倒産件数が過去最多のハイリスク業態なのに なぜ吉野家は「ラーメンビジネス」に全力投球するのか

インフレ、原材料高騰のあおりでラーメンチェーンは、倒産件数が過去最多を更新。
一方で大手外食チェーンや新興勢力によるM&A(合併・買収)が相次ぎ、吉野家、磯丸水産が参入しにわかに争奪戦の様相を呈している。
流通科学大学の白鳥和生教授がその背景を分析する――。
いま、ラーメン業態をめぐるM&Aが活発化している。
その中心にいるのが、大手外食企業や新興の成長企業たちだ。
たとえば、吉野家ホールディングス(HD)。同社は「牛丼」「うどん(はなまる)」に続く第三の柱としてラーメン事業を位置づけ、積極的な投資を進めている。
傘下には、魚介豚骨系の「せたが屋」、濃厚な鶏白湯ラーメンが売りの「キラメキノ未来(キラメキノトリ)」、さらには東京・広島発祥の「ばり嗎(ばりうま)」などを抱える。
2024年には、ラーメン専用のスープ・麺メーカーである宝産業も子会社化。
製造から店舗運営まで一体で展開できる体制を整え、国内外への拡大を視野に入れる。
吉野家HDのラーメン業態は2024年12月時点で国内95店舗、海外34店舗、計129店舗にのぼる。
一方、居酒屋「磯丸水産」などを展開するクリエイト・レストランツHD(クリレスHD)も麺業態を強化している。
2024年には、魚介豚骨系のつけ麺が看板商品の「狼煙(のろし)」(埼玉県)を買収。
すでに傘下には、えび出汁の「えびそば一幻」、つけ麺の「TETSU」などがあり、麺ブランドの多角化を進めている。
さらに、力の源ホールディングス(一風堂)も動いた。
同社は2025年、東京都内で味噌ラーメンを主力とする「ライズ」(ブランド名「楓」「奏」)を買収。
これにより、とんこつラーメン「一風堂」に加え、味噌系ラーメンでも首都圏攻略を狙う。
新興勢力も負けてはいない。
ギフトHD(町田商店、豚山)は、横浜家系ラーメンを軸にフランチャイズ型で急成長。
豚骨醤油の「町田商店」、濃厚背脂ラーメンの「豚山」、油そば専門の「元祖油堂」などブランドを使い分け、2027年10月期には国内1000店体制(現在は直営約250店、プロデュース店約580店)を目指す。
ギフトHDは、「ラーメンはまだ大手3社で1割程度の市場シェアしかない。成長余地は大きい」と分析する。
各社のM&A対象が単なるラーメン店ではない点だ。
買収先ブランドは、魚介系、豚骨系、鶏白湯系、味噌系、エビ出汁系、背脂系、つけ麺系とバラエティに富む。
まさに「ラーメンの多様性」を意識しながら、企業は自らのポートフォリオを拡充している。
大手外食企業が、リスクを承知でラーメン業態に乗り出す背景には、いくつかの明確な理由がある。
第一に、インフレ耐性の強さだ。コスト高騰に直面するなか、ラーメンは比較的価格転嫁がしやすい商材とされている。
たとえばギフトホールディングスは、直近3年間で客単価を約25%引き上げたが、客足の大きな減少は見られなかった。
「1杯1000円」という価格帯はかつて心理的な壁とされたが、インフレ進行とともに消費者の受容性も変わってきた。
実際、帝国データバンクによれば、ラーメン1杯の価格帯が1000円を超えても一定の客層が定着している事例が増えている。
次に、ラーメンが持つ体験型コンテンツとしての強みだ。
いま外食産業では、単なる「食事」以上の「体験」や「SNS映え」が求められている。
ラーメンは見た目のインパクトが大きく、個性的なビジュアルが拡散されやすい。
とろりとした鶏白湯スープ、背脂が光る豚骨ラーメン、魚介香る極太つけ麺、赤く輝く台湾まぜそば──それぞれがひとつの「物語」を持ち、若い世代を中心に熱心な支持を集める。
「丸亀製麺」を手掛けるトリドールHD傘下の「ずんどう屋」は、背脂とんこつラーメンの濃厚なビジュアルと、SNSキャンペーンを組み合わせて集客を図っている。
ラーメン市場には「家系」「二郎系」「ちゃん系」といったサブジャンルごとに熱狂的な固定ファン層が存在する。
横浜家系なら豚骨醤油+ライス、二郎系なら極太麺と山盛り野菜、ちゃん系なら町中華的な醤油ラーメン──。
それぞれが異なる「食体験」を提供しており、単なる価格競争に陥りにくい。
こうした多様性と支持基盤の強さも、外食大手にとってラーメン業態を魅力的な投資対象にしている。
また、海外展開の可能性も無視できない。国内ラーメン市場は推定6000億円規模(2023年時点)に達し、店舗数は約1万8000店に上るとされる。
近年は回復基調にあり、2019年から2023年にかけて47%成長、市場規模が1兆円を超えたという調査もある。
しかしながら、人口減少に伴う国内成長の鈍化は避けられない。
一方、海外ではラーメン人気が爆発的に高まっており、特にアジア・欧米での出店機会は広がっている。
吉野家ホールディングスは、製麺・スープ製造子会社の宝産業を核に、米国やフランスでの現地生産拡大を計画している。
