30代で「親の介護」直面、仕事はどうする? 増える「ワーキングケアラー」の課題を追う

親を介護している人

「お母さんが救急車で運ばれた」―。

仕事と子育てに忙しい女性の元に父から届いた突然の知らせ。

日常が一変し、家族と協力して介護をする生活が始まった。

働きながら家族の介護をする「ワーキングケアラー」は、共働きなどの増加を背景に2030年には318万人に上る見込み。

仕事と介護の両立にはどんなハードルがあるのか、課題を探った。

東北地方に住む女性の母が10カ月の入院を経て自宅に戻ったのは、2023年11月。

人工呼吸器が必要な「要介護5」の状態で、入浴や食事といった日常生活に家族の手助けや外部の介護支援サービスが欠かせなくなった。

日常的なケアは同居する父と弟が担い、離れて暮らす女性は週に数回、車で数十分かけて実家に通うことに。

女性は当時、夫と保育園児、小学生の子どもを育てながら、フルタイムで働いていた。

仕事と育児で回っていた毎日に、突然降りかかってきた介護問題。

「私は30代後半で、親の介護が始まるのはもっと先かなと考えていた。突然こんなことになって、母も他の家族もショックでした」と振り返る。

「これから生活が大きく変わる」と覚悟し、在宅介護が始まる前に夫や職場と相談。

仕事はテレワークが認められ、育児や家事は夫と分担するようにして、できる限り準備をしたという。

しかし実際に介護が始まると、女性や父の疲労はどんどんたまっていった。

「今までとは違う母親の姿を受け止めながら介護をするのは想像以上に精神的負担が大きかったし、仕事や子育てで手いっぱいで、自分の時間が取れなくなりました。そこで、いったん仕事をストップしよう、と決心したんです」と明かす。

女性は2024年4月から2カ月間、介護休業を取得。

母の介護をするとともに、父や自分の休息と介護体制の見直しに充てたという。

6月からは短時間勤務で職場に復帰し、介護や家庭生活とのバランスの取り方を模索している。

「育児と違い、介護はいつまで続くかゴールが見えない。家族ごとに関わり方も違うし、ケアする側の仕事を調整できるかどうかでも状況は変わる。何が良いのか、一概に言えない難しい問題です」と語る。

仕事と両立する上ではどんなことが後押しになったのか、女性に尋ねた。職場の上司に事情を打ち明けやすく、テレワークが可能な環境だったため、離職は考えなかったという。

「介護しながら仕事を続けるには、柔軟な働き方を選べることが大事」と語る。

一方で、国の両立支援制度の使いにくさも感じたそうだ。

93日の介護休業や年5日の介護休暇は、介護サービスの手続きや通院の付き添いなどに使える制度。

ただ、女性は「在宅介護の負担は大きく、介護休業の93日は短いと感じた。父が介護関係の手続きをしたので介護休暇は取らなかったが、もし父がいなければ5日では足りなかったと思う」と話した。

働きながら家族の介護を行う人は「ワーキングケアラー」や「ビジネスケアラー」と呼ばれ、高齢化が進む日本では増加傾向にある。

経済産業省によると、2020年の262万人から30年には318万人に上り、介護疲れによる仕事のパフォーマンス低下や離職による経済的損失は約9兆円になると試算される。

専業主婦世帯が多かった時代は家庭内で女性が介護を担うケースが一般的だったが、共働きや独身者の増加などで、働き手が仕事と介護で板挟みになる実態が浮かんできた。

厚生労働省が21年度に行った仕事と介護の両立に関する実態調査で、正規労働者に対し「介護について上司や同僚に話したり、相談したりできる雰囲気が職場にあるか」を尋ねると、「あまりそう思わない」「そう思わない」を合わせて44.8%だった。

働き手が職場に言い出しにくい実情があることがうかがえる。

企業側も介護に悩む社員を把握できないなどの課題を抱えており、経産省は24年3月、経営者が取り組むべき介護の両立支援などを示したガイドラインを初めて作り、支援に乗り出した。

