なぜ『聘珍樓』は破産してしまったのか? 「老舗の看板」だけでは生き残れない時代へ

『帝国データバンク』は21日、中国料理店『聘珍樓』の運営会社と関連会社の2社が東京地裁から破産手続きの開始決定を受けたと発表した。
3月末時点での負債総額は32億3800万円に上るという。
『聘珍樓』は1884(明治17)年に創業した、現存する日本最古の老舗中国料理店。
2007年には年売上高約108億円を計上していたが、景気悪化による法人需要の低迷から業績が低迷。
2016年に香港のファンドの出資を得て設立された会社に事業譲渡して、再建に向けて新たなスタートを切っていた。
しかしながらコロナ禍の影響もあり観光客や宴会利用がなかなか戻らず、物価高や人件費上昇が重なった。
また高コスト体質も影響して店舗の維持コストやオペレーションがダメージになっていた。
2022年には別法人が運営していた横浜中華街の本店が破産。
支店を展開していた運営会社でも債務超過が続き、「5月20日に全事業を停止し、今後は会社の清算手続きを進める」ことを明らかにした。
創業140余年の人気老舗中国料理店の破産は飲食業界に衝撃を与えている。
『聘珍樓』中興の祖である林達雄氏は、人気中国料理店『萬珍樓』も創業。
さらには中華街の発展に寄与した人物だった。
また『聘珍樓』はデパートなどでの物販や、カジュアルなカフェ業態など祖業以外にもいち早く取り組むなど、中華街や中国料理の裾野を広げた存在でもあった。
中華街を訪れた多くの人が利用したであろう『聘珍樓』は、中華街のみならず日本の中国料理を代表する一大ブランドだった。
高級中国料理店の代名詞として長年日本の中国料理界を牽引してきた老舗であっても倒産してしまう現実は、現代の飲食業界で生き残ることがいかに難しいかを示唆している。
食べ放題業態が急増している中華街。
これだけのネームバリューとブランド力があった『聘珍樓』がなぜ破産しなければならなかったのか。
コロナ禍によって大きなダメージを受けた飲食業界だったが、インバウンドなどの復調もあって業界の業績は徐々に回復し右肩上がりになっている。
しかし2024年は飲食店の倒産件数がリーマン・ショック後で最多を記録した年でもある。
倒産の理由として挙げられるのが「コロナ融資の返済開始による資金繰りの悪化」「ライフスタイルの変化による収益性の悪化」「物価高や人件費高騰などのコスト上昇」「人材確保の困難」など。
確かにこれらは直接的な引き金になったが、今回の『聘珍樓』の場合は、老舗ならではの構造的な問題が関係していることも看過できない。
長年営業を続けてきた老舗の多くは根本的な構造疲弊を抱えている。
例えば『聘珍樓』があった横浜中華街では、インバウンド需要の高まりなどを受けて「食べ放題」「オーダーバイキング」スタイルの中国料理店が急増。
これまでコース料理やアラカルトを出していた中国料理店も相次いで食べ放題店へと変化した。
しかし『聘珍樓』はそのブランドバリューがあるがゆえに、スタイルの変革が出来なかった。
さらに営業スタイル自体もこれまでの在り方を変えられなかった。
現代の飲食店の多くが取り入れているモバイルオーダーをはじめとするDX化も後手に回った。
飲食店のDX化のメリットは省人化による人件費の抑制だが、昔ながらのサービス形態を変えられなかったために人件費が抑えられなかったり、ホールスタッフの人材不足にも陥った。
コロナ禍を乗り越えた多くの飲食店は、時代の変化に合わせて柔軟に営業スタイルを変化させてきた。
今の時代や今の客に合わせていかにビジネスモデルを再構築出来るかが、飲食店のみならず現代のビジネスには問われ続けている。
固定費を下げたり、オペレーションを見直したり、SNSを駆使したり、テイクアウトやデリバリーなどでマネタイズポイントを増やすなど、これまでの時代にはなかった新しい視点で、経営をゼロベースで見直すことが重要な時代になった。
老舗の飲食店の多くは「変わらないこと」が価値だと信じられている側面がある。
味も接客も内装もすべてが「伝統」や「歴史」の名のもとに守られてきた。
しかしながら、それによって現代の価値観とは相容れない部分も生じている。
少なくとも中華街などを訪れる客層は変わり、高級感よりも手頃な価格を求める客が増え、サービスやホスピタリティよりもコストパフォーマンスや利便性が重視されるような街になった。
その時代や状況の変化に『聘珍樓』は乗り遅れた。
『聘珍樓』は「変えなかった」のではなく「変われなかった」。
古い価値観を払拭することが出来ず、アップデートが間に合わなかった。
『聘珍樓』の破産は、多くの老舗に共通する脆弱なビジネスモデルへ市場が出した一つの答えでもあり、問いかけでもあるのだ。
参照元:Yahoo!ニュース