力の源ホールディングス(「一風堂」)は、すでに海外売上が国内を上回る勢いにある。
グループ全体で国内151店舗(2024年12月末時点)、海外140店舗(2024年9月末時点)のネットワークを築き、アジアや北米市場を中心に拡大を続けている。
インフレ下でも価格転嫁が可能で、SNS時代にマッチし、海外でも成長余地がある──。
ラーメン業態は、リスクがある一方で、大きな魅力を秘めた投資対象と映る。
大手外食企業や新興勢力が、こぞってラーメンM&Aに動く理由が、ここにある。
ラーメン業態には、大きな可能性がある一方、無視できないリスクも潜んでいる。
まず顕著なのが、倒産リスクの高まりだ。
帝国データバンクによると、2024年のラーメン店倒産件数は、前年比3割増の72件と、過去最多を記録した。
背景には、インフレによる原材料費や光熱費の高騰、さらには人手不足問題がある。
かつては低コストで開業できる業態とされたラーメン店だが、いまや経営環境は一変している。
とりわけ、資金力に乏しい個人店・中小店が打撃を受けやすい。
一方で、企業傘下に入ったラーメンブランドも、油断はできない。
味の再現性やオペレーション効率を追求するあまり、「個性が薄れた」「チェーンっぽさが強まった」と消費者に映れば、たちまち支持は離れていく。
ラーメンは嗜好性が強いジャンルゆえ、ブランディングの失敗が命取りになりかねない。
さらに、ラーメンの収益構造にも特有の難しさがある。
ラーメンは、一品完結型で比較的高い粗利を狙えるメニューとされる。
原材料原価はおおむね30〜40%台に収まるため、フード単体でみれば収益性は高い。
しかし、スープ炊きや麺ゆでといった工程に時間と技術を要するため、人件費や光熱費といったオペレーションコストが重い。
本当に収益を上げるには、オペレーション効率化と、ギョーザなどのサイドメニューによる単価向上を同時に進める必要がある。
成功するラーメンチェーンは、この両立を巧みに実現しているのだ。
次に指摘されるのが、「1杯1000円の壁」だ。
確かにインフレ下で価格転嫁が進みつつあるとはいえ、ラーメンというカテゴリーには庶民価格のイメージが根強い。
気軽に食べられる存在であるべきラーメンが、1杯1200円、1300円と上がっていくと、一定層の客離れを招くリスクが現実味を帯びる。
とくに地方都市や郊外では、価格に対する感受性がより高く、慎重な価格設定が求められる。
また、チェーン展開時の難しさも課題だ。
ラーメンは地域色が強く、東京、博多、札幌と、好まれる味がまったく異なる。
一律展開すれば「味が薄い」「こってりしすぎ」といったミスマッチが起きやすい。
また、ラーメン一杯の完成度にはスープ炊き、タレの調整、麺茹で、盛り付けなど細かな職人技が影響する。
これを標準化し、全国均一のクオリティで提供するのは想像以上に難易度が高い。
たとえば、「一風堂」の力の源HDは、国内展開と海外展開とで微妙にスープの味を調整している。
ギフトHDはブランドごとに店舗オーナーに一定の自由裁量を持たせ、ローカライズを図る戦略をとる。
こうした「個店化」の成功例が王将フードサービスで、オープン当初から個店が独自メニューを作り地元客の獲得に成功している。
いかに「均質性」と「個性」のバランスをとるか──。
これがラーメン業態をチェーン展開する際の最大の壁となる。
外食市場がインフレと原材料高騰に揺れるなか、ラーメン業態はその存在感を一段と強めている。
倒産リスクや価格転嫁の難しさという現実を抱えつつも、大手外食企業や新興勢力はなお、ラーメンへの投資を加速させている。
理由のひとつは、ラーメンが「人を惹きつける食のコンテンツ」になりつつあるからだ。
魚介系、鶏白湯系、豚骨系、つけ麺系、二郎系、家系、ちゃん系──。無数のバリエーションがあり、しかもそれぞれに熱狂的なファン層がいる。
単なる商品ではなく、「ブランド」や「体験」として育てられる土壌がある。
外食大手にとって、ラーメンは単なる一業態ではない。
顧客を惹きつけ、ロイヤルティを高め、海外にも拡張できる「強いコンテンツ」なのだ。
とはいえ、ラーメン市場に安易な楽観は禁物だ。
日高屋(ハイデイ日高)のように、中華そば1杯420円という圧倒的な価格競争力を維持しながら、なおかつ利益を確保しているチェーンも存在する。
インフレとはいえ、ラーメン1杯1000円超えに抵抗感を抱く層も確実に存在する。
そして、ラーメンという食べ物は地域性、個性、職人性に根ざすため、全国一律展開が難しいという構造的なハードルもある。
それでも、各社はラーメンに挑み続ける。
インフレ耐性、SNS拡散力、海外展開力、そして文化としての広がり。
ラーメンが持つ多様な可能性は、今なお衰えていないからだ。
一杯の丼に、濃厚な夢とリスクを詰め込みながら――店長たちは今日も、新しいラーメン店の暖簾を掲げる。
参照元:Yahoo!ニュース