北地域が、レスパイトケアの空白地帯となっていたが、2025年4月1日、医療的ケア児の宿泊受け入れが可能な小児科診療所「かれこれ先生のこどもクリニック」(佐世保市光町)が開業した。

事前予約制で、まずは土日1泊2日からスタートし、将来的には平日受け入れにも対応できる体制を目指しているという。

施設運営を担う社会福祉法人 宮共生会の原田良太理事長、中村健太郎理事は、「家族に自由な時間を持ってもらいたい。子どもにとっても、もう一つの家のように安心できる場所になりたい」と話している。

長崎県医療的ケア児支援センター「つなぐ」センター長 岡田雅彦医師:「レスパイトケアの施設数はまだ少ない。利用希望者が多く、順番待ち、競争率は高い。離島地域ではさらに状況は厳しく、母親たちは孤立したまま頑張っている…それが現状です」

岡田医師が特に強調するのは、母親の精神的・身体的な疲労へのサポートの必要性だ。

自分を責め、すべてを抱え込み追い込まれていく姿を、岡田医師は目の当たりにしてきた。

長崎県医療的ケア児支援センターつなぐセンター長 岡田雅彦医師:「家族、特に母親は、自分が生んだ子が医療的ケア児になった時、『自分のせい』だと考え、『自分の責任だから』、『全てのケアは自分がするんだ』という使命感にとらわれる人が多い。《助けて欲しい》と思っても声になかなか出せず1人で抱えてしまう傾向にある…」

「手を差し伸べる体制をもっと整備して、おせっかいかもしれないけど、頼れる場所があることを伝えたい。医療的ケア児として生まれたことは偶然、生まれないことも偶然。どう生まれてきても親の責任にはならない

長崎県医療的ケア児支援センターつなぐセンター長岡田雅彦医師:「私たちは知らなすぎます。医師であっても、医療的ケア児の母親と対面で話して初めて気づくことがまだまだある。その子や家族がどんなことに困っていて、何を求めているのかを知るためには、まずは存在を知ることだと思う」

「時に、母親たちが私にぶつけてくれる本音。どんな思いでその思いを吐露したのかー。それを考えると、どんな本音であろうと『ゼロ回答では返せない』。ただ口だけで、『善処します』『考えておきます』で終わっては絶対にいけないと心に決めています」

今日を懸命に生きる医療的ケア児たち。側で支え続ける家族。その家族を理解し支える社会へー。

「医療的ケア児と一般の人が交流できるコンサートの開催なんて素敵じゃない?」ー伴走を続ける岡田医師は、そう言って笑っていた。

参照元:Yahoo!ニュース