社員の仕事と介護の両立に向け、早くから動いた会社がある。

2015年から社員の介護問題支援に取り組む、映像制作会社「白川プロ」(東京都渋谷区)を訪ねた。

きっかけは、当時役員だった白川亜弥社長が雑誌記事で介護離職の問題を知ったこと。

「社員の平均年齢は30代だったが50代も多く、のんきに構えている場合じゃない」と気付いたという。

15年に、社員の介護と仕事の両立を後押しする会社の姿勢を打ち出し、支援制度を拡充。

介護休暇は法定の5日だったのを10日に増やして基本給の8割を支給し、年次有給休暇の未消化分を40日まで積み立て、介護や育児に使えるようにした。

また、人事担当者1人を「介護相談員」に任命。社内制度の使い方や働き方の悩みにワンストップで対応し、これまでに10~15人から相談が寄せられたという。

介護休業は年間で1~2人、介護休暇は導入後10人ほどが取得している。

白川社長は「どういう制度があれば、仕事と介護の両立が『絵に描いた餅』にならないのか。いろいろな介護の実態がある中、社員が使いやすいように選択肢を増やした」と説明する。

「退職を考えていたけれど、制度があるなら…」と思い直した社員もいるそうで、制度導入後の介護離職はゼロだ。

もともと、シフト制で業務時間の融通が利きやすく、社員同士の業務カバーがしやすいことも両立の後押しになっているという。

白川社長は「育てた人材が辞めてしまうのは会社の損失だし、社員のキャリアも途切れてしまう。『こういう働き方もある』と会社から提案をして、大変な時期を一緒に乗り切っていけたらいいなと思いますね」と語った。

介護休業を取る当事者だけでなく、休業中に業務をサポートする周りの社員に対し、金銭的手当を導入した企業もある。

大東建託(東京都港区)は、2025年4月から「育児介護応援手当」を始めた。

育児や介護で1カ月以上休業する社員がいる部署のメンバーに、休業期間に応じて2~3万円を支給する。

同社の広報担当者によると、介護休業制度があっても周囲への業務負担が増えることが気になり休みにくいという課題があったという。

24年6月に行った介護に関する社内アンケート調査では、5年以内に介護が始まる可能性がある社員が約4割を占めたため、先手を打って導入に踏み切った。

25年4月時点で2人が介護休業を取得。広報担当者は「退職ではなく、仕事を続けるためにどうしたらよいのか会社も考えていきたい」と話した。

これからの日本社会で働きながら介護をすることは避けられない。

当事者や企業はどう向き合えばいいのだろうか。

仕事と介護の両立に詳しい労働政策研究・研修機構の池田心豪副統括研究員は「介護者の『ゆとり』」の問題を指摘する。

生活が仕事と介護の時間で埋まっている人は、うまく両立できているように見えても自分を追い詰め、体調を崩してしまうこともあるという。

「介護休業や介護休暇は家族のケアのための休みですが、自分のゆとりのために使ってもいいんです。仕事も介護もしない時間をどう作るかを意識してほしい」と訴えた。

取材では「支援制度があっても使いにくい」という声も聞こえた。

「企業が問われているのは、介護問題が起きたときの特別な対応より普段の対応です」と池田氏。

「人手不足で休みにくい、上司に相談しにくいといった体質の会社だと、社員が介護で悩んでいても相談できずに辞めてしまう。日頃から社員と信頼関係を築いておくことが大切」と語る。

介護の実態は千差万別で、既存の介護保険制度や両立支援制度ではカバーしきれない個人のニーズも多い。

「介護によって介護者が健康を損なったり、結婚や趣味をあきらめたりする不幸をゼロにすることが望ましい。そのためには、子どもの幸せ実現や子育てを支援する『子ども・子育て支援法』のように、介護分野でも要介護者とケア側、両方の幸せを目指す基本法が必要とされていると思います」と語った。

参照元:Yahoo!ニュース